6.沈黙は承諾と取ろう

 言われただけでは、到底信じなかっただろう。しかし和希カズキは、さっきの異様な「長良ナガラサチ」を、見ている。

 あれは確かに、和希や節子セツコと同じ存在ではありえなかった。


 幸は、素っ気無く、腕にはめた銀色を一瞥いちべつした。

 飾りも何もない、アクセサリーショップに置いてあってもおかしくないような、シンプルすぎる幅広のそれ。


「これは、俺を抑えるためのものだ。昔はただのかせだったけど、それだと影響が強すぎて、ろくに考えることも出来なかった。見かねて、宝が調整するように言って、それが通った。おかげで、こうやって、ただの人の振りもできる」

「振り…」

「ああ。別物だから、振りだろう。あいつが無理を言って、これも研究の一環いっかんと言い張って、俺を外に出してくれた。だが、とうとう、堪忍袋かんにんぶくろが切れたんだろうな。辞令をくだしても抵抗した宝を殺してまで、俺を連れ戻そうとした」


 わかるだろうと、言うような目が、和希を見下ろした。

 わかるだろう、と。到底、ただの女子高生が関わることではないのだと。


 和希は、一度だけ、呼吸を整えるために深呼吸をした。

 雨の、土の匂いがする。ここは、現在まで育った、見慣れた自分の家だ。大丈夫と、胸のうちで呟く。この一言が、これらの全てを失う元となっても。

 今のここは、和希の知る、確かな場所だ。


「質問に答えてもらいたいんだけど、いいかな」

「――?」

「沈黙は承諾と取ろう」


 明らかに意外そうな幸の様子を無視して、真っ直ぐに視線を向ける。怖くない、わけではない。


「杉岡さんが殺されたと、さっきからキミは言っている。どんな状態で?」

「…俺をかばって、腹を撃たれた」

「それで?」

「それで…?」

「近くに加害者がいたのなら、キミが杉岡さんを看取みとるまで、親切に待ってくれたとは思えない。それとも、人を殺したと、思考停止するような相手だったのかな」

「何が言いたい」


 苛立たしげに睨み付けてくるが、その瞳は、ヒトのそれだ。教室で見かける、同級生。

 さっきの姿は夢だと、思い込もうとすればできるだろう。   


「杉岡さんは、彼らを抑えるだけの力があったわけだろう? それが何に起因していたのかは知らないけど、何か強みがあったのだとすれば、そう易々やすやすと、死なせようとするとは思えない。それで済むなら、もっと早くに殺していただろうからね。堪忍袋の緒が切れたというからにはそれなりの長さだろうし、少なくとも、高校入学以来の数ヶ月、待ってくれていたわけだろう。杉岡さんの持っていた切り札が無効になり、必要がないと判断されたのかもしれないけれど、可能性はあるんじゃないかな」

「あいつが生きてると…? そんなはずがない……!」

「何故?」


 返事はなく、幸が、必死に考えているのが判った。望みを持ちたいと願いつつも、それが外れてしまったら一層の絶望が襲うと、それを恐れているかのようだ。

 希望は、時として恐怖を育てる。それでも、すがらなければならないときがあるのも確かだ。

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