5.田舎ロケ?

 教室棟のある二階からは、直接駐輪場に繋がっている。和希カズキは、そこに自分の自転車を見つけ、財布程度しか入っていないカバンを前かごに放り込んだ。

 小さな盆地のような無背ナセでも、坂や砂利じゃり道に妨害されはするものの、自転車は有用だ。

 スクーターよりも多いほどで、こんな田舎だというのに、下手をすれば自動車よりも普及率が高い。健康な人たちだ。

 鍵を外してペダルに足をかけ、さてどうしたものかと思案する。


「お好み焼きでも食べに行くか」


 繁華街ではなく、無背の外れにある個人店を思い浮かべ、ペダルに体重を乗せた。

 学校からだと、自転車で三十分ほど。その距離を遠いと思うほど、和希は交通の便に優れたところに住んではいない。むしろ、近い。

 途中でサチたちの家の近くを通るなと、考えはした。しかしだからどうといったものではない。


「うあー」


 和希が、自転車を走らせながら空を仰いだのは、学校を出て二十分ほどが経過してからのことだった。怪しいと思っていた雨雲が、いよいよ活動を始めてしまった。

 ここまで来るとお好み焼き屋の方が近い。せめて食べてから雨に濡れようと、ハンドルを強く握りしめた。

 その途端とたんに、目の前に飛び出してきたものがある。


「あ…っぶないなあ、って、ん?」


 人だよなあこれ、と、どこか呑気のんきに首をかしげる。

 目の前には男が一人、うつぶせに倒れている。雨空に暗くなった田舎道で、よれた黒服と遭遇する確率はどれほどだろう。

 上品なヤクザ、といった印象なのだが。


「うっ」


 離れたところから聞こえたうめき声に顔を上げると、そこにも黒服がいる。


「…田舎ロケ?」


 そんな話は伝わっていない。こんな狭い場所でそれはないと、わかってはいるが呟きたくもなる。

 黒服を着込んだ戦闘要員のような集団と、それに囲まれているらしき誰かがいるとなると、ドラマや映画の情景だ。

 しかし、そう呑気にしているのも如何いかがなものか。


「ちょっと、警察呼ぶよ?」


 叫ぶが、自転車の前に倒れ出た男は意識を失っているらしく、少し離れたところでやり合っている集団はこちらを見もしない。

 民家までは少し距離があり、人を呼びに行くべきだとは思うものの、その間に取り囲まれている誰かが連れ去られるかも知れないと思うと、二の足を踏んでしまう。

 こういった判断は苦手だ。


「あーっ、もう」


 諦めて、溜息をひとつ。改めて、ハンドルを握る。

 そしてそのまま、器用にあぜ道を突っ走り、集団の中に飛び込む。どうやら一人二人踏みつけたようだが、輪が少し緩んだ程度なのは、さすがプロと言うべきなのか。

 何のプロかは知らないが。


「あ」


 輪の中心にいたのは、幸だった。

 ぐるりと黒服に囲まれながら、約一日ぶりに顔を合わせた級友は、殴られたのか蹴られたのか、薄汚れた学生服で、唖然あえんとして和希を見つめていた。

 驚いたのは和希も同じだが、とりあえず用意していた言葉はある。


「乗って」

「――!」


 状況がよくわからないまま、とりあえずは飛び乗った幸をつれて、一目散に黒服たちを後にする。

 田舎道に二人乗りの自転車ではさすがに追いつかれると思ったが、何故か、男たちが追ってくることはなかった。

 雨のしずくが、とうとう空から落ちてきていた。

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