4.随分と皮肉な命名だ
「付き合ってくれないか」
一瞬頭の中を真っ白にした
祖父の
そのせいもあるのか、和希の色恋に関する感情は幼い。
成長が遅すぎると思うものの、感性ばかりはどうしようもない。
この人のことは好きだ、と思う。劣等感を刺激されはするが、好きだ。
しかし、その「好き」は、
「――今から打ち上げの買い出しとか、そういうのですか」
「
傷付いたような、
そして、ふざけた格好にも関わらず、「男」をまざまざと見せつけられ、感情の奥底に押しやったはずの想いが、空気を探して浮上しようとする。
それは
「ごめんなさい」
顔を上げることもなく伝えた言葉に、相手の肩から、力が抜けたのがわかった。
「…そっか」
「ごめんなさい」
「謝るなよ。なんとなく、わかってた気もする。――悪かったな」
首を振るのが精一杯で、そうしていると、二、三言葉を残して、
行ってしまうと、大きく息を吐いた。
「女の子、かあ…」
呟いて、天井を見上げる。
梅雨祭第一日目も終わり、明日には一般公開はしない二日目が続くこともあり、校内にはまだ多く生徒が残っている。
それでも、屋上に続く扉の前には、誰もやってこないだろう。
屋上は開放されておらず、時々さぼる生徒がたまっていることはあるが、授業中でもないのだから、帰ればいいだけのことだ。
あーあと、
女として扱われることには、居心地の悪い違和感を憶えてしまう。髪を伸ばしているのは、自覚を持つためだというのに役に立っていない。
「竜見」
「え、うぁ?!」
「…大丈夫か?」
突然現われた幸に、
体勢を立て直して声の主を見ると、下の踊り場から、呆れたように見上げてきていた。
「な、何?」
「大丈夫か」
「…一応。何か用でも? もう帰ったと思ってた」
「
誰だそれはと言いかけて、もらった名刺を思い出す。
照れくささを隠すように、怒ったような表情をする
「それでわざわざ探してくれたのか。ありがとう、だけどよく判ったね?」
「なんとなく」
「それは立派な探知能力だ」
和希が階段を下りるのを、幸は、黙って見つめていた。
ああ、返事を待ってるなと、思う。待機を命じられた犬のようで、微笑ましいと言ったら怒るだろう。幸は、既に制服に着替えていた。
最後の一段を抜かして、両足を
「こんなこと言われても困るだけだろうと思うけど、今、キミに会えて良かったよ。気分として救われた」
揺れていた思いが、静かに収まる。それが良いことでも悪いことでも、とにかく和希にはありがたい。
幸は、困惑するように顔をしかめた。
「前から言おうと思ってた」
「何?」
「…俺には、関わらない方がいい」
「どうして?」
「幸せになれることは、きっと、ないから」
本気かと、思うまでもない。
そして和希は、幸が、そんな引け目のようなものを引きずっていることに、なんとなく気付いていた。
冷ややかに、笑みを形作る。
「それは、随分と皮肉な命名だ。名付け親は誰?」
「冗談で言ってるわけじゃない、俺は、化け物にしかなれない」
苛立つような声だった。
和希には、「化け物」という言葉が、何故か、酷く禍々しく聞こえた。おそらくそれは、幸がそう思っているからなのだろう。
少し、泣きたくなる。
すうと、深呼吸をひとつ。ここで、泣くなんて厭だ。
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