第124話 vs勇者2
上空から白い刃が飛来してくる。
これは風の魔法と氷の魔法を応用したもので、あいつの十八番。主に敵への牽制としてよく使っていた。したがって、その軌道は単調で、ただ上から下へと振り下ろされるだけ。
注意深く刃を見ていれば、まず当たる事はない。……当たることはないんだけど、その威力は牽制用と呼ぶには凄まじく、さきほどから地面がバターのように削られていっている。
俺たちはいま、パーティをふたつに分けてユウキと戦っていた。
アーニャちゃん、ヴィクトーリアのふたりが主に俺を守り、ユウが直接ユウキを叩く。
一見、専守防衛を強いられている布陣だが、事実、俺たちは後手後手に回っていた。ここで持てる手札をすべて攻撃に回すこともできるんだけど……もし、ここでアーニャちゃんやヴィクトーリアを攻撃に回せば、ユウキによる手痛いしっぺ返しが待っていることも考えられる。
要するに、この戦いは俺が倒れた時点で勝敗は決してしまうのだ。
それゆえ、現在、ユウのほうが手薄となって、決定力にかけているのだが……そうなってくると、今度はユウキの体力が回復しきってしまう。
せっかくエンド級の魔物たちを使ってユウキの体力を削ったのに、ここで回復されてしまうと、ユウの手に余ってしまうかもしれない。
それだけはどうしても阻止したい……んだけど、さて、どうするべきか。
「………………」
「いかがなさいましたか、ユウトさん」
アーニャちゃんが心配そうに俺に声をかけてくる。
「ん? なにが?」
「いえ、その……ユウトさんがなにか、考え事をしておられるようでしたので……」
「いや、なんかちょっと妙だな、て」
「妙……と申しますと?」
「あいつの攻撃にしては単調すぎるな、て思ってさ」
「単調ですか?」
「そう。あいつが本気で俺を殺そうとするのなら、もっと激しい攻撃をしてもおかしくないんじゃないかって──」
「な、何を言っているんだユウト……!」
青い顔のヴィクトーリアが俺の発言を遮る。
「じ、十分激しい攻撃じゃないか……! 逃げるだけで精いっぱい……だぞ……!」
たしかにヴィクトーリアの反応を見る限り──息を切らせ、肩を大きく上下させている反応を見る限り、ユウキはユウキなりに、本気で俺を殺そうとこの攻撃を繰り出しているのかもしれない。
なにせ、いまのあいつはユウの剣戟を
「あ、わかりました! ユウトさんが成長なされたんですよ! これまでの経験があったからこそ、ちょっとやそっとでは疲れなくなったんです」
確かにアーニャちゃんの言っている事には納得できる。これまで、俺がユウキのパーティを抜けてから、相当な数の修羅場をくぐり抜けてきた。
だけど──だからと言って、あいつの本気がこの程度なのか……?
「……そ、そういうもんかな」
「はい! ですから、ユウトさんは自信を持っていいんですよ!」
アーニャちゃんが精一杯、この俺を持ち上げようとしてくれている。
たしかにまだ、心のどこかに引っかかっているモノはある。けど、でも──
「そうか! そうだよな! アーニャちゃんが言うなら間違いないよな!!」
「……ユウト、顔がだらしなくなってるぞ……」
アーニャちゃんの弾けんばかりの笑顔によって、俺の取るに足らない杞憂は吹き飛んだ。
次の一手が決まった。
あとはユウのほうの戦況がどうなっているか、だ。
俺は飛んでくる白い刃に注意を払いながら、前方……ユウとユウキが交戦している場所へ視線を送る。
──ブン!
ユウが殺気の籠った鋭い剣閃を放っている。剣から放たれる風切り音がこちらまで届くほどに。
──ブンブン!
