第135話 顛末


 戦士の首が宙を舞う。

 かすかに俺が見たものは悔恨の表情。

 驚いているわけでも戸惑っているわけでもなく、戦士は唇を噛み、目を強く瞑っていた。

 その表情が俺には、己の詰めの甘さを嘆いているような、そんな表情に見えた。

 ゴロンゴロンゴロン……。


 戦士の首が鉄球のような音をたてて床の上を転がる。

 そしてそこで、なぜか俺の視線は戦士の首よりも、現在俺がいる部屋の床へと移動していた。



『……どこだ……ここ……?』



 いままで現状を把握するのに精一杯で、今いる場所にまで気を配れなかったが、ここはさきほどまで俺たちがいた、こぢんまりとした部屋ではなかった。さきほどの部屋の何倍も広く、天井もあのバカデカい扉を優に超えるほど高さだった。

 親父のいた部屋とはまた違う部屋なのか? そもそも、いくら広大な魔王城とはいえ、あれほど意味ありげな扉を何枚も作るものなのか?

 俺がそんなことを疑問に思っていると、天井に赤色の染みがついた。

 再び視線を上から下へ戻す。

 赤い点の正体は血液。頭部を失った戦士の首の付け根から、噴水のような勢いの血液が辺りに飛び散っていた。

 相変わらず、何が起きているのか理解できずに混乱していると──


 ヂュィィイイイイイン!!


 金属と金属とが、無理な力で何度もこすり合わされるような不協和音。



「くっ! なんだ……!? 一体何が起こっているんだ……!?」



 狼狽した僧侶の声。

 俺はすぐさま、その声のほうを見る。

 僧侶が、親父の剣を自前の杖で防いでいた。僧侶の持っている杖はどう見ても木製。しかし、およそ木製の杖からは出ないような音と火花が散っている。



「ゥウァウウウ……ゥヴヴヴヴヴヴ……!!」



 親父が低い唸り声のようなものを上げている。顔からはすでに正気は失われており、目は虚ろで、口からは泡が噴き出ていた。

 この状況から察するに、戦士の首を切断したのも親父だろう。という事は、これから俺の両親も……。

 だが、どうしてこうなった?

 直前で魔王の声が聞こえていたが、あれが原因なのだろうか。

 死んでから発動するような呪いの類……なんてものは今まで聞いたことがない。けど、相手は魔王だ。どんな呪術や未知の魔法を使ってきても不思議じゃない。


 では、今のあの親父は魔王が操っているのか?

 いや、そうだと仮定すると、戦闘があまりにもお粗末すぎる。戦略も作戦もなく、ただ力任せに剣を振り回しているだけだ。

 それに、俺たちと話していたときの親父は操られている素振りなんて微塵もなかった。


 ダメだ。

 答えを出すにはまだ判断材料が揃っていない。今はどうしても、親父が置かれている現状について知りたい。それに、親父はこれを俺に見せて何を──



「いける! おせるぞ! いまのあいつに理性はない! 隙を作るから、最大火力の魔法を叩き込むんだ!」


「わかったわ! どうか、持ちこたえていて……!」



 僧侶の言っている通り、親父がふたりに押されている。不意打ちで戦士を一人やったとはいえ、親父のパーティの僧侶と魔法使いだ。力任せに剣を振り回しているだけの親父が勝てる筈がない。

 だけど、俺は結果を知っている。ここからどうなるかを知っている。

 俺は短く息をつくと、目の前で繰り広げられている惨状に集中した。



「……魔力充填完了したわ! いつでもいけるわよ!」


「おし、じゃあ俺が合図を出すから、そこで一気に魔力を解放しろ! 大丈夫だ! こいつには悪いが、魔王城ごと吹っ飛ばせばすべて終わ……」



 そこまで言いかけて僧侶が口を噤む。



「ちょ……と、なに!? どうしちゃったの!?」


「……おまえ、意思が……あるのか……!?」



 僧侶の言葉を聞いて俺は親父を見た。

 ──親父は僧侶を攻撃しながら、目から血の涙をポタポタと流していた。

 憎悪、後悔、憤怒、悲哀……親父の表情は相変わらず虚ろなままだったが、なぜかそのすべてが手に取るように、血の涙を通して感じられた。

 そして、このとき僧侶は、ほんのすこしだけ……ほんのちょっとだけ、魔法を緩めてしまったのだろう。たぶん鋼鉄以上の硬度を誇っていたであろう僧侶の杖が、僧侶の体が、その瞬間、紙屑のように真っ二つになる。



「あ、あなた……っ!!」



 そして負の連鎖は続いていく。

 最愛のパートナーを目の前で、一瞬にして肉塊に変えられた魔法使いは、そんな、ほんの些細な気の迷いから──上半身と下半身を分断させられた。

 同僚への情。

 おそらく僧侶も魔法使いも、親父を殺すことに対して引け目はあったが、抵抗はなかっただろう。事実、魔法使いがあの魔法を放っていたら、いくら親父とはいえ消し飛んでいた。

 しかし、最後に親父が見せたあの血の涙。

 あの涙が僧侶の思考を鈍らせ、魔法使いの攻撃を止めたのだ。



 ──咆哮。



 親父が人のものとは思えない声で泣く。鳴く。

 およそ人の発声器官では鳴らせない様な音をかき鳴らす。

 それは勝利の咆哮か、同僚を手にかけてしまったがゆえの哀しみの嘆きか──

 ただ、血の涙は滾々こんこんと噴き出るマグマのように、絶えず親父の頬を伝っていた。



「……き……えて……る……か……」



 そんな中、微かに──まるで大雨の中、革靴が煉瓦の上を歩くような微かな音を俺の耳が拾った。


 見ると、そこには、僧侶と魔法使いが重なるようにして倒れていた。

 お互い助からないと悟っているはずなのに、その目にはまだ輝きは失われていなかった。



「き……えてる……わよ……」


「は……は……ダメ……だな……こ……じゃ……会わ……顔……ない……」


「じゅ……分……頑……た……わよ……」


「愛……て……る……」


「私……も……で……。……ユ……ト……ごめ……ね……」



 そこまで言って、糸が切れるように魔法使いの口が動かなかくなった。僧侶は無い腕でなんとか魔法使いを抱きしめると、そのまま目を瞑った。



「……ああ……神……さ……願わ……ば……子……が健や……あ……ように……」

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