第131話 ユウ


「状況から考えるとそうだろ」


「……え? でも、俺の親父は勇者だったんだよな」


「それは間違いない……けど、どうなってんだよ。マジで。」



 ユウキが頭をガシガシと掻きまくる。ユウキがここまで立て続けに混乱しているのは珍しい。

 そのおかげ……とまでは言わないけれど、俺はそこまで取り乱さずにいれた。



「そうだ! 次は……ためしにユウキが触ってみろよ。おまえなら相殺とか出来──」



 俺がそう言うと、ユウキは自身の手をずいっと、俺の目の前に突き出してきた。もともと肌が白かったユウキの手はすこし浅黒くなっており、ところどころ破れている皮膚からはピンク色皮下組織が覗いていた。



「試したさ。けど、この有様だ。おまえの無様な姿を見てなかったら、おまえと同じように全身がこうなってた」


「……え? 俺いま、やばいの?」


「ああ。軽いミイラみたいになってるな」


「マジ?」



 俺はペタペタと自分の顔を触ってみるが、特におかしい所はない。



「まあ、冗談だけど」


「……なんではしゃいでんだよ。というか、なら、本当にアーニャちゃんの言う通りなのか? 勇者を排除するために、おびき寄せるためにこの魔法障壁があるのか?」


「いや、わからねえ……。俺だってはじめてここに来るからな」



 ユウキの答えを聞いた皆は、一様に口を閉ざした。

 ユウキまでわからないとなれば、もうさすがに手詰まりか。

 ……どうする。

ここは一旦、この場所を離れるか? それとも、ここに留まって解決策を考えるか。

 いや、ここで考えていても仕方がない。ユウキも拘束していることだし、いまは情報を集めるために勇者の酒場ギルドへ行ったほうが──



 ジュウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!



 まるで熱い鉄板の上で肉を焼いているような音。

 見ると、ユウが魔法障壁に向かって手を伸ばしていた。



「ユウ!? おまえ、何やってんだ! それ以上やると死ぬから止め──」



 俺はユウを魔法障壁から引き離そうと、ユウの肩をガッと掴んだ。

 しかし──



「待てユウト! 魔法障壁が……!」


「……え?」



 ユウキの声でユウの体の異変に気付く。……いや、ちがう、正しくはユウの体に一切異変がない・・・・・・・という事に気付いたんだ。

 なら、さきほどの音を出していたのは──

 俺は視線をユウから魔法障壁へと移した。

 魔法障壁はユウの手が触れている場所から中心に、まるで超スローでシャボン玉が割れるように霧散していった。



「ゆ、ユウ……おまえ……」


「ごめんなさい、おにいちゃん」


「は? ごめんなさいって……」


「わたし、勇者なの」



 ユウはゆっくりと振り返ると、俺の目をまっすぐ見て言った。



「……へ?」


「おにいちゃんにはずっと黙ってたけど、わたしたち、実の兄妹じゃないの」


「はあ!?」


「その証拠にいままで一度も『おちゃん』って呼んだことないんだよ?」


「いやいや、これ俺の一人称視点だから、そういう漢字表記のゴタゴタを出したら意味わかんなくなるから……て、そういう事じゃねえよ! え? どういう事だ? 兄妹じゃない?」


