9.ご名答

「会長?」


 家に帰りついたところで門前に立つ自校の生徒会長を発見し、首を傾げる。車は途中で降りて、徒歩で帰宅する際のことだった。


「ああ、竜見タツミ

「何やってるんですか、こんなところで。下手したら熊が出ますよ、この辺」

「…どこに住んでるんだお前」

「ええ? 日本にだって、熊くらい出ますよ。学校だって、出てもおかしくないじゃないですか」

「熊沢ならいるけどな」

「面白くないです、会長」


 一教師の名をげる力也リキヤを冷たく見やって、門を開ける。とりあえずどうぞと、招き入れた。

 もっとも普通の者の目には、祖母が丹精込めている庭も、外の山地と大差なく見えるだろう。


「人がいないから、おもてなしには期待しないでくださいね」

「お構いなく」


 当たり障りのない受け答えだが、先程のえない反応といい型にはまりきった応えといい、どうにも様子がおかしい。

 そういえば告白されたときもそうだったと思い、和希カズキは、胸の内で短く舌打ちした。

 思い出したら、対応がぎこちなくなりそうだ。


 とりあえず客間に通すと、台所に走り、お茶をらすかたわら、残っていた明月堂の栗羊羹ようかんを切って皿に乗せた。

 力也とは、生徒会の関係で親しく口をくが、とりわけ個人的な関係は、今までもこれからもないものと思っていた。先日、告白されるまでの話だ。

 しかし、その後にしても、あと一年もしないうちに、力也は卒業を迎える。それで終わりと、思っていた。

 お茶をもって行くと、羊羹を認め、いささか強張こわばりながらも、笑顔を見せた。


「明月堂?」

「ご名答。甘いもの、平気ですか?」

「うん、ありがとう」


 それからしばらく、沈黙が続いた。

 内心で溜息をつき、和希は、それをお茶と一緒に飲み込んだ。


「で、何があったんです?」

「え?」

「わざわざ家まで来たんだから、何かあるんでしょう?」

「…うん」


 こちらも、猶予ゆうよはあっても時間はしい。

 直截に切り出すと、それでもまだ躊躇ためらいながらも、やがて、力也はぐに背筋を伸ばした。


「俺と付き合えないって言ったのは、長良ナガラと付き合ってるからか?」

「何も、そんなことを確かめに来なくても」

「違うなら、いいんだ。理由は、何でも。俺が嫌いだからでも、他の奴が好きだからでもいい。だけど、あいつだけは――関わらない方が、いい」

「何を知ってるんです?」

「怒らないのか?」

「はい?」


 予想外の方向から飛び込んできた幸の情報に、とりあえず耳を傾けるつもりでいた和希は、肩透かしを喰わされたようで、つくろうこともせずにいぶかしげな目線を向けた。

 力也が、戸惑ったようなかおをする。


「言いがかりをつけてるって、思わないのか? 俺は…これで完全に嫌われるだろうと、思ってた。話も、聞いてもらえるかと…」

「話を聞いてみないと、判断もできないじゃないですか。それに、嫌がらせで家になんて押しかけてこないでしょう? 違います?」


 勿論もちろん、そういった手合いも、いないことはない。だが、短い付き合いながら、和希は、力也にそれはそぐわないと、そう、思う。

 どこの記憶を引き出してもいいが、その片鱗さえ、見出せないだろう。和希が知らないだけということもあり得るが、そのときはそのときだ。

 力也は、ふっと表情をやわらげ、泣きそうな笑い顔を一瞬だけ見せて、真剣なかおを向けた。

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