第122話 気に入らない者たち


 驚きはしない。呆れもしない。

『話がある』とユウキが言っていた時点で、なんとなく予想はついていた。

 だけどやっぱりこう思ってしまうワケで……。



「……頭、大丈夫か?」


「まあ、その反応が妥当だわな」


「おまえから見たら、俺なんていきなりパーティを抜けただけじゃなく、あの筋肉ゴリラセバスチャンを牢屋にぶち込み、変態魔法バカジョンを再起不能にして、ネトリールの計画を潰したやつだぞ? もし俺がおまえだったら、俺の事が憎くて憎くてしょうがねえよ。で、そんなやつを勧誘って……おまえ、なんか拾い食いでもしたのか?」


「おーおー、すげー言われ様だな」


「いやいや、真面目な話」


「ま、なんつーかさ、セバスチャンもジョンも、確かに俺が色々な場所へ出向いてスカウトしてきた、選りすぐりの実力者だ。ネトリールの件だって、それを仕込むのに相当な時間をかけた。けど、結局この有様だ。おまえに全部潰された。腹立ててねえのかって訊いてるが、そりゃ立つだろ。……けどな、それでも俺は世界を救いたいんだ。魔王を倒したい。だからここにいる」


「ネトリールの人たちを犠牲にしても、か」


「ああ」



 俺の問いに対し、ユウキはアーニャちゃんに一瞥もくれることなく答えた。

 自分が行っている事はすべて世のため人のため、正義のため。……そんな途方もない自信がコイツの中にはあるのだろう。

 俺は、ここで初めてユウキから視線を逸らし、アーニャちゃんを見た。

 アーニャちゃんはそんなユウキに対して、怒るでもなく、悲しむでもなく、ただまっすぐに向き合っている。



「だから、これで最後だ。俺のパーティに戻ってこい、ユウト」



 ユウキが改めて、まっすぐ俺の眼を見て言ってきた。その溢れんばかりの熱意に心を打たれた俺は、ユウキの勧誘に対して答えを出した。



「いや、断る」


「即答かよ」


「当たり前だろ。というかそもそも、おまえ何のために来たんだ? やり方もぬるいし。俺の仲間を人質にして『パーティに戻らなければこいつを殺す』って脅せばそれなりに効果はあったかもしれないけど、その素振りはないし……おまえからはなんというか、本気で俺を引き抜きに来たって感じがないんだよ。……いや、わかる。世界を救いたいのはわかる。けど、おまえがここに来た本当の理由はそこじゃないだろ」


「フン、なるほど。そこまで理解してたか。ならまあ、白状するか。本音を言うとだな……幸運にもおまえのムシの居所がよくて、勧誘したら示し合わせたかのように仲間になってくれるかもしれないって思ったのが一割だ」


「しょうもねぇ理由。……で、残りの九割は?」



 俺がそれを口にした途端、ユウキの眼から光が消えた。



「宣戦布告だよ」



 あの冷静なユウキが、敵意と殺意剥き出しで俺を睨みつけている。こう言っちゃ悪いが、俺にとってはこの状況が、それなりに愉快なシチュエーションだった。



「ククク……やっぱり、なんやかんや綺麗ごと抜かしててもバッチバチにキレてるじゃねえか。で? 俺を殺して、それでどうするんだ?」


「おまえを殺して、首をコルクのように引っこ抜いて、その首で魔王城のふざけた障壁をこじ開けて魔王をぶち殺す」


「こっわ。ていうか、それ意味あんのか? 俺が生きてないと意味がないんじゃないのか?」


「意味ならあるさ」


「どんな?」


「俺の気が少しは晴れるだろ」


「世界は?」


「救うさ。もちろん。おまえの首を捧げてもまだ障壁がなくならなかったら、また別の手を考える。それに……そうだ、そこのそれ、おまえ妹居たんだよな」


「やっぱ、ユウの事まで知ってんのか」


「びっくりしたよ。妹がいたなんて言ってくれなかったからな。おまえが抜けた後、おまえの村に行ったら、妹が消えてるし……こうなることを見越して、パーティに入れたのか?」


「ちょっと待て、おまえ……俺の村に行ったのか?」


「ん? ……ああ、行ったぜ。ついでに焼き払ってきた。おまえの母親? とかも抵抗してきたから殺したぜ」


「てっめぇ……ッ!」



 と、キレてみたものの、たぶん嘘だ。恐らくこれは俺を挑発するための出鱈目。わざわざ地上人と敵対する構図を作って、ネトリールを滅ぼそうとしたこいつが、ただの村を、俺を挑発するためだけに滅ぼしたりするはずがない。

