第133話 感動の対面……?
俺たちが招き入れられたのは、あの巨大な扉からは想像できないほどの、こじんまりとした個室だった。俺とユウ、アーニャちゃんにヴィクトーリア、それと親父と
男は慣れた手つきで茶を淹れると、赤褐色のティーカップ……と呼べるのかどうか怪しいほど劣化したカップに注いで、きちんと人数分を出してきた。
俺たちが互いに顔を見合わせ、狼狽えていると、男は何かを期待するように俺のほうを見てきた。
飲んでほしいのだろう。
頑として『飲まない』という態度を貫くのも
俺は意を決すると、ティーカップの取っ手ではなく、渕の周りをガッと掴んで口へと近づけた。
だが──
「う……」
漂ってくるのは芳醇なまでに熟成された茶葉の香り……ではなく、長年使い続けた雑巾のような悪臭。俺はそのまま、その茶を飲むことなくティーカップをソーサーの上に戻した。
「なんだなんだ。遠慮しなくてもいいんだぞ。おかわりならいくらでもあるからな」
「……普段こんなの飲んでんのか、あんたは……」
今の問答でようやくわかった。俺たちの目の前にいるのは間違いなく、幼き日、遠い記憶の中で見た親父の姿だった。元気そうで何よりなんだが……ただ、やっぱりその姿にすこし違和感を覚えてしまう。
具体的にどこが変わっているのかというと、頭には立派な、羊のような角が二本生えており、肌は青紫に変色してことくらいか。
……うん、すこしどころか全然違うな。
なんというか、生きて親父に会えた嬉しさよりも、豹変してしまった悲しさと、その他いろいろなよくわからない感情が、波のように寄せては返したりしているので……。
「ごめん、なんか吐きそう」
「おい、ちょっと待て。そんなに茶が不味かったか? この姿になってから味覚を感じなくなってはいたが……まさかそこまでとは……」
「ちがう。なんか気持ち悪い……」
「自分でもそれなりに姿は変わっていると自覚はしていたが……実の息子にそこまで言われるとさすがに傷つくな」
「……なにが実の息子だよ、白々しい。俺の両親はあんたのパーティの一員だったんだろ?」
「ほう。なんだ、そこまで知ってたのか」
「まあな」
「まあ……その通りだ。おまえの両親は俺の大事なパーティの一員……だった」
「だった……てことは、もう……いないんだな? 俺の両親は」
「ああ。これを言ってもいいかどうかはわからんが……俺が殺した」
「……なッ!?」
なぜか一気に血が頭へ昇る。
本当の両親については、さっきユウから聞いたばかりなのに。特に思い入れなんてないはずなのに、この矛盾した感情は一体何なんだろう。
いや、とにかく落ち着け。
「……その──その姿となんか関係があるのか? というか、親父はやっぱり魔王なのか?」
「……俺を責めないのか?」
「責めて……俺があんたを責めたら、どうにかなるのかよ」
「どうにもならんが……楽にはなるだろうな」
「……あんただって、何か事情があったったんだってわかってる。それも、元仲間を殺すほどの何かだ。そんな、何も知らない俺があんたを責めて……、俺はそんなんで楽になりたくねえよ」
「……ああ、すまん。軽口が過ぎたな」
「いや……」
「ユウト、おまえさっき俺が魔王かと訊いたな。……単刀直入に言おう。俺が魔王だ」
「……だろうな。角の生えた経緯は聞けるのか?」
「もちろん話してやるとも。そのためにおまえを……おまえたちを……うう……ここまで……ううう……」
親父はそこまで言うと、急に青紫色の人差し指と親指で目頭を押さえだした。
「な、なんだよ。泣いてんのか?」
「いやーあっはっはっは! 立派になったなと思ってな! おまえも、ユウも!」
「情緒不安定かよ!」
「ひさしぶり、お父さん」
「おまえは生まれてから一度も会ってねえだろうが! はじめまして、だろ!」
「今日はお父さんに紹介したい人を連れてきたの」
「お父さんに紹介したい人って……ユウ、まさか、そんな……! 嘘だと言ってくれ!」
なぜか口を手で押さえて狼狽え始める親父。
「おにいちゃんだよ、お父さん。今度結婚するんだ」
「ええッ!? あ、いや、でも、ほら、おまえたちは仮にも兄妹なんだからさ……」
「あたしたち、もう一線越えてるよ」
「あばばばばばばばばば……ブクブクブクブク……」
「やめろってユウ! いきなりワケわかんねえ事言うの! 泡吹いて目ぇ回してんじゃねえか! てか、一線も何も越えてねえだろ!」
「そうだね。二線も三線も越えちゃってるね」
「殺人という名の一線を越えてやろうか」
「まあ、いいだろう。ユウを幸せにしろよ、ユウト」
「うるせえよ! 早く質問に答えろ!」
「角が生えた理由……というより、魔王になった理由だろ? 話すのはいいけど、すこしばかり長くはなるぞ。それでも聞いてくか?」
「もちろんだ。目的はいろいろあったが、いまはそれを聞くのが目的みたいなもんだからな」
「な、なあユウト……」
ヴィクトーリアの声。
見ると、ヴィクトーリアとアーニャちゃんが居心地悪そうに俺のほうを見ていた。
「ユウト、私とアーニャはどうすればいい? 席を外したほうがいいか? ……さっきから蚊帳の外だし……」
もちろん居てくれて構わないし、むしろ居てほしいくらいだが……確かによく考えてみると、この状況って捻じれに捻じれた親と子が再開する場面だ。いたたまれなくなるのも、色々と気を遣わせてしまっているのもあるだろう。それに、これからの話はたぶんもっと重くなる。話し合いは当人同士に任せておいて、部外者は同席しないほうがいいんじゃないか、と考えてしまうのもわかる。
けど、俺としては、やっぱり二人はこの場に居てもらいたいワケで──
「……なんだヴィッキー、拗ねてんのか?」
こうやって、からかってしまうのだ。
「す、拗ねてないし、ヴィッキーって呼ぶな!」
「まあ、二人はここにいてくれ。……というか、いまさら他人行儀に気を遣う必要もないだろ」
俺がそう言うと、二人は互いに顔を見合わせて頷いてくれた。
「それもそうだな。すまないユウト。なんというか……」
「わかってる。というか、謝るのはこっちのほうだ。いまさらだけど、ここまで付き合わせてすまん」
「……顔を上げてください、ユウトさん。わたしたちはそれも承知の上で、付いて行きたいとわがままを言ったのです。ユウトさんがよろしいのでしたら、もちろん最後まで、すべて見届けさせていただきますよ」
「アーニャちゃん……」
「良いパーティじゃないか、ユウト」
「……だろ」
「ま、俺のパーティほどじゃないがな」
「どこで張り合ってんだよ」
「では、そろそろ本題に移らせてもらう。そして、俺の話を
「見る……?」
「そうだ。あいにく、俺はベラベラと自分の事を喋るのが得意じゃないからな。おまえたちに見せるのは、俺の記憶の断片。
「本人の記憶を他人に植え付ける投影魔法の一種か……。わかった。たぶん大丈夫だ」
「呑み込みが早くて助かる。じゃあ行くぞ」
「あ、ちょっと待ってくれ」
「ん、なんだ?」
「さっき決めろって言ったよな? いったい何をだよ」
「あっはっはっは! そりゃおまえ! ……俺を殺すか、世界を殺すかの選択だろ」
「……は?」
「時間は……まあ、それほどねえから、さっさと行くぞ」
「は? おい、ちょっと待──」
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