第126話 勇者の正体


「なんだと……」



 いや、待て、落ち着け。

 すでに逆転の手札はヴィクトーリアが残してくれている。ここでキレたら、ここで冷静さを失ったら、せっかくのチャンスを棒に振ってしまう。



「おまえらは色々な事を知りすぎている。ネトリールのことももちろんだが、まあ他にもな」


「……勇者様の悪行ってやつをか」


「それで、もし生きて、俺の事をベラベラと吹聴されたら厄介だからな」


「それは……どうだろうな、もうすでに勇者の酒場ギルドが公に公開していないだけで、結構知ってるんじゃねえのか」


「そういうのは、ある程度なら揉み消せるんだよ。それに魔王さえ倒せれば俺は──」



 ユウキはそこまで言うと、何かを考え込むように押し黙ってしまった。



「おまえは……なんだよ」


「いや、なんでもない。それにあいつ、あの吹っ飛んでいったマヌケ……あいつもネトリール人だったよな。だとすれば余計に面倒になってくる」


「……まあ、理由はわかった……けど、ここでおまえが魔王を倒したら、おまえは世界を救った勇者様だ。それに今、世間ではネトリールといえば地上を滅ぼそうとしていた国になっているだろ。そんな人間の言葉なんか聞くと思うか?」


「仮定の話じゃねえんだ。そういう可能性は潰しておかねえと後々厄介になる。……今のおまえみたいにな」



 静寂。すこしばかりの、ほんの心臓が三拍するほどの間。

 俺はゆっくりと顔を上げ、ユウキを見た。

 ユウに斬られた肩の刀傷を手で押さえてはいるものの、ユウキは微動だにしていない。あれほどの派手に出血していたのに、もうほとんど血が出ていない。

 満身創痍であるはずなのに、この威圧感。

 まるで俺のこの狙いに勘付いているかのような、俺の思考を見透かすような眼でユウキは俺を見下ろしていた。

 怯んではいけない。躊躇ってはいけない。

 俺は俺のすべきことをするだけだ。



「……なに心配するな、おまえは生かしておいてやるさ。ただまあ、普通の暮らし・・・・・・は出来なくなるがな」


「はっ、……そりゃここで『用が済めばおまえを殺す』なんて言われたら、俺は逃げ出すかもしれねえからな。そう言うのは当たり前だよな」


「で、どっちだ? 俺に従うのか従わないのか。これが正真正銘、最後の質問だ」


「答えなんて、おまえなら聞かなくてもわかってるだろ」


「いちおう聞いといてやるよ。こうみえて心配性なもんでな」



『へっ』と俺は鼻で笑うと、俺は踏まれていないほうの手を地面につけると、額も同じように地面にこすりつけた。



「すみまっせぇぇぇん!! 殺さないでええええ!!」



 土下座。

 ついに出てしまった俺の十八番。これもユウキの白い刃に負けず劣らずの、敵をけん制する業だ。

 という冗談はさておき……当然だが、これは俺の演技。迫真の演技だ。

 直前で悪態をついて挑発じみた事を言って、服従しないように見せかけたのも、これを狙ってのため。

 人は予期しない事物を目にしたとき、反応が鈍り、思考が止まる。

 しかしそれは限りなく一瞬に近いほどの刹那。

 ──だが、それで十分なんだ。その一瞬にこそ勝機はある。

 俺は手を伸ばした。

 ユウキの足めがけ、めいいっぱい手を伸ばした。



 あとちょっと──あと数──



「おっと」



 サッと俺の目の前から、手の上から、ユウキの足がなくなる。



「ああ、そういえば、前にもこんなことがあったな。たしかその時もこの辺だったか」



 ユウキは俺からすこし距離を置いたのだ。それにより、俺の手は虚しく空を切る。



「な……!?」


「意外だったよ。まさかお前みたいなクズが、自分の命よりも仲間の命を優先するなんてな」


「なんで……!?」


「だから、二度も同じ事は通用しねえって事だよ。どうせあん時みたいに俺の靴を強化して、思い切り上へ飛ばす……とかいうのを考えてたんだろ」


「ク……っ!」


「なあ、本当にそれで切り抜けられると思ってたのか? そんなつまんねえ作戦で、この局面を凌げるって本気で思ってたのか?」



 ユウキは俺に、まるでゴミでも見ているような、心の底から軽蔑するような視線を送ってきた。



「ガッカリだよ。……交渉は決裂だ。おまえはやっぱり殺す」



「……まあ、ここまでが演技なワケなんだが」



「あ?」


「おまえが危険を察知して、俺の手から逃げるのは織り込み済みなんだよ。俺の狙いはおまえの靴を触る……その先にある」


「……なんだと」


「おまえが俺の手を踏んでいた位置、ここにはヴィクトーリアが残してくれた、まだ炸裂していない銃弾がある。俺がこれをどうするかわかるか?」


「お、おまえ、まさか自分ごと──!?」



 ユウキは両腕を体の前で交差させ防御の体勢をとると、そのまますばやく後ろへ跳躍した。



「もう遅ぇ! 炸裂威力、範囲、共に強化! ユウキ! 俺と一緒にバラバラになる覚悟はあるか!」


「く、クソがぁぁぁぁぁ!!」


「──なんてな」



 俺は手に持った銃弾を二発、ユウキの頭上へ放り投げた。

 ドッ! ドッ!

