3.仮装だ、文句あるか

 小走りに駆けていく先には、体育館がある。小さな学校にふさわしく、こぢんまりとしている。

 用があって尋ねた市内の大きな高校には、トレーニングルームや運動部の部室、第二体育室などといった、複合の体育館を見たこともあるが、それにはほど遠い。

 体育館は、梅雨祭の開会宣言のために生徒を集めたきり、閉じられている。


「あれ、まだ誰もいない?」

「残念、一番になりそこねたか」

「!」


 集合場所の扉前にたどり着き、つぶやいた途端とたんの声に、ごくごく当然の流れで振り返った和希カズキは、思わず吹き出していた。


「か、会ちょ、何です、それ」


 不格好なほどに短いスカートと、わざわざへそを出している短い上衣。飾りの付いたヘアピンで留めた髪。

 キャラクター化された「女子高生」のようなそれに、笑いを押さえるのも必死だ。

 朝、開会宣言の時は普通に制服だった覚えがある。

 無背ナセ高校生徒会長の橋本ハシモト力也リキヤは、なかなかに美人な顔に、にこりと笑みを浮かべた。


「仮装だ、文句あるか」

「ないですないです。笑えるだけで」

「ふん、好きなだけ笑っとけ。結果発表の時に悔しがっても知らんからな」

「へえ、自信満々ですね。クラス発表もまだなのに」

「俺に入れずに誰に入れる。――おう、遅いぞおまえら」


 力也は、続々とやってくる生徒会役員と各学級委員たちに気軽に声をかけ、ある程度そろったところで扉を開けた。

 中は、ありふれた体育館だ。使い込まれ、床が深みのある飴色をしている。ステージには、濃紺の緞帳。片隅にはピアノが載っている。

 今は何もないこの空間に、クラス代表たちが歩く花道をつくらなければならない。元々のステージだけでもいいようなものだが、そのあたりは、慣例とこだわりだ。


「よっし、やるか、皆の衆!」

「あっ、馬鹿会長、スカートに気遣いなさい、誰も中なんて見たくないのよ!」


 身軽に動く力也に、副生徒会長も含め、手際よく準備が進められる。

 今期の生徒会はこの梅雨祭で事実上引退となるため、生徒会の主要メンバーの三年生は、作業を進めながらも、感慨深そうだった。

 無背高校に通う生徒は大半が地元の出身で、幼い頃から梅雨祭に足を運んでいるため、一年生でさえも、そんな空気に同調していた。

 和希は、一歩引いてそんな感想を持ってしまう自分に、違和感を憶える。何故、同調しないのだろう。

 どうでもいいことだとは思う。他者との一体感といったところで、実際には思い込みのたぐいだ。感じたからといって、何があるわけでもない。

 ただ少し、それでは淋しい。


「働いてるか?」

「働いてます、きっちり。ほら、副会長呼んでますよ」


 単純作業が割り振られている学級委員と違い、生徒会役員たちは、放送部や職員と機材の配置や進行の最終打ち合わせもしている。

 忙しいはずなのにわざわざ声をかけにやってきた力也を、和希はあっさりと追い払った。

 不服そうに口を尖らせながらも、大人しく呼ばれた方へ行く。

 力也が生徒会長というのは、優秀な補佐がいて、という前提付きではあるが、適任だと思う。

 人心を掌握するものがあり、さぼるが、ここぞというところではきちんと力を発揮する。

 付属品の威光ではなく、自身の能力だ。


「あー、やだなあ」


 意識せずに、間近に人がいないことを知って、ぼそりと呟く。

 誰かと比べることは、その違いをおぎなう意志と手段がなければ、自虐か優越感にひたるかでしかなく、気晴らし程度の効能しかない。

 そして、自虐での気晴らしは、好きになれない。

 高校に入って数ヶ月、生徒会と関わるようになったこともあり、どうも人に「あてられて」いるようだ。

 小さく首を振って、和希は、準備に専念しようと努めた。

 お祭り騒ぎは好きだけれど、始まると、逃げ出したくなるのは何故だろう。早く終わらないかと、つい願っている自分に気付き、和希は、口の端をゆがめた。

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