第127話 勇者の正体2
「ユウ……おまえ、ユウキが女だって知ってたのか?」
「うん。……でも、知ったのはついさっき。あたしが斬って……それで」
「……いやいや、え? ……いやいやいや! ……え?」
落ち着け俺。
ユウキが女だって事に対して、確かに驚きはあるが、だからと言って、今までの事が帳消しになるわけじゃない。
そもそも女である事を利用して、男たちをたぶらかしていたほうが……その……なんていうか……あれだ……ダメなんじゃないか?
あれ?
ていうか、あいつ女である事を利用してたか?
むしろ今まで隠してたよな。
ユウキは男で、今は女で……俺とパーティを組んでた時は男で……今は女……?
……わからんわからん。
頭が余計にこんがらがってきた。
そもそもなんでこいつは今まで男装してたんだよ。
「あ、わかった! おまえ、男装趣味なんだろ!」
「ちげえよ」
「じゃあアレだ! 性別を反転させる感じの魔法で……」
「アホか。……つか、そろそろ胸から手を放せっての。いつまで揉んでんだ、童貞野郎」
「どどッ!? どどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどど!!」
「動揺しすぎだろ……」
「ユウト! 大丈……ええええええ!?」
無様に狼狽えているうちに、ヴィクトーリアが戻ってきた。随分遠くまで吹っ飛んで行ったのに、ピンピンしているように見える。
「ええと……えっと……えっと……、急いで戻ってみたらユウトがユウキのおっぱいをモミモミしてて……アンとユウが元気で……世界は今日も平和で……私はとても混乱してて……ユウトが女で、ユウキが男で……私も男で……」
「落ち着けヴィクトーリア! 世界はたいして平和ではない!」
「は!? そうだった! ……て、いつまでユウキの胸を触ってるんだユウト!」
「あ、いや、これは……その……あれだ。今、俺はこの胸の真贋を確かめているんだよ。最後の最後にこうやって、俺たちを混乱させ、それに乗じて逃げるかもしれないからな! こいつはそういうヤツだ! この胸はそういう胸だ!」
「童貞に乳の真贋なんてわかるワケねえだろ」
「どどどッ!? どどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどど!!」
「だから、動揺しすぎだろ……」
「と……、とにかく落ち着こう! えっと、こういう状況だって事は、つまりユウキに戦闘続行の意思はないという事でいいんだな!?」
「……いや」
ユウキがポツリと、呟くように言った。
「な、なんだ!? まだやるっていうのか!?」
ヴィクトーリアはその場から、素早く後方へ飛び退くと、銃口をユウキに向けた。
「ヴィクトーリア、撃つな。危険だ」
俺は、左手は動かしたまま、右手でヴィクトーリアを制した。そして、いつの間にか俺の指が動くようになっている。
「ユウト……? な、なぜだ!」
「……まだその銃には俺の強化魔法がかかってる。撃ったら、また吹っ飛ぶ」
「あ、ああ……そうだったな……。ていうか、そろそろ手をどけたほうがいいんじゃないのか?」
「いや、こいつにはもう、戦闘の意思はない」
「そうなのか……? でも、だったら尚更、手をどけたほうが──」
「続き、……あるんだろユウキ。言ってみろよ、せめて聞いてやるから」
「いやいや、だからはやく手を──」
「殺せ」
吐き捨てるようにユウキが呟く。
「殺せよ。俺の負けだ……いや、ネトリールを落とされた時点で俺の負けは決定的だったワケだが……」
ユウキは一息つくと、自嘲気味に小さく笑った。
「もう終わりだ。殺せ。なんつーかもう、どうでもよくなった……」
ユウキはそう言って顔を伏せた。
これ以上は語らない。
これ以上は未練もない。
ほんの少しの言葉だったが、それだけは十分に伝わった。
なら、俺が出来るのは──元パーティの俺が出来る事と言えば、何も言わず、こいつに引導を渡してやる事だ。
それに、元々そういうつもりで旅を続けてきたからな。これで俺の旅の目的のひとつは達成される。
蓋を開けてみれば、こいつは女だった。……というよくわからんサプライズはあったものの、こいつはこいつ。ユウキはユウキ。
俺の憎むべき相手であり、アーニャちゃん、ヴィクトーリアの因縁の相手。
いずれ決着をつけなければならない相手……の内のひとり。
その結果が肩透かしと言うか、非ドラマチックというか、こんな尻すぼみな感じで終わってしまうのは、些かやるせないと言えばやるせな……いや、俺は一体、何を期待していたんだ?
ユウキのやつに何を期待していたんだ?
……よくないな。
考え出すとキリがない。
とにかく今は──
「目を閉じてろ。……せめて、一瞬で終わらせてやる」
俺はユウキの胸から手を離すと、再び銃弾を指で摘まみ、ユウキの頭の上に構えた。
「待って、おにいちゃん」
「……なんだよ。おまえがやるか?」
「ユウキ……さん。あなた、ほんとうにそれでいいの?」
ユウの問いかけに対し、ユウキは俯いたまま何も答えない。
「……ユウ、おまえ、なんか知ってんのか?」
「チッ……!」
ユウキがこれ見よがしに舌打ちしてくる。
正直なところ、舌打ちをする気持ちはわからんでもない。死ぬ覚悟を決めていたのにも関わらず、俺の気まぐれがそれを邪魔したのだ。
でも、気になってしまったのだからしょうがない。
「つづけろ、ユウ」
「うん。あたしもよくわからないんだけど、たぶんユウキ……さんはあたしたちを殺すつもりなんてなかったと思う」
「はあ? んなワケあるか! こいつは間違いなく俺を殺しに来てた。殺気だって本物だった。白い刀を飛ばしてくるあの一瞬……俺はあの時死を覚悟してた。指だって……いまはワキワキ動くけど」
「……でも、生きてるよね」
「それは俺がこいつとの駆け引きに勝っただけだ。俺が杖無しでも魔法を使えることを隠していたからだ」
「その杖って、今までユウキ……さんが調達したものだったんだよね」
「それは! ……そうだけど……でも、こいつだって俺が杖で魔法を使ってるものだと思ってた!」
「いや、でもユウトが使っていた杖ってたしか……ただの棒だったんじゃないか?」
ヴィクトーリアが思いついたように言う。
「そう。それにね、さっきあたしがユウキ……さんを斬った時──」
「テメえ! おまえ、クソ妹! ……おい、ユウト! おまえのバカ妹を黙らせ……って、なんでまた俺の胸揉んでんだ!!」
「つづけろ、ユウ」
「うん。あたしがユウキ……さんを斬った時、『絶対におまえの兄貴は殺さないから、おまえの兄貴を見極めさせてくれ』って頼まれたの」
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