第123話 vs勇者


「どうだ、ユウ?」


「……うん。なんというか、魔物のニオイが濃くなってきたかも」



 俺が尋ねると、前を歩いていたユウはヒクヒクと鼻を動かして答えた。魔物のニオイ、か……俺の狙いが当たっているといいんだけどな。



「よし、じゃあ気を引き締め──」


「おにいちゃん! 危ない!」


「え?」



 突然、ユウが姿勢を低くしながら、物凄く鋭いタックルを俺の腹部にかましてきた。

 

 ──ドガァン!!


『なにすんだ、こいつは!?』と思うよりも早く、俺の立っていた足場から爆炎が立ち昇る。

 遠くから攻撃されているのか?

 いや、魔力の反応は感じられなかった。という事は──



「じ、地雷だ! ユウト! それもたくさんあるぞ!」



 ヴィクトーリアが声を上げた。



 ◇



 ──俺たち一行は現在、ユウキの言う通り森の中をまっすぐ突き進んでいた。

 罠だという可能性もいちおう考慮してみたが、それでもまっすぐ突き進んでいたら、やっぱり罠だった。

 ネトリール産設置型衝撃感知地雷や、突如樹上から降り注ぐ鉄杭の雨、原始的なくくり罠で無様に吊るされるヴィクトーリア、大型魔物用トラバサミ……あの手この手で俺たちの進路を妨害してきた。

 俺たちはそんな、あらゆる艱難辛苦を越え、ユウキの用意した『森』という罠の中をひたすら突き進んでいた。



「もうだめだ……おうち帰りたい……」



 疲労困憊で、肩で大きく息をしているヴィクトーリアが情けない顔で泣き言を言う。



「情けない声を出すな。あと、おまえのおうちはもうない」



 もはや精神的余裕のない俺がおもわず残酷な現実を突きつけると、ヴィクトーリアは声を殺しながらめそめそと泣き始めた。



「ユウトさん、今のはちょっと……」



 アーニャちゃんが優しく諭すように言う。



「すまん、ヴィクトーリア。おまえの故郷のように強く生きろ」



 俺がそう言うとヴィクトーリアは声を上げて泣き出した。

 何がダメだったんだ。



「ゆ、ユウトさん、それもちょっと……」


「ごめん」


「おにいちゃん」


「なんだユウ。おまえも俺を責めるのか」


「もうダメ……お家帰りたい……」


「帰れば?」



 ◇



「──やっときたか」



 やっとの思いで森を抜けた俺たちを待っていたのは、緑色・・の返り血に塗れたユウキだった。ユウキは魔物の死骸が無造作に積み重なって出来た、死体の山の、その頂上に座って俺たちを見下ろしていた。

 ゴブリン、リザードマン、スライム、デーモン……見ると、エンド級の魔物たちがユウキの足元で力尽きている。



『やってくれたな』



 俺とユウキの声が重なる。



「あの、ユウト」


「なんだヴィクトーリア」


「いや、その……この場面で尋ねていいのかわからないのだが、あの魔物の山はなんなんだ?」


「おまえんトコの、そこのバカの仕業だ」



 ユウキが俺を睨めつけながら答える。



「仕業……ユウトが何かしたのか?」


「あいつのケツに魔物が集まる薬品を塗布しておいたんだ」


「お、お尻に!? い、いつ!? だれが!?」


「まあ偶然の産物だな。昨晩魔物をおびき寄せようと、キャンプの近くに魔物が集まるような薬品を撒いておいたんだ。それで、あいつが偶然そこに座って魔物たちの標的にされたって感じだな」


