第130話 魔法障壁


「いよいよだな、ここで合っているんだよな、ユウキ」



 ヴィクトーリアは震える声で言うと、その震えを呑み込むように、生唾を飲み込んだ。



「なあおい、ヴィクトーリア。なんで俺じゃなくてユウキに訊いてんだ」


「え? だって……」


「ヴィクトーリア……おまえ、俺の方向音痴をいじってんのか?」


「いや、いじっているわけではないのだが……ほら、なんというか、不安だろ。ユウトは」



 ヴィクトーリアがそれなりに失礼なことを言ってくる。

 俺はすこしだけ傷ついた。


 しかし、そんなことも言ってられない。なぜなら、俺たちはいま、終焉の都──その門前までやってきていたからだ。

 門はレンガ造りのどっしりとした構えの城門で、見る者を威圧する要塞のような造りになっており、その中がどうなっているのか、ここからでは窺い知ることが出来ない。

 だが、城門自体は永い年月を経ているためか、ところどころが剥がれていたり、崩れていたりしていた。

 話に聞いていた終焉の都とイメージと完全に一致する。となれば、もちろん冒険者の行く手を阻む障壁もある。

 魔法障壁。

 ユウキが死に物狂いで剥がしたかった代物だ。

 その見た目は薄く、後ろの城門が透けて見えるほど。障壁というよりはむしろ、薄紫色の超巨大な布。その超巨大な布が、ぐるりと終焉の都を囲っていた。


 俺は覚悟を決めると、障壁に触れようと手を伸ばそうとした。



「………………」


「……手を伸ばさないのか、ユウト」


「心の声を読むな、ヴィクトーリア」


「もしかして怖いとか?」


「深層意識の奥底にある無意識を汲み取るな、ヴィクトーリア」


「もしかして、この障壁自体が罠の可能性もあるのですか? 勇者をおびき寄せて、この魔法障壁で撃退する罠……なんて」


「アーニャちゃん、それはないよ。俺の親父は間違いなくここを越えていったと聞いてる。つまり、勇者の血統である俺ならまず間違いなく開いてくれる……たぶん」


「では、わたしたちは入れないという事なのでしょうか?」


「いや、親父は仲間たちと一緒にここまで来たんだから大丈夫……たぶん」


「おい、なんだか怪しいぞ」


「俺だってよくわからないんだもん」


「だもんって……、とにかく触ってみたらどうだ? ここでゴタゴタしてても──」


「さっさと行けよ」



 ケツに衝撃。

 ユウキの声。

 俺は、俺がユウキにケツを蹴られたと気づいた時にはもうすでに──





「う……ん……」



 全身が重く、だるい。

 瞼が開かない。



「……ぐッ……!?」



 指を動かそうとすると、電流のようなものが全身を駆け巡る。足指を動かそうとしても、同様に同じことが起こる。

 仕方なく体を動かすことを諦めると、背後にひんやりとした感触を感じた。

 どうやら俺はいま、仰向けに寝ているらしい。



「よ……た気……付いた……た……だ……!」


「その……ま死ん……りゃよか……のに」



 遠くからか近くからかわからないが、声が聞こえてくる。

 はっきりとは聞き取れないが、聞き覚えのある声だった。そんな声に耳を傾けていると、不意に思い切り胸倉を掴まれ、グイっと無理やり起こされる。



「おい、ユウトてめぇ……勇者じゃなかったのかよ……!」



 まどろみの状態から一気に、半覚醒状態にまで持っていかれる。

 目の前にいたのは、なぜかキレてるユウキのドアップされた顔だった。いや、それよりもいま気になるのはユウキが──



「……なんて言った?」


「おまえは勇者なんかじゃねえ。ただの凡人だったって話だ」


「はあ? 俺は間違いなく親父の──」


「魔法障壁に触れた途端、体が焦げ付くほど感電してんだ。勇者なわけがねえだろ」


「……俺、もしかして魔法障壁に触れて気絶してたのか……?」



 俺が皆に問いかけると、ユウキを除く全員が気まずそうに頷いてみせた。



「ああ、まるで中位の電撃魔法みたいにバチっていってたな」


「いや、そんなはずは……俺は……俺は……間違いなく……そうだ! アーニャちゃんの言った通り、これは勇者をはめる罠で──」


「んなワケないって、おまえ自身で言ったんだろ。……で、どうすんだよ」


「どうするって……なにが?」


「この落とし前についてだろうが! おまえが勇者じゃないんだったら、俺は……何のために……!」



 ユウキの言いたいことはわかる。気持ちも何となくだけどわかる。

 けど──



「すまん……苦しいから、とりあえず手を放してくれない?」


「クソ! ……俺がムカついてんのはな、勇者ですらないおまえに負けを認めたって事なんだよ!」


「お、俺にどうしろと……?」


「俺だってわかんねえよ!」



 ユウキはそう吐き捨てると、俺からパッと手を放した。支えを失った俺は、自身の体重を支え切れず、その場で尻もちをついてしまう。



「……つか、マジでどうすんだよ」



 ユウキがぽつりと呟くように言う。しかし、誰も何も答えず、沈黙だけがその場に横たわる。そのおかげというか、混乱していた俺の頭も次第に冷静さを取り戻していく。



「……ひとまず、状況を整理しようか」


「そ、そうですね」



 俺の提案にアーニャちゃんが頷いてくれる。



「俺ってどれくらいの間気絶してたんだ?」


「時間で言うと、そんなに長い間は気絶していませんでした。ただ、外傷というか……感電した事によって発生した傷がそれなりのものでしたので、ユウちゃんの簡易的な回復魔法とヴィッキーの錬金術で処置したのですが……おかげんはいかがでしょう?」


「え? ああ。さっきまでは電気ぽいものが体を駆け巡って、起き上がれないくらいだったけど、いまは大丈夫だよ。……たぶんユウキが取り除いてくれたんだと思う」



 胸倉を掴まれた時、息は苦しかったけど痛みは薄らいでいた。おそらく感覚を喉に集中させているうちに、俺が気付かないように回復魔法か何かをかけてくれたのだろう。



「は、はあ!? んな事してねえし!」


「なるほど。いきなりユウトさんに掴みかかられたのは、そういう意図があったからなのですね」


「ちげえし! 本当にムカついただけだし!」


「とまあ、ユウキがツンデレを発揮したところで次の話題だけど──」


「だれがツンデレだ! コラ!」



 顔を真っ赤にしながら、食い気味で突っかかってくるユウキを他所に、俺は話を続けた。



「俺、勇者じゃないのか?」

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