即座にその返し刃で、ユウキの脚を狙っての二撃。
常人ならまず反応できない速度。
足首から下を残して、即座に胴体を両断される業。
右、左、右、右、左……ユウはその流れるような剣さばきで何度もユウキに斬りかかっている。剣を振る速度や、急所をためらいなく狙う思い切りの良さは相変わらず一級品。
しかし、その
両者の間に明瞭な実力差はない。
むしろ、ユウには俺の筋力強化がかかっている分、ユウキは受け太刀するだけで腕が持っていかれる。
おそらくこれは経験の差。
セバスチャンとの戦闘ではこの差は埋められなかったものの、勝利を収めることが出来た……が、それはアーニャちゃんや、ユウの能力に依存していたところが大きい。要するに、ユウとアーニャちゃんが能力的に勝っていたという事だ。
しかし、ユウキに限ってはそうはいかない。
こいつ単体の純粋な戦闘力は俺たちのパーティと同等か、ほんのすこし下……だからこそ、経験の差が大きく出てくる。
そして、さらに輪をかけて
全く当たらない、もしくは当たる気配がない事に対してだと逆に冷静になったり、違う手を考えたりするものなのだが、
『もうすこし』や『あとちょっと』という雰囲気をあえて演出することによって、ユウの思考能力を削ぎ、行動の単純化を強いている。
それによって、あいつはユウの攻撃を楽々とかわし続けている。
「ナメてるな」
「ど、どうしたんですか、ユウトさん」
「アーニャちゃん、ユウの加勢に行ってくれ」
「え、でも……それではユウトさんが──」
「俺に考えがある」
アーニャちゃんは俺の言葉を聞くと、出かかっていた言葉を飲み込み、頷いてくれた。
「わ、わかりました!」
アーニャちゃんはそう言うと、俺の進行方向から外れ、ユウとユウキが戦っているいるほうへ走っていった。その瞬間──
「──ナメてるのはおまえだったな……!」
ユウキの声。
血しぶき。
俺の視線が噴水のように肩から鮮血を噴出させているユウキを捉える。
致命傷。一目で死んでしまうほどの出血量だとわかるが、何かが引っかかる。
『──ナメてるのはおまえだったな……!』
直前で発せられたユウキのその言葉が、俺の頭の中で反芻される。
あいつはユウに斬られた。
そして肩からは大量の血液を噴き出している。
そうだ。
なぜあいつはユウに斬られたのに、体の原型を保っていられるんだ?
あらかじめその部分だけをガードしていたのか? しかし、そうなってくると、全神経をユウの攻撃に集中しなければ、防御など出来ない。
俺に攻撃を加えている暇なんてないんだ。
という事は、あの白い刃は幻覚だったのか?
いや、あれは明らかに質量をもっていたし、明らかに殺意が込められていた。
『──ナメてるのはおまえだったな……!』
なるほど。
俺たちが成長していたように、あいつも力をさらに伸ばしていたという事か。
そして、ここからあいつの反撃が──
「な、なんだ……?」
突然、地面が雲に覆われたように真っ暗になる。
「いや、違う。これは雨じゃない……!」
……これは雨雲なんかではない。それとは別の何か……何か巨大なものが陽の光を遮っているのだ。
「ユウトさん!!」
「おにいちゃん!!」
アーニャちゃんとユウが叫ぶ。
それにより、俺は即座に自分が置かれている立場を理解する。『殺気』……というよりも確実な死の予感。
これまでの、どの戦いで感じた予感よりもさらに鋭い予感。
頭皮がチリチリと焼けつき、背筋をなにか気持ちの悪い
顔を上げる余裕も、その場から後ずさる猶予も、指一本動かす度胸すらも消え去る。
目視は出来ないが、わかる。
いま、俺の頭上には、陽の光を遮断するほどの白い刃の群が俺を覆っている。
防御──
回避──
……どれもダメだ。
終わるのか、ここで──
「ユウト!!」
不意に、隣にいたヴィクトーリアの声に、意識を揺さぶられる。
「どれだ!? どれを撃ち落とせばいい!?」
おそらくヴィクトーリアは隣で銃を構えている。
撃ち落とす? 銃弾で?
無理だ。
物質の強度は銃弾よりも白い刃のほうが高い。銃弾が刃に触れた瞬間、真っ二つになって終わるだけだ。
それに、たとえ万が一撃ち落とせたとしても、第二第三と刃が襲い掛かってくる。だったらいっそのことユウキを撃ったほうが……撃ったほうが──
「そうか! ヴィクトーリア! ユウキを狙え!」
「ええ!? でも、ここからだと狙いが──」
「撃て!」
「わ、わかった!」
俺は魔力を集中させると、銃を持っているヴィクトーリアの手に左手を重ねた。
「させるか!!」
ユウキの声。それが響くと同時に、俺の右手に鋭い衝撃が走る。こぶしほどの大きさの石をぶつけられるような痛み。それにより、持っていた杖が弾き飛ばされる。
「終わりだ! おまえの杖はもうない! これで強化魔法は──」
「やはりな! おまえは絶対に杖を狙ってくると思っていた! おまえはフェイクに引っかかっただけだ!!」
「な、なに!? ……だがな! そんなしょぼい
「だろうな! 俺もおまえを銃弾で仕留めようだなんて思ってねえよ! だから俺が強化するのは──撃て! ヴィクトーリア!!」
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