第128話 勇者の正体3


「……どういうことだ、ユウキ──」


「おまえ……クソ妹! そのあとに『このことは絶対に口外するな』ってダメ押ししたよな!?」



 俺が振り向く間もなく、ユウがユウキに、強引に地面に押し倒された。



「お、落ち着け!」



 俺はユウキの胸を鷲掴みにすると、そのままユウから引き剥がそうとした。

 ──ボコン!

 突如、俺の頬にユウキの拳が飛んでくる。

 肩を負傷しているせいで、威力は半減以下だが、俺の行動を阻止するのには十分だった。



「な、何をするんだい、ユウキくん。いや、ユウキちゃんか。……それにしても、男か女……どちらともとれるような名前だよな」


「うるせえ! 頬に手を当てやがって、白々しい! オメーはさっきから俺の乳しか揉んでねえじゃねえか! 発情期か! コラ!」


「はっはっは! 心はいつでも思春期です」


「おう、やっぱりぶっ殺す! オマエはここでぶっ殺す!!」



 ユウキがそう叫ぶや否や、体から可視化できるほどの濃密な魔力が滝のように流れ出した。魔力の奔流はユウキの体を包み込み、周囲を巻き込み、まるで渦潮のように俺たちの足元に絡みつく。

 しまった。

 茶化し過ぎたか。

 そりゃキレるよな……なんて言ってる場合じゃない。

 あいつは今まさに、ここら一帯を自分ごと吹き飛ばそうとしている。たしかにこの魔力量なら自分諸共、跡形もなく消し去れる。今のこいつにとって、一番合理的な判断かもしれない。……が、ここまでするか、普通。

 俺は急ぎ、筋力強化魔法をアーニャちゃんにかけた。



「アーニャちゃん、あいつ頼める?」


「わ、わかりました……けど、ユウトさんもやりすぎですよ」


「……ごめんなさい」



 アーニャちゃんはまるで氾濫している川のような、魔力の急流の中をザブザブと進んでいくと、そのままユウキのすぐそばまで近づいた。



「な!? おまえ、なんでまだ動け──」


「すみません! ユウキさん!」



 ドスン。

 ユウキの鳩尾にアーニャちゃんの拳がめり込む。その瞬間、あたりに満ち満ちていた魔力の奔流は露と消え、水を打ったような静寂に包まれた。



「ぐッ……カハッ……!?」



 ユウキが腹を押さえたまま、前のめりに倒れる。おそらく、体中の酸素という酸素をすべて吐き出してしまったのだろう。ユウキはその体勢のまま、小刻みにぷるぷると震えている。



「ふぅ……」



 とりあえず、ひとまずは安心か。

 アーニャちゃんも、上手く手加減してくれていたようで助かった。あのまま普通に殴ってたら、ユウキの上半身と下半身はまちがいなく分離していたからな。



「さて次は……ヴィクトーリア、急いで麻酔かなんかを生成してくれ。体の自由を一時的に奪うくらいのものでいい」


「それでも結構難しいんだけど……わかったよ」


「さて、ユウは俺と一緒にこいつユウキを縛るぞ。……まさか、縛るのも嫌だって言わないよな?」


「ううん。手伝う」


「な……、なに……、しやが……んだ……!」



 ユウキが地面にへばりつきながら、恨めしそうに俺を見上げてきた。



「まじか。もう喋れんのかよ、すげえ回復力だな」


「おにいちゃん、何するの? って訊かれてるよ」


「……ああ、これか? いやなに、ただのプレイの一環だ」


「な、なに……言って……?」


「ま、せいぜい良い声で鳴いてくれよ。ユウキちゃん」


「クッ……! 寄るな! やめ、やめろォォ……──」





「──ん……ここは……?」



 ユウキが瞼を痙攣させながら目を開いていく。

 俺はわざとらしく、ユウキの目の前で手を振ったり、指を鳴らしてみたりした。



「おーい、起きてるかー?」


「おまえ……ユウト……か──!?」



 ブツブツと、うわ言のように呟いていたユウキが、俺の顔を見るなり一気に覚醒する。



「なん……俺に……! クソ……! 解けねえ! くぉの……ッ!」



 ユウキはなんとかして自分の体に絡みついている縄を解こうとしているが、縄は千切れるどころか、まるで材質が鉄のようにビクともしていない。

 ユウキはいま、ヴィクトーリアが描いた魔方陣の上で、胡坐をかいている状態のまま両足を縛られており、さらに体の後ろで腕も拘束されていた。

 魔方陣は中にいる者の魔力を縛るもので、ネトリールにあったものをヴィクトーリアなりに使いやすくしたものだ。



「無駄だ。それはおまえ自身の純粋な力でしか切れない。仮にセバスチャン並みの怪力を持ってても……なあ、おい」


「……チッ」



 ユウキは俺の問いに舌打ちで返事してみせた。



「ちょっと気になったんだけどさ、セバスチャンって、アレ……あいつももしかして、女だったりするのか? 俺、知らず知らずのうちに疑似ハーレムパーティに所属してたのか?」


