第137話 女の子たちに守られながら魔王と勇者を倒します(旧題)


「ここを消し去るって……それじゃあ、ユウはどうなるんだよ……!?」


「……このくだらない因縁は、おまえたちを巻き込まずに俺が、俺の代でケリをつけたかった。だが……こうなってくると、土台無理な話になってくる。もう何時間と待たず俺の体も、精神も、魔王の魂に侵食されるだろう。そうなってくると、ここにいるおまえたちだけじゃなく、この世界そのものが終わりかねない。だからそうなる前に……ユウト、おまえが終わらせるんだ」


「俺が……いや、だからって……ユウを……!? こんなん、『俺を殺すか、世界を殺すか』とかいう話じゃねえだろ……!」


「だから強制はしない。ここでこの連鎖に終止符を打つか、まだ続けるかはおまえが決めるんだ。……ただ……ただ……!」



 親父が鬼気迫る表情で次の言葉を紡ごうとしている。のどまで出かかっている言葉を、無理やり外へと出そうとしている。



「クソ……クソクソクソッ! ……こんな事、言いたかねえが……それでも俺はおまえが世界を救ってくれると思ってる……!」


「だけどそれって──」



『自分で自分の娘を殺してくれって頼んでるようなモンだぞ』

 その言葉が俺の口から出かかって、慌てて引っ込めた。そんなものは親父も百も承知だ。承知の上で言っているんだ。血が滴り落ちるまで握られている拳を震わせ、ギリギリと歯を食いしばりながら、親父は懸命に自分に言い聞かせているのだ。



「……正直な話、親のケツを子供に拭かせるなんて、ロクでもねえ親だが、それでこの永い茶番が終わるんだ。それに、これはまたとない好機でもある」


「好機……?」


「前勇者である俺が、魔王の術中に嵌っていてもまだ理性を保てている事。そして、ここに勇者以外の人間がいる事だ」


「それのどこが好機なんだ?」


「いままで多くの勇者たちが魔王に挑み、勝利を収めてきた。しかし、その戦いの中で必ずパーティにいた人間は命を落としていた。勿論、魔王に倒された者もいたが、その最たる要因がユウト、おまえも見たように……」


「魔王化し、暴走した勇者に殺された」


「そうだ。だからこそ、歴代の勇者たちには『自分を閉じ込める』という選択肢しか残っていなかった。だがいま、ここにおまえがいる。おまえの仲間がいる。これを好機と呼ばないでなんと呼ぶ」



 相変わらず、親父が辛そうな顔で話している。しかし、それと同時に『それ以外の選択肢が残っていない』という言葉が、妙に俺の中で引っかかってしまう。



「なあ……ちょっと待ってくれ、本当に誰も、勇者以外の人間は残らなかったのか?」


「そうだ。誰一人として生きて帰ったものはいない」


「それは、勇者が魔王を倒したから……」


「……なにか引っかかるのか?」


「いや、俺の中ですこし……気になる仮説が出来たんだが……」


「気になる仮説……? この局面でか……聞かせてみろよ」


「いや、やっぱりダメだ。なにもない、忘れてくれ」


「おいおい、何もないわけないだろ。教えてくれよ、その仮説ってやつを」



 まずいな。おもわず脊髄反射的に口をついて出てしまったが、こんなことを親父の前で言うなんてどうかしてる。ここは上手くごまかさないと。



「……あー……その……ぜ、全員でここに住むんだよ! だから、まず食糧とかの調達が──」


「俺の死が組み込まれてるんだろ?」


「そ、それは……」



 図星。

 親父の言葉が俺の口を閉ざさせる。



「この際言っておく。俺を殺すのに躊躇も情けも必要ない。むしろ俺を想っているのなら、ここで俺を殺してくれ。魔王になってから、俺は何度も自殺を試みているが、それに失敗しているんだ」


