3.無理を言ったね
「はじめまして。もしかして、
「え――はい、とりあえずそう思ってます。同じクラスの、
突然の質問に驚いて詰まったものの、そう素直に応えると、にこりと、男は
三十前後といったところだろうか。しかし、あまりにも落ち着いた雰囲気からすると、童顔で年齢はもっと上なのかも知れない。
不器用な医師のような、そんな印象を受ける。
「幸にも友達がいたんだ、良かった。家では何も話してくれないものだから」
「家って…
「ああ、ごめん。うん、幸の保護者というか後見人というか。
渡された小さな長方形の紙片には、言葉通りに「杉岡
そうして、男はしげしげと、和希の着ている衣装とみづら風に結った髪を見つめた。
隣では、不機嫌そうに、それでいてどこか不安そうな様子で幸が
「良くできてるね、その服。幸の分も、作ってくれた?」
「はい。目玉なんです、生徒の仮装。生徒会や新聞部の配付している資料に詳しくありますけど、昔、水
外向きの笑顔を向ける。実は、その双方に和希が関わっていた。
新聞部には、今までの学校新聞を見せてもらいに入り
そのおかげで、おそらく和希は、今、校内で一番梅雨祭の由来や変遷について詳しいだろう。
そもそも
伝承は、そんなあやふやさが面白い。
真実や事実は、一つしかないように思いがちだが、実際には人によって異なることが多い。
「そうだ、これ」
投票用紙を差し出すと、杉岡は興味を覚えたように覗き込み、幸は、
「誰に入れてもいいから、投票参加は頼むよ」
当初の目的をようやく差し出して、受け取ったことを確認してから、杉岡に笑顔を向ける。
「これ、うちのクラスのチラシです。割引券ついてますし、どうぞ」
「ありがとう。幸は、何もくれないんだ。今日だって、何一つ言ってくれなかった」
「即刻帰れ」
杉岡は、笑って肩をすくめる。これは勝ち目はないなと、和希は苦笑を
それに気付いたものか、杉岡は、にこやかな笑顔を和希に向ける。
「迷惑でなければ、案内をしてもらえないかな。幸はこの通りだから、期待できなくて」
「是非、と言いたいところですが、残念ながら、用事を頼まれてまして。午後の準備があるんです」
心底、残念だと思う。普段にはない幸を大いに見られそうな、折角の機会だというのに。
杉岡は、そうかと、少しだけ残念そうに言った。
「無理を言ったね」
「そんなことはないです」
「ありがとう。衣装審査には、二人も参加するのかな?」
「午前中に、クラス内で投票があるんです。その結果次第ですね」
その言葉に、
「あの紙?」
「そうです」
心持ち幸を睨むと、わずかにたじろぐように身を引いた。杉岡も、非難するように見たことが大きな理由だろう。
和希は、何とはなしに、杉岡と顔を合わせて苦笑した。一種、共犯のような空気が流れる。もう少し話してみたいと、幸のことを抜きにしても思った。
しかし、スケジュールを詰め込みすぎの梅雨祭一日目は、どうにも慌ただしい。衣装コンクールを一日に収めようとしているところに無理があるのだ。
「そうだ。校内図、新聞部か生徒会の配ってる冊子に載ってますよ。ここからだと、新聞部の配布場所が近いです。そっちの校舎に入ったらすぐのところに机置いてますから、よければどうぞ」
「ありがとう」
三人が立っているのは、一般教室が主に配置されている校舎と、特別教室や職員室が配置されている校舎との間の中庭だ。
向かい合った校舎は、それぞれ端に近い二カ所の渡り廊下で繋がっている。
そんな校舎の、校門に通じる通路の反対側は、山になっていた。
その
中庭や校舎前には各クラスや部活が店を広げていて、おそらくは、出店参加の半数近くがここや運動場に出て来ているだろう。
新聞部は、校門の横辺りに陣取りたかったのだが許可が下りず、中途半端に校舎の中を割り振られてしまっていた。
ちらりと校舎に設置された時計を確認して、和希は軽く頭を下げた。
「それじゃあ、すみません、失礼します」
ひらりと浅葱色の衣装を
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