第125話 反動
俺の声を合図に、銃の引き金にヴィクトーリアの指がかかる。
ズドォォォオオオン!!
大量の火薬が爆発したような音。それにより、俺とヴィクトーリアの体は思い切り後方へ吹き飛ぶ。
そう、俺が強化したのは銃の性能でも弾の威力でもなく、反動の大きさだった。
「ゲブゥッ!?」
グン、と俺の体が後方へ吹き飛ぶ。
体の正面を空気の塊のようなもので殴打される感覚。あまりの衝撃に視界がかすれ、自分がどこにいるかもわからない。
背中に強い衝撃。
掠れていた視界が一気にブラックアウトし、体が前から後から強い力で挟まれる感覚に襲われる。
直後、追い打ちをかけるようにドシンと、俺の上に何かが乗っかってきた。
「なんだこれ……ちょっとゴツゴツして……いや、柔らかい場所も……」
「ひ、ひゃあ!? や、やめ……! ユウト!」
パシン!
頬に強い衝撃。
そしてその何かが俺の上から慌ててどいていった。……というか、どうやらヴィクトーリアだったようだ。どことは言わないが、俺の手のひらに消えない感触が焼き付いてしまった。
「ご、ごめんユウト! 大丈夫か!?」
ヴィクトーリアはそう言うと、俺の腕を強引に掴み、助け起こしてくれた。立ち上がったことにより、全身の血液が体を循環していく。じわじわと視界が
「すまん。……もう大丈夫だ」
俺はそう言うと、大きく深呼吸して手を何度もグーパーさせてみた。
……大丈夫だ。
反動はかなりの衝撃だったが、どれも後を引くような深刻なものではない。
「……そ、その手……なにをしてるんだ、ユウト」
ヴィクトーリアが、俺のこの行為を訝しむように声をかけてきた。
ただ体の調子を確かめていただけなのに、こいつは何を勘違いしているんだ。
俺はすこしからかってやろうと、ヴィクトーリアの目の前でワザと指をいやらしく動かしてみせた。
「いや、ちょっとヴィクトーリアの胸の感覚を思い出していた」
「な……!? ていうか、ユウトが触ってたのは、私のおしりだったんだけど……!」
「なるほど。どうりで大きかったわけだ」
「も、もう一回殴るぞ……!」
ヴィクトーリアは頬を赤らめると、ぷるぷると震えながら拳を振り上げた。
「さて──」
一呼吸置き、俺は周りを見回した。どうやらユウキによる追撃が来ない。
……という事は、あの二人がどうにかしてくれたという事だろう。俺は俺とヴィクトーリアがいたところへ目を向けた。
距離にしてここから約十数
地面は裂けるように深く抉れており、ここからだと砂ぼこりが舞っているのもあって、その底が確認できないほどだった。あのままあそこにいたら、まず間違いなく肉片すらも残らなかったと思う。
銃の反動だけを大きくして、その反動で身を躱す。
咄嗟の判断にしてはまあまあ良かったんじゃないかな。
俺はヴィクトーリアのほうへ向き直ろうと──
「随分と余裕じゃねえか、ユウト」
反応と言うべきか、反射というべきか。
俺はユウキの声が聞こえた途端、両腕を顔の前で交差させて防御の姿勢をとった。
しかし──
衝撃。
腹部、それも鳩尾に強い衝撃。
今度こそ体中の空気が、全て体外へ放出されるほどの拳を腹へと叩き込まれる。
声を出すことも、三人の安否を確認する暇もなく、俺はまた後方へと飛ばされた。
ドシャア!
背中が地面に擦られる感覚と共に、全身を激しい痛みが襲ってくる。
「ぐ……ふっ……が……ぁ……ッ!?」
声にならない声。
俺はなんとかして立ち上がろうとするが、すかさず二度目の衝撃が俺の腹部を襲ってくる。
──ズドン!
つま先蹴り。
ユウキの履いていた安全靴が、もうすでに痛みの限界値を超えた腹に深々と突き刺さる。
靴のつま先部分には鉄板が入っているのだろう。そのせいで鈍痛ではなく、鋭い痛みが全身を駆け巡った。
「うぉえッ!?」
ビチャビチャビチャ……。
もうすでに空気を吐き切った俺の口から出たものは、吐しゃ物だった。
「チッ……、俺の靴に汚ねえモンぶちまけてんじゃねえよ……!」
芋虫のように蠢く俺の頭上から、ユウキの声が聞こえる。
「ゆ、ユウト! ……くそっ、これでもくらえ!」
ヴィクトーリアは銃を構えると、そのままユウキに銃口を向けた。
ドォンドォン! ズドォン!!
三発の連続した銃声が響く。
同時に、俺のすぐ近くに弾が三発着弾した。この局面で一発も当てられないのか、あいつは。
……それに、銃声一発一発の音がやけに大きい。
そういえば、まだ銃の強化は解除していなかったような……。
見ると、ヴィクトーリアの姿はそこにはなかった。恐らく……というかヴィクトーリアは、さっきと同じように、どこかへ飛んで行ってしまったのだろう。
頭が痛くなる……が、幸か不幸か、これでヴィクトーリアはひとまず安全だろう。あとは、やはり残りの二人が気になる。
「ぐあああああああッ!?」
手──指先に鋭い痛み。その場から離れようとするも、手が固定されたようになっていて動けない。
見るとユウキが俺の手をグリグリと踏みつけていた。
「さすがと言うべきか、呆れたと言うべきか……いつの間に杖無しで魔法使えるようになったんだ?」
「最……近だ……!」
「……へ……へへへへ……ったく、油断ならねえなあ!? おめえはよ!! ああ!?」
ユウキはそう言うと、さらに足に力を込めてきた。
「はは、クソ……! いってえな……! ……おかげで大怪我しちまったじゃねえか……。これから魔王倒しに行くってのに、どうしてくれんだよ。なあ!?」
「チッ……クソ、その足……邪魔だ……どけろ……!」
「フン、おまえが今、頭の中で考えてること当ててやろうか?」
「……なんだ……、いきなり」
「どうやって俺だけ助かろうか、どうやって見逃してもらおうか……だろ? 違うか?」
「へ……かもな」
「はは、結局おまえはそうなんだよ。自分の事しか考えてねえ」
「チッ……だからなんだってんだよ……!」
「だから、こうしようじゃねえか。おまえの命は見逃してやる。その代わり、俺と一緒に来い」
「……ハア?」
ユウキの意外な提案に、俺は素っ頓狂な声を出す。
「おまえを殺してから、首だけ引っこ抜いて魔王城へと入ろうとしたが……実のところ、それが可能なのかどうかわからねえからな。本音はここでぶっ殺してからやりたいところだが……そう言ってる状況でもないんだよ」
「……おまえ、本気で言ってんのか?」
「おまえの言いたいことはわかる。……ただ、この機会を逃せばいつまた魔王城へ入れるかわからねえ。……わかるか、この意味が」
癪に障るが、こいつはこいつで『魔王を倒す』という目的でここまでやってきたのだ。
……たとえそれが、褒められない様な手段であっても。
だからこいつは今、俺への私怨よりも魔王を倒すことを優先している。
それに、ユウとアーニャちゃんの安否がわからない以上、ここは従っていたほうがあの二人にとっても安全なのかもしれない。
「……わかった。じゃあ──」
「あと、もうひとつ条件がある」
「条件?」
「さっきのあいつ……ここから吹っ飛んで行ったやついるだろ」
「……ヴィクトーリアか?」
「あいつを殺せ」
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