7.要件しか話しませんね

 なかば嫌がらせをおこなって、和希カズキは、今度は静かに障子しょうじを閉めると、北側の棟にを進めた。

 サチが起きる前に、要件をひとつ、済ませてしまおう。


 家は、L字型のようになっている。

 そこに、Lに二面を囲まれたように離れがあり、離れが和希の部屋で、西の端が幸に割り当てた部屋。北端が、祖母の部屋だ。旧式の和建築で、これも、山奥によくもと、思わされる。

 祖母の部屋の前まで行くと、和希は、正座して声を掛けた。


「お祖母ばあ様。おはようございます」

「おはようございます」


 若々しくはないが、張りのある声。


 和希は、障子を押し開けた。きちんと手入れがされているので、うっかりと開けすぎてしまいそうなくらいにはすみやかにすべる。

 わずかに緊張するのは、祖母と敵対するわけではないが、わかりやすく甘やかされた覚えもないからだろう。


「事後報告になりますが、昨夜、友人を泊めました」

「そうですか」

「そのことで、厄介ごとが持ち上がるかも知れないので、ご報告をと」


 ふ、と、笑う気配があった。下げていた頭を上げたが、残念ながら、笑うところは見逃してしまった。

 いっそ見事な白髪をすきもなく結い上げた祖母は、年齢よりも若く見える。それには、背筋をきっちりと伸ばしていることも一役買っているだろう。


「本当に、あなたは要件しか話しませんね」

「そうですか?」

「ええ。節子セツコさんから話は聞いています。友人――ということでいいのですね」

「はい」


 人、ではないかもしれないが、とは、心のうちでだけの呟きだ。


 祖母が、和希の男として育った部分を認めてくれるのは、ありがたい。

 そうやって育てたのが祖父だからということもあるのだろうが、それでも、いなくなったからといって態度をひるがえさなかったのは、助かる。

 祖父母は、親しむ相手ではないかもしれないが、敬愛する人たちではある。


「私も、まだ詳しくは聞いていませんが、下手をすると国の研究機関を敵に回しているかもしれません」


 国か、よほど財力のある施設機関か。作り物フィクションめいた推測だが、外れてはいないだろうと思う。


「そこの関係者に、友人の保護者がとらわれているかもしれないのです。こちらにも、類が及ぶかも」

「しばらく、湯治とうじにでも出かけましょうか。お友達と一緒に」


 祖母の友人やそのつながりには、政界の実力者や関係者も多い。そこであれば、何も起こらずにすむ、かも知れない。

 和希は、深々と頭を下げた。


「ありがとうございます」

「あなたたちは、言い出したら聞きませんからね」

「…ありがとうございます」


 頑固者の、祖父と母。

 祖父に逆らって駆け落ちまでしたという母は、今となっては話に聞くしかないが、やはり意思は強かったのだろう。かえるの子は蛙だ。

 静かに祖母の部屋を辞し、和希は、そっと息を吐いた。

 一体、予想しているうちのどれだけが実現するのか知らないが、どうにも大げさな話だ。

 和希を信用してか、他の理由からか、それを鵜呑うのみにして動いてくれる祖母も凄い。ほら話にとりあえず付き合ってやろう、という態度でないのは、判る。


「国が相手ねえ」


 確信に近いものはあるのだが、どうにも実感は薄い。

 苦笑いで色々と押しやって、和希は、再度幸の元へと足を向けた。節子に、朝食をそこへ運んでほしいと頼んであった。

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