6.脅しだぞ、それは

 風呂に入り、食べそびれた夕食をとる。その間、サチは無言だった。

 即刻帰る、ということはとりあえずは諦めたようだが、事情の説明もない。節子セツコが食事を下げるのを待って、和希カズキは幸に向き直った。


「幸いに、明日は休日だ。泊まって行くといい。部屋はいくらでも空いている」

「…そういう恰好で、そんな格好をするな」

「うん? キミでも、そんな反応をするんだね。意外意外」


 風呂上りの浴衣姿で当然のように胡坐あぐらを組んでいた和希は、からかうように軽く言って、正座になおした。背筋が伸びるのは、ただの条件反射だ。


「今日は休んだ方がいいんだと思う。本当は。時間は早いけど、疲れているだろうからね。だから、休むと言うなら止めない。だけど、抜け出すのは無しだ。黙ってどこかへ行くようなら、どんな手を使っても、キミを探し出すよ。それに、もう一度繰り返すけれど、キミが心配しているものがどんなものかまでは知らないけれど、今の時点でボクの安全は保障されていない。何もげずに、報復を受けるなり人質にされるなりした場合、キミは、その方が後悔するのじゃないかな」

「…関わるなと言っても、納得しないんだな。お前は」

「出来るわけがないだろう」


 幸の保護者が殺されたというなら、思い違いでない限り、おそらく和希の手には余るだろう。

 そうして、幸を取り囲んでいた男たちをも考え合わせると、何らかの問題が生じていることはほぼ確実だ。保身を考えるなら、ここで手を引くべきだ。

 そのくらいのことは、判っている。

 本人が、和希を巻き込むことを避けているのだから、そこに甘えるべきなのだ。和希は、たかだか、経験の浅い高校生でしかない。


「話したくないのなら、それでも構わない。こちらで調べるまでだ」

「脅しだぞ、それは」   

「そう取るなら、素直に話してほしいね。待てと言うなら、少しくらいは待つよ」


 言葉のやり取りぐらいで、話を聴くことで、いくらかでも負担が除けるのならいい。しかし、その逆もある。そこで、我を通す気にはなれなかった。


「和希さん」


 ふすまの外からかけられた声に応じ、入ってくるよううながす。節子は、顔を覗かせると、芙蓉ふようとこべたと告げた。


「ありがとう。案内はするから、もういいよ。ごめん、節子さん。迷惑と心配と、かけた」

「しおらしいことを言わないでください。ひょうが降りますよ。長良ナガラさん、ご迷惑でしょうけど、和希さんのお相手をお願いしますね」

「迷惑って、ひどいな」

「おやすみなさい」


 和希の、ボヤキともつかない反論には無視を決め込んで、母親のような笑みを残し、部屋を後にする。

 ふすまが閉じられると、それを待ったわけでもないが、音も立てずに和希は立ち上がった。無駄にすそをひるがえすこともない、和装に慣れた者の動きだ。

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