5.小学生ですか?

 翌日、サチは学校に来なかった。

 和希カズキ力也リキヤをふったことは校内に知れ渡っていて、しみじみとその人気を実感する羽目はめとなった。


 それにしても何故、と思ったら、階下で階段を上っていた女子生徒に声が届いてしまっていたらしい。

 力也が去ってすぐに、その女生徒も立ち去ったのがせめてもの救いといったところか。

 このくらいなら、困った笑い話で済ませられる。周囲との関係や立場がいささか悪くなろうとも、どうとでもやり過ごせる。


 そんな状態で、その上、昨日の衣装審査では、和希のクラスの代表が二等を取ったため、見物の客足も増え、クラス出店も忙しかった。

 ちなみに、クラス代表は花嫁と魔術師と見まがうような衣装で、一位を獲得したのは、力也の組だった。

 中身だけは純情可憐な少女、という寸劇がその勝因だ。


 だから、和希が幸の欠席を本当にいぶかしく思ったのは、随分と後になってのことだった。

 帰宅しようとして、節子セツコに夕食はいらないとげていたことを思いだしたのだ。

 そう言えば、一緒に夕食をという話はどうなったのだろうと、電話をかけてみる気になった。

 生憎あいにくと携帯電話は持っていないし、持っていたところで無背ナセでは電波の通じないところも多いので、学校の公衆電話で番号を押した。

 長くコール音が続き、に、誰も出ることなく、回線が切れてしまった。


「家にいないのか?」


 首をかしげる。

 梅雨祭の一般公開は日曜で、今日は月曜。そろって出かけているのも妙だと思う。

 幸は、何やかやと言いながらも、和希の知る限り学校を休むことも遅刻することもなく、して、明日は振り替えの休日だ。

 それを踏まえての旅行ということも考えられないでもないが、昨日の別れ際の様子では、そんなこともなかった。

 突然の用事。誰かの訃報でも届いたのかと、不吉な考えにたどり着く。葬式に予定は立てられない。


「今度訊くか」


 今日一緒に夕食をとると、はっきりと約束したわけでもない。また学校で会えるだろうから、その時に何があったのか訊けばいい。そう考えて、思考を切り替える。

 節子のことだから、頼めば、一人分の夕食くらい簡単に作ってくれるだろう。それか、距離はあるが市の繁華街にでも出て、どこかで食べてもいい。

 さてどうしようかと迷っていると、ふと、やってくる力也と目が合ってしまった。

 正直なところ、かなり気まずい。しかし、今更目をらすわけにもいかず。


「…見回りですか?」

「ああ。毎年、ねばる奴らがいるからなあ。まあ俺も、去年までそのクチだったけど」


 梅雨祭や体育祭、文化祭の後の校舎の見回りは、生徒会と教師の協力作業が恒例となっている。

 余韻にひたって校内で打ち上げでもしたいのか、トイレや掃除用具入れに忍んでやり過ごそうという生徒が、呆れるほどにいるらしい。

 雑談を続けるべきか帰るべきかと、わずかに逡巡しゅんじゅうしている間に、力也が大きく息を吐いた。

 和希を見つめる瞳が、あまりに優しくて身じろぎする。


「ありがとうな」

「何が、ですか」

「こんな状態になって、もう口もきいてくれないと思ってた」

「そうした方が良かったんですかね、一般論で考えて」

「いいや」


 どうして。どうしてそうも、優しく返すのか。

 走って逃げれば良かったかと、少し、思う。和希は、溜息を押し潰した。


「ええと、じゃあ帰りますね。お邪魔しました」

「あ…ああ。気をつけて帰れよ。真っ直ぐにな」

「小学生ですか?」


 苦笑いして、会釈えしゃくのような一礼を残し、身をひるがえす。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る