 だからここでの正解は、怒りをグッとこらえている風に見せかける事だ。



「クッ……い、妹がいるなんて、言う必要なんてなかったからな」


「まあな。……で、おまえら、兄妹なんだろ? だったら、その妹にだって勇者の血が流れてるはずだ。だから障壁を取り除く力はあると──」



 ユウキはそこまで言うと、考え事でもするかのように空を仰ぎ見た。



「そうか……良いことを思いついた」



 ユウキが突然、わざとらしく手を叩く。

 どうせろくでもない事を言うつもりだろう。



「俺におまえの妹を差し出せ。そうすれば、おまえを見逃してやる」


「見逃す……」


「おまえを生かしておいてやるって意味だよ。そんくらいわかるだろ? ま、その代わり、妹に何するかわかんねえけどな」


「アーニャちゃ……ほかの二人はどうするつもりだ」


「どうもしねえよ。もし妹を差し出すなら見逃す。……ただ、どのみちおまえらが足並み揃えてこのまま魔王城に行くってんなら、おまえの妹以外は全員殺す。尻尾巻いて、ここから逃げ出しても殺す。……さあ、どっちだ。妹を差し出して自分たちだけが生き残るか、仲良く三人死ぬかだ」



「いや、おまえが死ねよ」



「──ぷ」



 俺がそう言うと、ユウキは腹を抱えて大笑いしだした。



「言うじゃねえか。ちょっとは進歩したみたいだな。──よし!」



 ユウキはそう言うと、ノロノロと立ち上がって俺たちに背を向けた。



「道は合ってるから、迷わずこのまま進め。この先に終焉の都がある」


「合ってる……? じゃあこの森はなんだ? 都周辺にこんなもんなかっただろ」


「この森は……ほら、あれだ。俺の魔法の副産物だ。いろいろあったんだよ」


「副産物って……有り得ないだろ、この規模」


「まあなんだ。底を見せた事がなかったからな。俺は」


「チ……」



 そのすました顔に、思わず舌打ちが出る。



「じゃあ俺はこの先で待ってるからよ。準備が出来たら来てくれ。泣いても笑ってもこれで最後だ。お互い、悔いのないよう殺し合おうぜ」



 ユウキはそう言うと、俺たちに背を向けたまま夜の闇に紛れていった。



「ふぅ……」



 緊張感から解放されて安心したのか、アーニャちゃんが小さく息を吐いた。



「それにしても──」



 俺は座ったまま両腕を上へ伸ばし、大きく伸びをしながら寝ていたユウに声をかけた。



「よく襲い掛からなかったな。成長したな、ユウ」


「え? ユウちゃん、起きてたの?」



 アーニャちゃんが声を上げる。



「……う、うん」



 ユウは起き上がると、バツが悪そうに俺のほうを見た。



「まあ、あの殺気の中で寝られるのはコイツヴィクトーリアくらいだろうからな」



 俺はそう言って、未だにすやすやと気持ちよさそうに寝ているヴィクトーリアを見た。

 口の端からはよだれが垂れている。



「ご、ごめんね、おにいちゃん……」


「……なにが?」


「ほんとうはその……あいつユウキが現れた時に殺すつもりだったんだけど……」


「だけど?」


「おにいちゃんがあたしをかばってくれたから……」



 ユウはそれ以上何も言わず、頬を紅くしたまま、俺に熱い視線を投げかけてきた。

 何言ってんだこいつ。俺はそれを無視して続ける。



「と、言うわけだ。ちょっと予定にはなかったけど、明日あのアホユウキと決闘します」


「あの、本当にいいのですか? ユウトさん?」



 心配そうな顔でアーニャちゃんが俺に視線を投げかけてきた。



「なに、心配する必要はないよ。こっちは四人。それに対して、向こうはたぶんあいつ一人だけ。たしかに経験の差はあるけど、それ以上にアーニャちゃんたちは強くなってるから──」


「い、いえ……わたしが言いたいのはそうではなくて……」


「ああ、あいつとの決闘……殺し合いの事?」



 アーニャちゃんが言いたいことはわかっていたけど、俺はわざとらしく訊き返した。



「はい。ユウキさんも口ではああおっしゃっていましたけど、やっぱり世界を救いたいという、根幹の部分は本音だったと思います。そして、わたしたちもそれは同じ……なにか、別の方法もあるのではないでしょうか?」




 ユウキに故郷を壊滅状態にされてなお、まだアーニャちゃんはそんな事を言えるのか……。すごいというか、スケールが違うというか……。



「たしかにアーニャちゃんの言ってることはもっともだ。魔王がもう目と鼻の先にいるのに、しょうもない小競り合いなんてやってる場合じゃないって事だよね」


「は、はい……」


「俺もそう思う」


「で、でしたら──」


「だからこそなんだよ。俺は……というか、俺たちはそれ・・を嚙み潰して、飲み込んで、一歩引けるほど器用じゃない。ぶつかって叩きのめして、相手に道を譲らせるしか方法を知らない。それがあいつの言うような殺し合いだったとしても……て話」



 アーニャちゃんはそれでも納得してくれなかったけど、それ以上は何も言わず、顔を伏せた。

 たしかにこんな感情論を納得してくれというのは、かなり難しいと思う。俺だって急にこんな事を言われれば戸惑う。

 しかし、なんというかぶっちゃけた話……俺も俺でいま、何を言っているかわかっていない。なんか流れで適当なことをそれっぽく言ってみただけなのだが、すこしだけ恥ずかしくなってきた。

 要するに、気に入らないからぶっ飛ばさないと気が済まないってだけだ。

 大した理由なんてない。



「あたしは……なんとなくなくわかるよ、おにいちゃん」



 ユウが俺の顔を見ながら力強く言ってきた。



「嘘つけ。寝てろおまえは」

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