4.確実に違うものだ

「昨日、キミは自分が異物だと言った。ボクだって、それは同じだ」

「何を」

勿論もちろんボクは、キミが何をもって異物と自認しているのかなんて知らない。でも、他と違うものとしてなら、同じことだ」

「…誰からもしたわれているのに?」

「慕う、ね」


 苦笑いが口の端に浮かぶ。


「昼間の月を考えてくれないか。例えが少し、きれいすぎるけど。昼の白い月は、雲にまぎれるように見えるけど、確実に違うものだ。似ていても、全く違う。かといって、太陽と同じわけでもない。まあ、雲よりは近いかもしれないけどね」


 自分でもどこか的の外れているような例えが、しかし、和希にはひどくしっくりときていた。

 いつから、そんなイメージを持つようになったのかは覚えていない。


「昼の月は、どれだけ白くても、雲になんてなれない。キミは、ボクの異常な記憶力の良さを知っているだろう?」


 戸惑うように頷くのを確かめて、一度、つばで口をしめらせる。のどは緊張で上がっていて、それも難しかった。


「だけど、病院なり大学なりに、調べてもらいに行ったことはない。使いこなせてるからいいとか、遠いし時間を取られるなんて、表向きの理由だよ。検査して解明することで、強大な何かが発見されると確約されていても、きっとボクはうなずかない。だって――怖いんだ」


 サチの驚いたかおに、思わず苦笑してしまう。どんな風に思われているのかと、和希カズキは、こんなときながら思った。

 理解なんて、所詮しょせんは思い込みの上に成り立っているもので、誰かのそれとぴったりと合致することなど、まずはない。

 共通の認識を持っているという、実際には馬鹿げた思いの上にある、ただの虚像だ。

 そういった意味では和希も、幸のことを本人の自覚とは別にとらえているのだろう。


「祖父が、病院や検査がとにかく嫌いな人でね。そのおかげで、そういったところに行かされることもなかった。祖父はもうくなっているから、行こうと思えばいつでも行ける。実際、そうした方がいいとすすめてくる人もいる。理由は色々だけどね。サヴァン症候群、一部の発達障害のある人が特異能力を示すように、今は表立ってないだけで障害があると困るだろうと言ったり、解明したら世紀の発見になるかも知れないと言ったり。だけどボクは、そうやって明確に線を引かれたら、絶望するよ。かくとして突きつけられたら、ボクは、ここには居残れない」


 人と違うことは、怖くない。

 脳に欠陥があろうと、他者にはないところが発達していようと、そのこと自体は怖くない。怖いのは、それによって変わる周囲の目だ。

 これ以上、違うものとして見られたくはない。解明は、最後の一線を引き込んでしまう。

 打ち消される可能性よりも、それが怖くて、手を出せない。怯えて、そちらに歩むことはできない。


「俺が言いたいのは、そんなことじゃなくて…」


 待っても続かない言葉に、和希は一度、静かに目を閉じる。深呼吸。

 受け止めて、齟齬そごを訂正しようとしてくれることが、ひどく嬉しかった。ただ、それだけのことが。

 しばらくして、幸は、振り払うように首を振った。

 上げられた顔には、自嘲するような、あきらめるような笑みが浮かび、和希は、軽く失望する。再び、閉ざされてしまった。


「飯、どうする」

「良かったら、明日にしてもらえないか。嬉しいけどごはん、もう家で準備してるはずだから。わがまま言うけど」


 殊更ことさらに平静をたもつのは、ささやかなプライドとでも呼ぶべきものなのだろう。

 幸は、いつもと変わらない、感情の読めない微苦笑を刻んだ。


「いや、いきなり言うあいつが悪い。伝えとく」

「ありがとう」


 そう、和希は笑顔で言った。

 このときの返事を、やむことになるとは、思ってもいなかった。

 明日もごく普通に来るのだと、そう、思っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る