6.努力しよう

「とりあえず、部屋を移ろう。案内するよ」

「俺は――」

「まだ泊まるとは言ってない、かな。そんなに意地を張るなら、さっきの台詞せりふ、丸々繰り返そうか?」

「わかった――話す」


 にがりきった声に、座り直す。

 サチ和希カズキに注意しておきながら、正座は苦手と見え、胡坐あぐらをかくようにして足を崩している。

 それに正座で向かい合う和希は、しっかりと背筋を伸ばした。

 溜息ためいきとともに、言葉がこぼれ落ちる。


「今から何を見ても、叫ばないでいてくれると助かる」

「努力しよう」


 曖昧ながらも誠実さをこめたつもりの返答に、浅く頷くと、幸は、自分の右手首に左手を伸ばした。

 濡れているだろうのに意固地につけ続けた黒のリストバンドを外すと、その下に、鈍い銀の腕環うでわがあった。そのがねを外し、手首を抜く。


 風が、吹いたように感じた。


 相対していた人物は、長良ナガラ幸のはずだった。それは、変わりない。はずだ。

 切り損ねたような中途半端に長い髪も、少しばかり色素が薄く見える髪も、ピアニストの役でもやれそうな手も、何も、変わらない。

 ただ、瞳だけが、瞳孔どうこうが縦に長く、細くなっていた。

 銀をまぶしたような金色の瞳。蛇に似ているが、例えるなら、もっとことなった――神話の、龍の方が正確だろう。

 瞳だけでなく、何かが大きく違う。

 爬虫類めいているとでもいうのか、吹いたように感じた風も、妙に生臭い。生理的な嫌悪感に、肌があわ立った。込み上げる嘔吐感を、どうにか押しとどめる。


 声など、出ようはずもなかった。


 そんな和希の様子を冷静に見つめ、幸は、腕環を元に戻した。

 空気が戻り、風が消える。緊張が切れてか、急に噴き出した汗を感じながらも、和希は、呼吸さえもぎこちなかった。

 幸が、何事もなかったかのように立ち上がり、庭に面した障子と窓を開け放った。降り続ける雨に湿った空気が、それでもいくらか、心地よく感じられる。


「無理はしなくていい。タカラでさえ、苦手だった」


 淡々とつむがれた保護者の名に、和希は、はっとして顔を上げた。

 途端に、呼吸のぎこちなさが消える。それは、気にしなければ、意識もせずに行えることだ。


「俺も…好きじゃない。自分が自分でなくなるようで…俺の感じられる感覚が、遠くなる」


 まるで懺悔ざんげでもするように、口にする。左手は、右手首を、存在を確かめるように、腕環ごと握り締めていた。


「俺は、人間じゃないらしい。体組織自体が違うという話だ。聞いたことのある仮説では、ホモ=サピエンスとは違った経路をたどって進化したヒト、地球外生命体、といったところだ。神と呼ばれていた存在かもしれない、とも言っていたな」

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