「偶然だあ? 薬品を散布してた場所に誘導しておいて、よくそんなこと言えるな」



 吐き捨てるようにユウキが言った。



「はは、それに気づかないマヌケに言われてもな」



 俺がそう斬り捨てると、ユウキは舌打ちしてみせた。



「だけど……なぜユウトはそんな薬品を使おうとしたんだ? それも、凶悪な魔物がいっぱいいるところで」


「え? あー……おまえは寝てて知らなかったけど、昨晩、俺は道に迷ったと思ってたんだ」


「え? そ、そうなのか?」


「だから、あそこが終焉の都の近くだって思ってなかった。それでいつものように、とりあえず食料の確保をしようと──」


「ちょ、ちょっと待ってくれ」



 ヴィクトーリアが青ざめた顔で俺の話を遮ってきた。



「なんだ」


「食料の確保とは?」


「え? あれ?」



 アーニャちゃんに視線を合わせると、アーニャちゃんは静かに首を横に振った。これが意味するのは、今までヴィクトーリアは、自分が何を食べてきたか知らなかったという事だ。

 どうする。

 本当のことを言うか、はぐらかすか……。



「食料……は、えーっと……さ……さ……さ……」


「さ?」


「さ、山菜……だ……山菜を摘んでたんだ……」


「なーんだ。山菜かあ。あははは」



 ヴィクトーリアはぽんと手を叩いて納得してくれ──



「なわけがあるか! ちょっと待て、という事は今まで私が……私たちが食べていたのは……というかその、私が今朝食べたあのスープ……あれに入っていたお肉って……?」


「リザードマンのテールスープだ」


「うっ……」



 俺は口を押さえ、吐き出しそうになっているヴィクトーリアの肩を掴んだ。



「聞いてくれヴィクトーリア。たしかに普段、市場に出回っていない肉を食う事に抵抗を覚えるのはわかる。俺だってはじめはそうだった。だけどな、こういう生活をしてるんだから、必ずしも毎食食料にありつけるかわからないんだ。時には魔物だって食わなければならない」


「魔物も……」


「そうだ。食用肉、魔物の肉、そこに大した違いはない。肝心なのは、俺たちはモノを食わなければ生きていられないという事だ。……なんかすごい今更だけどわかってくれ」


「う、うん。ユウトの言いたことはわかるよ……でもまだ食料のストックってあったよな? 私、ネトリールを出る時、団長殿……お父さんから色々と受け取っていたはずなんだけど……」


「………………」


「ユウト? ユウト、なぜ無視するんだ?」


「魔物の肉ってな、美味いんだよ。案外」


「ユウト!?」


「……おにいちゃん」



 ユウに諭され、再度ユウキと向き合う。

 たしかに、ちょっと緊張感に欠けていたか。でも、ユウキがいきなり攻撃を仕掛けてくる様子はなかったからな。



「……なんだ、もう漫才はおしまいか。殺さないでおいてやるから、もうすこし続けてろよ。笑ってやるから」


「これ以上おまえに体力を回復されても厄介だからな。なんのために魔物をけしかけたのか、わからなくなってくる。それに、かなりの数のエンド種と戦ったんだ。強がってはいるけど、もうかなりバテてるだろ?」


「やれやれ……おまえ、正々堂々って言葉知ってるか?」



 ユウキはゆらりと立ち上がると、足元の魔物に突き刺さっていた剣をずるりと引き抜いた。



「おまえこそ知ってんのかよ」



 俺が問いかけると突然──フっと、視界からユウキの姿が消えた。

「おにいちゃん!」

 ユウの声が聞こえてきた瞬間──


 ギャリィィィイイン!!


 俺のすぐ首の後ろから耳をつんざくような金属音が響いた。

 急いで振り向くと、すでにユウとユウキが対峙していた。

 どうやらユウが咄嗟に、ユウキの剣を弾いてくれていたようだ。そうでなければ今頃、俺の頭は胴から切り離されていただろう。


 それからほんの少しだけ遅れて、アーニャちゃんとヴィクトーリアが臨戦態勢に入った。



「正々堂々? ……知らねえな」


「みたいだ、な!」



 俺は一息にユウ、アーニャちゃん、ヴィクトーリアの三人に強化魔法を付与した。



「さあ、魔王戦前の肩慣らしだ、いくぞみんな!」

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