第136話 勇者の告白
──パチン!
「……っでェ!?」
両頬に強い刺激を感じ、目を開ける。
そこにはニヤケ面の親父が、俺の顔を覗き込んでいた。
「どうだった? 見てきたんだろ? 色々と」
「……まあ……最悪だったな」
「はっはっは! だろ! 最悪だろ! あっはっはっは!!」
親父は腹を抱えて愉快そうに笑った。俺はその様子にすこし苛立ちを覚え、つい皮肉を言ってしまう。
「……随分、楽しそうなんだな」
「そりゃおまえ、こんな感じにやってなきゃ気が狂っちまうからな」
突然、大声で笑っていたかと思うと、俺を射抜くような視線を投げかけてきた。
あまりの態度の豹変ぷりに、おもわず生唾を飲んでしまう。
ここに来るまで──俺たちが今ここに来るまで、親父が何を想い、何を感じてきたのかなんて想像を絶するだろう。
俺がここで出来る事なんて限られている。
『俺を殺すか、世界を殺すか』
なんとなくこの問いかけの意味が、すこしだけ理解できたような気がする。
「……なあ、あんたはあの後……同じパーティの人間を殺した後、どうなったんだ?」
「なんだ、最後まで見てないのか?」
「あんたに起こされたせいでな」
「それは俺のせいじゃねえよ。おまえが無意識のうちにストップしたんだろ」
「どういう意味だ?」
「おまえも知っての通り、この魔法を見ている時間と、現実の時間は並行して進んじゃいない。おまえがたっぷり、気が遠くなるほどの間、魔法の中にいたとしても、現実ではそれほど時間は立ってない。つまり、最後まで見れなかったという事は、実際にその魔法がそこで途切れているか、強いストレスを感じ、体が、脳が拒絶したかの二択だ」
「そういうことか……」
「まあ、無理もねえか」
「あれ……て、いま起きてるのは俺だけか」
俺はそう言って、ユウとアーニャちゃん、ヴィクトーリアの三人を見た。
アーニャちゃんとヴィクトーリアはユウにもたれかかるように寝ている。
「まあ、おまえにだけ色々と話しておきたいことがあったからな……」
「話しておきたい事……なんだそれ?」
「でもま、これで俺がこの事について語りたくない理由が分かっただろ?」
「……あんたさっき、自分が口下手だから話せないって言ってたじゃねえか」
「そんなこと言ってたか? あっはっはっは! じゃあ語りたくない理由は口下手だからにしておいてくれ!」
「適当じゃねえか……で、質問には答えてくれるのか?」
「答えるさ。あの後の事だろ? おまえはどう思う?」
「質問に質問で返すなよ」
「おいおい久しぶりの対面なんだから、長く話していたいって思うのは当然だろ? そう邪険にするなって」
「……精神も肉体も、魔王のものになっていた……のだったら、今こうやって俺と話せているわけがない。けど、皮膚の色も変わり、角も生え、目の色も変わっているから、若干取り込まれていたが、寸前で抵抗して克服したってところか?」
「惜しいな」
「惜しいって……まあいいや、答えたんだから答えろよ」
「答えは……、いまも必死に俺の中の魔王を抑えている、だ」
「……はあ!? でもあんた、普通にしてるじゃねえか!」
「魔法障壁……見ただろ? あの、デカいカーテンみたいなの。あれはな、
「な!? それって、もしかして──」
「そう。俺が、俺自身を封印するためのものだ」
「封印って……」
「たまたまこうやって、いまは俺とユウトは話し合えてるけど、でもな、いつもはこうはいかないんだよ。あの時……あいつらを失った時まではいかないけど、時々、何の前触れもなく、破壊衝動や殺戮本能みたいなものが芽生える時があるんだ。そうなっちまうと、本当に俺の意識で俺を制御できなくなっちまう」
「……てことは、やっぱりあの時、親父の意識はあったんだな」
「ああ。あの時、俺の意識はハッキリとあった。ただ体が言う事を聞かないというだけで、あいつらを斬った感触は今でもこの手にこびりついてる。血の臭いも。あいつらの最期もしっかりこの眼球に焼き付いている。……あの時、俺が涙なんて流さなければあいつらは……」
親父はそう言って、悔しそうに拳を握った。
「いや、もういいか、この話は。少なくともユウトの前でする話じゃねえな。……とにかくだ。こうして不定期で暴れるようなどうしようもないやつを、俺が俺の意思で閉じ込めてたって話だ」
「じゃあ、あんたが言った『俺を殺すか世界を殺すか』ってのは、やっぱり……」
俺がそこまで言うと、親父は心底辛そうな顔で、ゆっくりと息を吐いた。
「おまえたちにこんな事を頼むなんて、どうしようもないんだが……」
「いや、何か他に方法があるだろ! それじゃああんた、ただ仲間を殺して、その仲間の子どもに殺されるだけの人生なんだぞ!? そんな……そんなの……あんまりだろうが!」
「あっはっはっは! この期に及んで俺の心配とはな。……ほんと、親に似たんだな、ユウトは。……いいかユウト。断言しておく。他の方法なんてものはない」
「方法を探してもねえのに諦めるなって! まだなにか──」
「ないんだ。これは大昔から続いている魔王と勇者の因縁だ」
「大昔って……」
「俺が殺した魔王……、アレも勇者の成れの果てだ」
「アレもって……まさか、あのときの魔王の体も!? でも、あの勇者の精神は完全に──」
そこまで言って、俺の思考が、今までの出来事が一直線に繋がる。
「そうか……! 全部繋がったぞ……! あの魔法障壁は勇者にしか解くことが出来ない。そして勇者は魔王を倒したのち、精神を乗っ取られる。そして、そんな自身を閉じ込めるために、また勇者が自分自身を閉じ込める……ここは、牢獄だ! 勇者と魔王を閉じ込めるための牢獄なのか! だからここには魔物も何もいなかったのか!」
「……そのとおりだ」
「じゃあ、そうなったら、俺たちがあんたを倒せばユウは……」
「悪いな、ユウト。だがもう、おまえたちはここまで来た。俺の前まで来たんだ。幸い、まだ俺の自我は完全に乗っ取られていないが、それももう時間の問題だろう。この術は対象が強ければ強いほど、乗っ取られるスピードも速くなる」
「なら、勇者は魔王を倒せるまで強くなるから……世代を経るにつれて加速していくって事か……!?」
「そういう事だ。だからユウト、ユウが俺を殺して魔王になった後、ここを跡形もなく消し去ってくれ」
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