「そう。だからね、わたしたち合法で結婚できるんだよ」


「バカ! ふざけてる場合か! ……いや、それよりもおまえが勇者ってマジなのか?」


「うん」


「……ちょっと待ってくれ、少し整理させてくれ……」



 深く、深く、大きく、腹を使って深呼吸をする。ユウのいきなりの告白はまさに身構えていない鳩尾へのボディブロー。態勢を整えるには、まず落ち着くことが大事だ。

 ……よし、モヤがかかっていた頭も次第にクリアになってきた。



「ふぅ……、あー……その……おまえは勇者……なんだよな?」


「うん」


「とにかく、整理してみよう。おまえのいま言った言葉を。おまえは勇者で……俺は勇者じゃない。なぜならおまえとは、本当の兄妹じゃないから」


「そうだね」


「てことは、だ。親父勇者の子どもはおまえで、母さんの子どももおまえってことになるんだよな」


「うん」


「だとすれば……俺って何なんだ? 俺の両親だと思っていた二人は他人だったんなら、俺は何なんだ?」


「その話はまた今度でいい?」


「なんでだよ!? ……あれ、ていうかおまえ、それも知ってるのかよ!!」


「えへへ」


「褒めてねえよ! 物知りだね、すごいね! て意味で言ったんじゃねえわ!! ……ちょ……ええ? ……ど、どうしよう皆」



 あまりにも現状の理解が追い付かず、なぜかユウ以外の他の三人に助けを求めてしまう。



「その……わたしも開いた口が塞がらないというか……」


「ビックリしてるというか……」


「わりぃ、俺もワケがわからねえ」



 俺と同じく、三人とも半分放心状態で、腑抜けたような顔をしている。

 これは非常にまずい。

 何がまずいって、こんな精神状態じゃ魔王どころじゃない。

 魔法障壁が解除されたという事はもうすでに魔王には知られているはず。なら、すぐにでも行動に移さなければ、モタついている間に全滅してしまう。

 引くか進むか。

 先ほどとは比べ物にならないほどの選択を迫られている。



「おにいちゃん、いこ。そのためにユウキ……さん、がいるんだよね」


「え? この状況でおまえがそれ言うの?」


「話は進みながらでもできるよ」


「なんかキャラ変わってないか、おまえ。……いや、まあ、そうだよな。とにかく今は進むしかないか……ユウキ、頼めるか?」


「あ、ああ、えーっと……任せとけ! とにかく、後方からおまえらの障害物になりそうなヤツ、全員ぶちのめせばいいんだよな!」


「頼んだ」


「おう!」



 ユウキは元気よく返事をすると、その場で反転して駆け出した。



「……とと、ここで協力してやるんだから、あとでちゃんと説明しろよ、そこの妹」



 ユウキは思い出したように踵を返すと、ユウをビシッと指さして言った。



「……気が向いたらでいいですか」


「いや、そこはしろよ! 説明してくれよ!」


「もういいから、じゃれるなって。俺があとで教えてやるから」


「絶対だぞ! マジ忘れんなよ!」



 ユウキはそう俺にくぎを刺すと、嵐のように去っていった。



「さて、俺たちもはじめるか」



 俺が半ば強引に切り替えると、アーニャちゃんとヴィクトーリアのふたりも、戸惑いながらではあるが頷いてくれた。

 それと同時に遥か後方から爆音やら、魔物たちの叫び声やらが聞こえてきた。

 すでにユウキが仕事にとりかかっているようだ。



「ちなみに、これから終焉の都に入るんだが……ユウ、魔王については何か知ってるのか? 場所とか、ここの地形とか」


「ううん。わたしが知ってるのは、いまの事だけだよ、おにいちゃん」


「……いまさら、『俺をおにいちゃんと呼ぶな!』って言うのはさすがにアレだけど、おまえは俺の正体を知ってるのに、よく抵抗無しにおにいちゃんって呼べてたよな」


「うん。だって、おにいちゃんはおにいちゃんだもん。血は繋がってなくても心と体は繋がってるんだよ」


「いいですかユウさん、人は、心と体が繋がっている人たちの事を、またはその関係の者たちを兄妹とは呼びません。つか、心も体も繋がったことねえよ!」


「ユウト……おまえは……」


「……ほら、なんかヴィクトーリアが変な目で見てきてるし! 違うから! マジで何もなかったんだって! 少なくとも俺の記憶には──」


「勇者の息子じゃなかったんだな……」


「今更かよ! 寝てたのかおまえは!」


「ようやく状況が飲み込めてきた、という感じだ」


「おせえな……て、無理もないか。当事者である俺ですら混乱してるんだ。ヴィクトーリアやアーニャちゃんからすれば、なんのことやらさっぱり──」


「み、身も心も繋がっているとは、どどどういう事だ……!?」


「今更かよ!」

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