第129話 勇者の正体4
「……どうなんだユウキ。これまでの俺の推理は、俺の行き過ぎた妄想なのか? それとも、俺は伝説のアイドルの乳を揉みまくった馬鹿野郎なのか? 教えてくれ」
俺が言うと、ユウキは呆れたような顔で俺を見上げて言った。
「く、くくく、くくだらねえ、んなの全部おまえのしょうもない妄想だ。バカバカしい」
「ま、ままま、まあ、それもそう……ですよね」
「……なんでユウトはいきなり敬語なんだ」
よくよく考えれば、
俺はちらりと視線をユウに送った。
普段なら甘えた声で『なあにおにいちゃん』とかでも言うところだが、いま、ユウは何とも言えない微妙な顔をしている。なので、おそらく俺の推理は当たっているのだろう。
ユウの勘は獣並みだ。
いつぞやの杖騒動の時に、あいつ、躊躇なくユッキーの杖をぶち折りやがったからな。その時に何かを感じ取っていたのだろう。
……いや、さすがにこじつけが過ぎるか?
しかし、鬼が出るか蛇が出るか……ではなく、藪をつついたらアイドルが出てしまった。しかも伝説の。
「さて、話、終わるか……」
「え!? いやいや、まだまだ訊きたいことはたくさんあるんじゃないのか、ユウト!」
「ないな」
「なんで意気消沈してるんだ。照れてるのか!?」
「て、照れてねーし」
「思春期か! もういい! 私が訊く!」
ヴィクトーリアはそう言うと、俺を押しのけ、ユウキの前に立った。
「なんで、あんな……あんなひどい事をしたんだ! 地上世界と良い関係を築けるチャンスだったんだぞ! それなのに……!」
「悪かったな」
「……それだけか!?」
「それについては、俺からの申し開きはない。おまえらには本当にひどい事をした。ここで俺が、いくらおまえたちへの詫びの言葉を並べても、ただの戯言にしかならないだろうしな。……ただ、俺は『俺の行動は間違っていた』なんて欠片も思っちゃいない。あの時の俺の判断は、いまでも正しかったと思っている。それが俺の取れる最善の策であり、魔王打倒の切り札だったんだ」
「だからってそんな……! 人の命をなんだと……!」
「ネトリールの人間と人類全体を天秤にかけた結果だ。魔王は決して放置はできない。魔王がいるせいで、いまも無辜の人々が魔物の影に怯えて、まともな生活ができていない。飯は喉を通らないし、夜も眠れない。そんな人たちがどんだけいるかわかるか? 俺はそういう人たちを嫌というほど巡業で見てきた」
もはや自分から『巡業』と漏らしてしまっているが、俺はあえて突っ込まなかった。
そして多分、ここににいる俺のパーティ全員があえて空気を読んでいる。
「でも、他にも方法はあるったはずじゃないのか……!」
「そうだな……たとえば、魔物を昼も夜も冒険者が狩りまくるとかか? 無理言うな。魔物は絶えず蠅のように湧いてくるし、上級の魔物ともなれば、それを狩れる人間も限られてくる。元を絶たなければ、被害はなくならない」
「な、なら……どうしてもネトリールを使いたいのなら、さきに退去してもらうとかさ……」
「俺が勧告すれば、おまえらは退去するのか?」
「えっと……」
「無理だろ? ……そもそも、ネトリールの民すべてを受け入れてくれる国も、土地もない」
「だからわたしたちを利用したのですか」
アーニャちゃんが静かに言う。
「そう聞こえなかったか? ならわかりやすいように……はぁ、もういい。そういう事だ。悪かったよ」
ユウキが何かを言おうとして言葉を引っ込める。
おそらくアーニャちゃんを挑発するつもりだったのだろうが、その必要がないとわかったのだろう。俺たちとユウキの勝敗はすでに決しているし、これ以上俺たちの人心を惑わす意味がないからだ。
こいつはそういう打算的な考え方で行動している。それゆえ、こいつは決して気まぐれなんかでネトリールは落とさない。本当に『人類を魔王の魔の手から救う』その一歩としての行動だったのだろう。
とはいえ、これで色々と見えてきたな。
こいつの顔が広いのも、勇者の酒場がユウキに協力的なのも、ネトリールで信頼を得たわけも、アイドルという人心を掌握する術に長けている職業についていたからだろう。
そしてこいつの行動原理はまごう事無く、世界を救う事だ。
現役時代のユッキーは様々な土地で様々なものを見てきたのだろう。目を背けたくなることもあっただろう。目を覆いたくなることもあっただろう。
そして、こいつはこの道を選んだ。
自らが勇者になって、世界を救うという道を。
……あれ?
よく考えてみたら、俺がパーティを抜けなかったら全部上手くいってたんじゃ……とかいうのは、考えるのはよそう。
全部ユウキが悪いのだから。
「ユッ、おまえ、これからどうするつもりなんだ……ですか?」
「……いい加減、敬語を使うか使わないかハッキリしてくれないかユウト。なんかむず痒くなってくる」
「それ、こんどは俺に仲間になれってか?」
「いや、そこはどうでもいい」
「どうでもいいのかよ」
ぶっちゃけどうでもよくないが、無駄な見栄が邪魔をする。
というよりも、まだ俺自身がこの展開についていけていない。頭が混乱しすぎていて、いま俺がどんな顔をしているのかもわからない。
「ま、でも安心しろよ。戦ってみてわかった。おまえらなら魔王を倒せるぜ。俺なんかいなくてもな」
「それ、本気で言ってんのか?」
「おいおい、俺が適当な事なんて言う筈が……まあ、そんなに言わねえだろ?」
ユウキが肩をすくめ、おどけたように言ってみせた。
「ユウキさん」
アーニャちゃんがユウキの名を呼ぶ。ユウキは返事をするでもなく、ただアーニャちゃんを見上げていた。
「わたしたちはこれから、魔王を倒してくるつもりです。……いいえ、倒します。しかし、その道中には想像を絶するほどの苦難の道が待ち受けていると思います。ですので──」
アーニャちゃんはそこまで言うと、一呼吸を置いて改めてユウキに向き合った。
「ですので、ユウキさんには、その道中の露払いをお願いしたいのです。もし、ユウキさんがおっしゃっていたように、『悪い』と思ってらっしゃるのなら、引き受けてはいただけませんか?」
「ああ、いいぜ」
「即答かよ!」
ユウキが間を置かずに答えたことに対して、無粋にもツッコんでしまう。
「さっきのでわかったからな。俺じゃどうやっても、勇者の血を引いてるおまえには勝てないって」
悔しそうにするでもなく、かといって互いの健闘を称えるのでもなく、ユウキはごく普通に、まるで知り合いに挨拶をするようにそう言った。
「……そういえば、ユウがなんか言ってたな。俺を試すとかなんとか」
「そ、それは忘れていい! つか、忘れろ」
この反応から察するに、おそらく教えてはもらえないのだろう。
だが、大体の察しはつかなくはない。
俺は気持ちを落ち着かせるためにため息をつくと、ユウキを拘束している縄を解いた。
「拘束を解いたからって、急に襲い掛かってくるなよ」
俺が冗談ぽく釘をさすと、ユウキは渋々といった様子で立ち上がった。
「しょうがねえ。このフラストレーションは魔物共を駆逐して晴らすとするか」
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