「ハア? んなワケねえだろ。あいつは男だ」


「だ、だよな。そんなの想像もしたくねえからな」


「俺もだよ」


「ちなみにジョンは女だったり──」


「アホか」


「……とまあ、場も和んだところで、そろそろ質問したいんだが」


「ぜんぜん和んでねえだろ! それに……へへ、とくにおまえ、アーニャ……だったか? さっきから頑張って隠してるようだけど、俺への敵意が剥き出しなのバレバレだぞ」



 ユウキに指摘され、アーニャちゃんのほうを見る。アーニャちゃんは俺の視線に気が付くと、観念したように口を開いた。



「わたしは──わたしは、体はこうですが、心は人間です。人間であるつもりです。ですので、あなたがネトリールでなされた事をおもえば、多少は警戒するというものではないでしょうか」



 アーニャちゃんは淡々とユウキにそう告げた。ユウキは少しだけ驚いたような顔で、アーニャちゃんを見上げている。



「だそうだ。……ていうか、おまえがアーニャちゃんを茶化してんじゃねえよ」


「茶化すも茶化さねえも……そもそもなんなんだよ、この茶番は。なんで俺を拘束してんだ? おまけに傷まで治しやがって」


「質問するためだろうが。話を聞いてる途中に死なれたても面倒だしな。てなわけで、さっそく質問だが──」


「質問ね……。はっ、なるほどな。これがおまえらなりの尋問ってわけか。けどな、俺はおまえらに有益な情報なんか持ってねえぜ」


「胸は何カップだ」


「Dだよバーカ! そんなくだらねえ質問で俺が恥ずかしがると思ってんのか、この童貞野郎!」


「なんだ、ちいせえな……」


「ちっ!? ……さくはねえだろうが! 普通にアベレージよりちょい上だわ!」


「胸にサラシかなんか巻いて誤魔化してるから、成長を阻害してるんじゃねえのか?」


「アホか! 童貞野郎にはわかんねえかもしんねえが、これは女だってバレたらナメられっから、巻いてるだけで……」


「ナメられたら、なんかまずい事でもあんのか?」


「は?」


「女の冒険者でも強いやつはゴロゴロいる。そんなのでナメてくる輩がいるのは、閉鎖的な国に住んでいるか、そもそも冒険者ですらないやつだ。……ということは、おまえは『性別についてバレるのを恐れている』……というよりも、『ユウキという人物について、何かバレるのを恐れている』というほうが正しい。そしてその『何か』とは──」


「………………」



 俺はここで、ちらりとユウキを見た。ユウキは否定も肯定もせず、ただ俯いている。



「なるほどな。見えてきたな」


「な、何かわかったのか、ユウト」


「もうすこしでわかる。……ところでヴィクトーリア、俺の持っていた杖を覚えてるか? 業杖カルマワンドっていう……」


「杖って……ああ、セバスチャンが言っていた、あのよくわからない棒きれの事か? たしか……一千万はするって言ってたような……」


「いや、二倍だ。二千万。セバスチャンが言っていただろ、ユウキがあの杖を入手したとき、それくらいの金がかかったって」


「そ、そういえばそうだったな。……たしか伝説のアイドルのだれかさんの背中を掻いたとかいう、よくわからない……」


「ユッキーだ。伝説のアイドルユッキーだ」


「そうそう! たしかそんな名前だった気がする。でもなんでこんな話を……急……に……ユッキー?」


「なあ、訊いていいかユウキ・・・? たしかにうちのパーティは、食う物には困っていなかったとはいえ、二千万なんて金額をポンポン出せるほど裕福ってワケでもなかったろ。じゃああの杖、どこから出てきたんだ? 盗んだ……ワケはねえよな。そんなことをすれば、ブラックリストに入れられる。そうまでして入手したい代物ってワケでもなかっただろ」


「ちょ、ちょっと待ってくれユウト! 話に全然ついていけてないんだが、もしかしておまえが追っていた──いま、私たちの目の前にいるこのユウキ・・・という勇者は、本当は女性で、さらに元アイドルだとでも言うつもりなのか!?」


「……どうなんだユウキ。これまでの俺の推理は、俺の行き過ぎた妄想なのか? それとも、俺は伝説のアイドルの乳を揉みまくった馬鹿野郎なのか? 教えてくれ」

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