3.見つけた!

 笹と紫陽花あじさいで飾り立てられた校舎は、一挙に日常から異次元へと変化していた。民族学でいうなら、「ハレの日」が今日だ。


「驚くぐらい具のでかいたこ焼きだよー」

「甘味処のしらたま屋、二階の右突き当たりですよー。どうぞ寄ってってくださいねー」


 賑やかな喧噪が、校舎を包む。日曜ということもあり、生徒以外の姿も見受けられる。

 基本的にはありふれた文化祭のそれと変わらないのだが、生徒が、二人一組で同じ趣向の衣装に身を包んでいるのが特徴だ。

 七月の七日に一番近い日曜にもよおされるのが、無背ナセ高校名物の「梅雨祭」。文化祭はまた別にある。

 二人一組の仮装は、その中の明らかな主眼だ。

 そもそも梅雨祭というのは、無背では旧暦に行なう七夕行事ではなく、奈良の時代にあったという、水いが元になっているらしい。

 梅雨にもほとんど雨が降らず、農作物のために一夜を祈り通し、命の代わりに天を動かしたのが、まだ若い一組の男女だったという。

 無背以外から通う者には七夕伝説とごっちゃにされてしまうのだが、無背高校の裏にあるほこらには、その二人がまつってある。


「あれ? 真田サナダさん、長良ナガラサチ知らない?」

「長良君? さっきまでそこにいたと思ったけど…」

「あ。店番、交替か。どこ行ったかなんて知らないよね?」

「ええ。ごめんなさい、わからないわ」


 浴衣に前掛けをつけた同級生が、そう言ってすまなそうなかおになる。和希カズキは、礼を言って教室を後にした。

 祠の二人を元とした生徒の仮装は、当日の午前中に投票でクラス代表を決め、午後には全校でのステージ発表と投票が行なわれる。

 クラス投票は正午までに投票を済ませておくことになっているのだが、幸の投票用紙は、荷物の上に無造作に残されていた。

 朝一番のクラス出店の店番を終えた和希は、忘れ物を取りに戻った際に気付き文句を言おうとしたのだが。

 一学年が四クラスの比較的小さな高校とはいえ、名物のお祭り騒ぎで、校舎の人数は、下手をすれば倍以上に膨れ上がっている。

 これは探し出すのは無理か、と決めかけた時に、校庭に見たことのある服を見つけた。萌葱色が中心の、和希が造り上げた衣装だ。


「見つけた!」


 一年生のクラスは、生憎と最上階だ。今から駆け下りても移動していそうだし、声をかけると余計に逃げてしまうだろう。

 いっそこのまま飛び降りて、と無茶なことも考えたが、幸が、誰かと話し込んでいる――というよりも、詰め寄っている風なのを見て取って、駆け出す。間に合うかも知れない。

 昨日ひねった足は、丹念にマッサージをしたら、違和感もなく治った。もともと、手当するほどのことでもなかったのだ。


「今すぐ帰れ!」

「やあ、よく似合ってるよ」

「撮るな!」


 たどり着いてしばし、目の当たりにしている光景が信じられなかった。あの幸が、親しげな空気をともなって話をしている。内容はこの際、関係ない。

 布地のたっぷりとした衣装と、長髪のかつらを身につけた幸を前に、楽しそうに、写真を撮るというのも凄い話だ。

 凡庸に見える男は、怒る幸を軽くいなしているようだった。

 鬘と衣装でがらりと印象が変わり、一目では長良幸と判らない見掛けに、騙されかけてから気付いた生徒は、例外なくぎょっと目をいている。

 声をかけたものかどうか迷っていると、不意に、男と目が合った。しばらく見つめ合ってしまった後、にこりと笑いかけられた。

 青筋を立てている幸の隣をひょいと抜けて、歩み寄ってくる。

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