第138話 妥協
「──これが、今回の件のあらましだ。納得してくれ……なんて言わないけど、とりあえず理解はしてほしい」
俺はユウとアーニャちゃん、ヴィクトーリアの三人が寝ていた間に、親父と俺との間で何があったかを説明してみせた。ふくれっ面で、今もむくれながら俺を見ているユウを除き、二人は真剣に聞いてくれていた。
「つまりその……いまのユウトは魔王になる……んだよな?」
「おそらくな」
「体に変化は……まだ出ていないようですが……」
「みたいだな。未だ親父のように角も生えてないし、肌の色も変わってない。けど、ユウの顔見てみろ」
「ぶすー!」
アーニャちゃんとヴィクトーリアが、相変わらず頬を膨らませてぷりぷり怒っているユウを見た。
「こいつがこういう顔をしてるって事は、ユウの体には何の変化も予兆もないって事だ。だから、たぶん成功はしてる。俺の仮説は正しかった……と信じたい」
俺はユウの両頬を人差し指と親指でつまむと、そのまま指に力をいれて空気を抜いた。
「うーむ、どう言ったものか……」
「少なくとも喜ぶべき事……ではないのでしょうね……」
二人が複雑そうな顔で考え込んでいる。
「しかしまあ、なんにせよ魔王も倒したし、冒険はここでお開きだな」
「それって、ここで解散するって意味か、ユウト」
「……そりゃ、そういう事になるよな。てか、ここにいると巻き添え食うぞ。もうすぐ親父みたいに魔王化が進んでみんなを──」
「やだ」
ユウが珍しく、俺に反抗的な態度を俺に見せる。
「やだって、そんな子どもみたいに駄々をこねるんじゃありません」
「だって、やだよ。おにいちゃんと離ればなれになるなんて。せっかくお父さんの許可ももらったし」
「何の許可だよ! そんな許可要らねえよ!」
「……私も……ユウトをここに一人にするのは嫌だな……」
「わたしも……です……」
「……あのな二人とも、そんなこと言ったってさ、ここに残ってもいい事なんかないんだぞ? さっきも言いかけたけど、もうすぐ俺の魔王化が始まる。そうなると、俺の精神は乗っ取られ、敵味方の区別なく周りのやつらを殺してしまう。ふたりとも見ただろ? 俺の本当の両親と戦士が親父に殺されたのを」
「あたし、おにいちゃんになら殺されてもいいよ」
「アホか! おまえがよくても俺が嫌なんだよ! ……見ただろ、親父のあの顔。俺だって、みんなを殺したくない。なんなら、ここから全員無事で帰りたかったさ。けど、そんな選択肢はもうない。……頼む、言う事を聞いてくれ。俺をあんな気持ちにさせるつもりか?」
「あたしだって同じだよ、おにいちゃん」
ユウの言葉に同調するように、アーニャちゃんとヴィクトーリアが頷く。
「あたしだって、おにいちゃんがいないなんて嫌だよ。この先、おにいちゃんのいない人生なんて考えられない。だから、おにいちゃんがあたしたちを大切に思ってるのと同じくらい……ううん、それよりももっと、ここでおにいちゃんを置いてくなんて嫌なんだよ? こんなこと言うのはずるいし、おにいちゃんに嫌われるかもだけど……」
ユウは覚悟を決めたように口を一文字にキュッと結ぶと、今までにない真剣な顔つきで俺に向き合った。
「一生のお願い。あたしを見捨てないで」
「『見捨てないで』って……普通、言うほうが逆だろ……」
いままで俺に対して、わがままらしいわがままを言ってこなかったこいつが初めて口にする『一生のお願い』。その重みはわかるし、決意もわかるし、覚悟していることも伝わってくる。
だけど、事実俺には──俺の中にはもうすでに魔王がいる。
これはどうしようもない事実であり、これから俺にまとわりついてくる現実だ。
俺は三人にここから出ていってほしい。けど、三人は俺を見捨てたくない。
今は議論が平行線だが、このままだと、必ず終わりは来る。それも最悪の終わりが。
そうさせないために、俺はどうすべきか?
わかりきったことだ。
皆を騙すしかない。
皆との別れがこんな形になってしまうのは、本当に残念だが、俺がみんなをこの手で殺してしまうより何倍もマシだ。
「……わかった。わかった。俺の負けだ」
俺は両手を上へ掲げると、わかりやすく降伏のポーズをとってみせた。
「降参だ。たしかに、ユウの主張もわかる。いきなりこんな事を言われて、『はいそうですか』って引っ込むようなタマじゃねえもんな。やれやれだ。参った参った。俺の根負けだよ。……なら、今度は皆で考えるとするか、この状況から抜け出す方法ってやつを。とりあえず、ユウキの意見も聞いてみたいから、あいつをここまで連れてきてくれないか? たぶんあいつ、いまも終焉の都周辺で戦ってるだろうし」
「あ、あのさ、ユウト?」
ヴィクトーリアが頬を指で掻きながら、言い辛そうに口ごもる。
「なんだ? トイレか?」
「その……なんというか、言いにくいんだが……」
「内部の施設はよくわかってないからな。トイレに行きたいなら外へ行ったほうが──」
「あ、あのな、バレてる……ぞ?」
「……え?」
「ユウトさんが何かしらのブラフやハッタリを使う時、必ずといっていいほど、最初に上を見るんです。ご自身では気づいてらっしゃらない様子ですが……」
「それなりに長い間一緒にいるからな。ユウトがいま何を考えてるかくらいわかるぞ」
「おにいちゃん、あたしたちにユウキ……さんを呼びに行かせて、その間にここから追い出そうとしてるんだよね」
三人はそう言いながら、俺に詰め寄ってきた。
そこまであからさまな演技をしていたつもりはなかったんだけど……三人の言う通り、皆にはバレバレだったのだろう。
なんだか小恥ずかしい反面、そんなところまで見ていたのかと感心してしまう。
なんだかんだで、この旅で三人とも成長してるし、だからこそ、こんなところで俺に付き合って犬死みたいな事はしてほしくないわけで。
こうなったら力づくでも三人をここから追い出して──
力づく……?
そうか。いま、わかった気がする。
なぜ俺が魔王になったのか。
──ドクンッ!!
突然、心臓が大きく跳ねるように鼓動する。それと同時に、全身が茹で上がったように熱くなり、視界がグラグラと揺れ始める。
とてもじゃないが立っていられなくなり、俺はたまらず、その場に手をついてしまった。
どうやら、もう魔王化が始まっているようだ。
「ど、どうしたユウト」
「く、来るな……! ……わ、わかった。一か八か……皆の意見を尊重する」
「いいの? おにいちゃん」
「……ただし、勿論条件がある。もし、ここで俺が魔王化したとする。それで、
「木っ端微塵って、ユウトにそんなことできる筈が……」
「言う事を聞け!!」
「で、でも……!」
「わかりました」
「アーニャ!? 何言って……!?」
「ユウトさんのお考え、お察し致しました。ですが、そんなことはさせません。そのために、全力を尽くさせていだきます!」
さすがはアーニャちゃんだ。俺の狙いを即座に理解してくれた。
あと憂いはこの賭け……
「構えろみんな! 今から……魔王が……ぐ……っ……こ……殺してやる……!!」
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