 銃弾は放物線を描くように飛んでいくと、ユウキの両腕を貫き、そのまま仰向けに押し倒した。



「実際に炸裂するような弾ならまだしも、ただの銃弾を炸裂させるなんて芸当は俺には出来ねえよ」



 炸裂させると言ったのは俺のブラフ。本命は俺から距離をとらせることにある。

 俺が強化したのは銃弾の重さ。

 指で摘まめるサイズの銃弾だが、強化により、負傷したユウキの動きを封じるくらいの重さになっていた。



「ふぅ、やれやれ。……痛っ、クソ……指折れてんな……コレ……」



 手の感触を確かめるべく、なんとか動かしてみようとするが、痛みで指が曲がらない。俺はぼやく様に呟きながら、ゆっくりとユウキに近づいていった。

 今頃になって息もかなり苦しくなってきた。恐らく爆風で強く胸部を打ったからだろう。こんな状態で魔王城の攻略は……無理そうだな。というか、ユウキと戦ってこの程度のケガで済んだのは奇跡だろう。

 ……けど、今気になってるのはユウとアーニャちゃんの行方。



「二人をどこにやった」



 俺は、俺を恨めしそうに見上げているユウキの額──その真上に、三発目の銃弾を持ってきた。



「……へ、へへへ……すっかり立場が変わっちまったな」


「俺が銃弾から指を放せば、おまえの眉間を銃弾が貫き、おまえは死ぬ。……けど、その前に答えてくれ。二人をどこへやった」


「……おまえもわかってンだろ。殺したよ、二人ともな」


「嘘はいい」


「……嘘じゃねえよ」


「じゃああの一瞬で、どうやって二人を殺したんだ? エンドモンスターとの戦闘で疲労して、ユウに斬られて重傷を負って、その状態でどうやってあの二人を殺せるんだ? 教えてくれよ」


「それはだな──」



「おにいちゃん」



 聞きなれた妹の声。

 見ると、ユウとアーニャちゃんがこちらに向かって歩いていた。



「ユウ、アーニャちゃん……! 無事だったか……」



 パッと見た感じ、二人とも大した傷は無いように見える。

 俺はひとまず胸をなでおろ……したいのは山々だが、やはり色々と引っかかる。



「おにいちゃん、たぶんもう、その人抵抗しないと思うから、放してあげて……」


「は、放すって……この弾丸を持ってる指の事か?」


「ううん。おにいちゃんの下にいるユウキ……さんの事」



 ユウの口から出たのは、俺が予想だにしていなかった言葉だった。

 ユウが俺に意見するだけでも珍しいのに、日ごろ、あれほどユウキに対して、恨みつらみ妬み嫉みを募らせていた狂犬ユウが、殺しにかからないどころか、こいつの解放を望んでいるのだ。

 これは──



「おま……まさか……こいつに惚れたのか!?」



 あり得ない話ではない。

 一緒に旅をしていた頃からこいつは、この無駄に整った顔のせいで、何かと女に囲まれていた。しかし、本人は全くその気がないのか、そんな女たちには見向きもしていなかった。『もしかしてこいつ、ホモなんじゃないのか?』と勘繰っていたが……ついに、こいつは人の妹に手を出したらしい。

 なんてことだ。

 べつにユウが誰を好きになろうが、どこの誰と駆け落ちしようが心底どうでもいいのだが、コイツユウキだけは許せない。

 お兄ちゃん、絶対に許しません。



「立てコラ!」



 俺はユウキの胸倉を掴んで、その場に強引に立たせようとするが……そこには、有り得ないものがあった。 




「……ナンダコレ」



 ムニュムニュ。

 胸倉を掴もうとしていた俺の手が、ユウキの胸部にある不自然な柔らかい塊を掴む。



「えー……っと、ふむふむ……なるほど……あ!」



 ああ、もしかしてスライムか?

 スライムかなんかを衝撃緩和かの目的で、胸に入れてあるのか? 胸を刺されてもいいように。

 しかし、それにしては何か温かいような気が。

 よし、ここは服を脱がせて──



「……い、いつまで揉んでんだ……!」



 不意に聞こえたユウキの声に、ハッと我に返る。おそるおそるユウキの顔を見ると、すこし頬を紅潮させて俺を睨んでいた。

 戦闘で頭に上っていた血が、サーと引いていくのを感じる。



「お、おま……もしかして……女!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る