「自殺って……」


「もう一度聞く。その仮説ってのはなんだ?」


「……俺が……俺があんたを倒したらどうなるんだ?」


「なるほど、勇者以外が魔王を倒すのか……そんな発想はいままでなかったな……」


「というよりも、勇者しか生き残れなかったんだから、そういう発想すら生まれなかったんだろ」


「まあ、そういう事だ。……結論から言うと、俺にもさっぱりわからん」


「やっぱり、あんたにもわかんねえか」


「まあな。なにせ前例がない。おまえの目論見通り、呪いがおまえのほうへ行くかもしれないし、特に何も変わらず、ユウが魔王化するかもしれない……だが、やってみる価値はあるだろうな」


「やってみる価値……」


「だけど、いいのか? もし呪いがおまえに降りかかったら、今度はおまえが、この絶望的な苦しみを死ぬまで味わうかもしれないんだぞ?」


「いいわけがない。俺だって怖いよ。……けど、ユウが死んだり、この中で一生を終えるよりはいいと思う」


「……あくまでユウには背負わせないつもりか」


「義理でもいちおう妹だ。当然だろ。……というわけで、あんたの期待にうことは出来ないけど、これが俺の取る選択だ」



 言え。親父に言ってやれ。



「たしかにあんたの気持ちもわかるし、願いも納得できる。けど、それでユウが死ぬくらいなら……」



 言うんだ。はやく親父を解放してやれ。楽にさせてやれ。



「……あ、あんたを殺して……俺が魔王になる」



 沈黙。そして、ややあって親父が口を開いた。



「あっはっはっは! 決意を表明する時に、そんなツラそうな顔をするな!」



 親父はそう笑いながらバシバシと俺の背中を叩いてきた。どうやら、最後の最後まで心配をかけてしまっていたらしい。



「それがおまえの決めた道なら俺は口を挟まない。俺はおまえのその行動を尊重するし、その決断に敬意を表する」



 親父はそう言うと、一本のナイフを俺に手渡してきた。親父の手は、指は氷のように冷たいのに、そのナイフはほんのりと温い。



「生憎、この体は頑丈だからな。ちょっとやそっとの攻撃じゃビクともしねえんだ。だからこの体を破壊できるナイフを作った」


「これが……?」



 俺はナイフを手に取ると、色々な角度からそれを見回してみた。一見すると、市場で売っているような果物ナイフと素材も外見も一緒で、なんの変哲もないナイフに見えるが──



「魔法……聖属性の……祈りか?」


「わかるか? それは俺が毎日毎日、きたる日に向けて聖魔法をかけ続けたナイフだ。そのナイフで俺のここを貫けば、間違いなく殺せるだろう」



 親父はそう言って、自分の鳩尾のすこし上部──心臓をトントンと親指で指さした。



「毎日聖魔法をって……その体でやってたのか?」


「それを聞くか? ……まあ、たしかに肉体的にも精神的にも堪えたが……それくらいしかやる事がなかったしな! あっはっはっは!」



 親父は気楽に言っているが、魔物にとって聖属性の魔法というのは当たるだけで蒸発しかねないもの。例えるなら、人間が骨まで溶けるほどの酸の中にどっぷりと浸かるほどだろう。それも毎日、死ねない体で。



「……わかった。あんたの覚悟は受け取ったよ。せめてこれ以上苦しまないよう、一瞬で終わらせてやるからな」


「頼むわ。……あ、そうだ、出来れば母さんに……あいつに謝っておいてくれると助かる」


「わかった」


「……って、おまえに言っても意味ないか。もしおまえの仮説が正しかったら、おまえの仲間にでも言伝を頼んでおいてくれ」


「了解」


「目が覚めたら、ユウにもな」


「ああ」


「他には……、ああ、そうだ。最後になったが……すまなかったなユウト。俺がダメな勇者で苦労をかけた。本当におまえには何もしてやれなかった。その上こんな決断まで……おまえにはいくら謝っても足りない」


「……いや、あんたは……親父は、精一杯頑張ったと思う」


「ここにきて親父……か。……はは、これでやっとあいつらに謝ることが出来──る──」

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