7.さっちゃーん

 ごくごく自然に目を覚ますと、和希カズキは、通常通りに軽く身なりを整え、木刀を使った素振りなどの鍛練たんれんも済ませると、サチに割り当てた部屋を訪れた。

 竜見タツミ家には、祖父の常用していた睡眠薬も、祖母が時折使う睡眠導入薬もあり、一服盛ることも考えたが、止めておくことにした。

 そんなことをしなくても、一方的な約束でも、守ってくれるだろうから――というのはただの楽観的な願望に過ぎないのだが、ちゃんといてくれるような気がしていた。

 またそれとは別に、幸が心身ともに消耗しているだろうことは確実で、日が昇る頃には目覚める和希よりも先に、目を覚まして出て行く可能性は少ない、と踏んでもいた。

 ちなみに、和希の部屋の向かいが幸にてた部屋であり、その間に挟まれた庭で、祖父仕込の早朝鍛練を行うのが習慣となっている。


「おっはよーございまーす」


 コントのノリで勢いよく開けた障子しょうじは、小気味のいい音を立てて柱にぶつかって止まった。傷むからあまりやっていいことではないが、気分はいい。

 まだ眠っているのか、布団は盛り上がっている。


「…映画やなんかだと、こういうのは、既にも抜けの空でした、ってのが定例なんだよなあ…」


 不吉なことを呟きながら、そっと、頭に当たる方の布団をめくる。

 足があった。

 無言で、しばし固まった後でそっと元に戻して、今度は逆の方を、慎重に持ち上げる。

 頭があった。

 凄い寝相だ。布団に大きな乱れは見られないのに、百八十度回転。枕を足元に置く習慣でもない限り、やはり寝相の問題だろう。


「さっちゃーん、朝ですよー」

「…ん」

「着替え出してあるから。洗面所は、出て右」

「…んん」


 ちゃんと覚醒しているのかは怪しいが、とりあえず、差し当たっての要件だけげておく。目覚めて覚えていなくても、服が出してあれば察して着るだろう。

 とにかく、まだいることだけは確認できた。

 軽やかに身を起こした和希は、ふと思いついて、再び幸の耳元にひざまづく。


「単独行動取ったら、どうなるか。ちゃんとわかってることを願うよ?」


 睡眠学習並みの刷り込みだ。

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