第121話 適当な男


 ──パチパチパチ……。

 しんと静まり返る森の中に、焚火の火の粉が弾ける音だけがこだまする。

 すぅすぅと寝息を立てて寝ているユウとヴィクトーリアを尻目に、俺は眼前の焚火の音に聴き入っていた。


 ネトリールを後にした俺たちは、そのまま俺の勘を頼りに森の中を進んでいた。

 目的地は魔王城がそびえる終焉の都。

 魑魅魍魎、数多の魔物がひしめく魔境にして、おそらく人類にとって最も過酷な土地。

 ひとたびそこへ足を踏み入れたら最後。魔王を倒すか、全滅するまで出る事は叶わない……と聞いたことがある。

 まあ、あくまで噂ではあるけど。

 だから休憩出来るときに休憩する。冒険者の鉄則だ。

 それに、今更焦る必要もない。慎重に進んでいけばいい。

 俺は傍らに置いてあった薪をひとつ、焚火の中へとくべた。



「ユウトさん、それ……」



 アーニャちゃんの声。

 見ると、俺の膝の上に置いてあった、棒きれを指さしていた。



「さきほどから疑問に思っていたのですが、その棒……焚火の燃料に使用するために拾ったものではないのですか?」


「ああ、これ?」


 

 俺はアーニャちゃんに指摘されると、改めて棒を手に取って眺めてみた。



「うーん……」



 思わず唸ってしまうほどのいい感じの棒。

 男子であればまず、拾って振り回してみたいと思ってしまうほどに、見事で素敵な棒きれ。



「かっこいいでしょ」


「かっこいい……ですか?」


「うん。自然に出来たのか、はたまた誰かが削り出したのを捨てたものか……とかいう、この棒の出自はどうでもいいんだけど、なんか……ほら、ねえ? わかんないかな、うまく言葉にはできないけど、かっこよくない? チャンバラとかしてみたくない?」


「す、すみませんユウトさん。わたしにはよくわからないみたいです……」


「そ、そっか……」



 しょんぼりだ。

 興味を示してくれたからわかってもらえると思ったのに……。



「……て、そうか。この棒についてはどうでもいいんだ。アーニャちゃんが訊きたかったことって、なんでその棒を持ってるかって事だよね」


「は、はい。……かっこいいから、ですよね」


「うーん、まあ、なんていうのかな。それもあるけど、フェイク……みたいなもんかな」


「フェイクですか?」


「そう。俺ってさ、……というより魔法使い全般に言える事だけど、俺たちって、どうしても杖を振り回してるイメージあるよね」


「そう……ですね。『魔法使い』と言われれば、まずとんがり帽子にローブ、そして木を削り出したような杖を持っている姿を連想してしまいます」


「それそれ。世間一般で言う魔法使いのイメージってのは、大概がそれなんだよね」


「ですが、ユウトさんは杖を必要としませんよね?」


「そうだね。……まあ、杖が俺には必要ないって気が付いたのは最近なんだけどね。……で、話をフェイクに戻そうか。例えば、アーニャちゃんは魔法使いと戦っているとしよう。そして、その魔法使いは杖を持っています。さて、アーニャちゃんはどうする?」


「杖をまずどうにかする……でしょうか」


「うん。まず魔法を封じようと、杖を奪うか壊すかするよね。魔法使いにとって魔法は謂わば生命線。封じられるんだったらまず間違いなく、そこから封じる」


「あ!」


「そう。気が付いたみたいだね。つまりはそういう事。俺がこのただの棒きれをチラつかせれば、敵さんは躍起になって『これ』を狙いに来る。そこに隙が生じるってワケ。それも、俺が杖を使う魔法使いだって、知っていれば知っているほど効果がある」


「なるほど。だからフェイクなんですね」


「そう言う事。……とはいえ、フェイクとか言って格好つけちゃってるけど、ただの保険なんだよね、これ」


「でも、用心するに越したことはないだ、アーニャちゃん。……ですよね、ユウトさん?」



 アーニャちゃんは人差し指を立て、得意げに言ってみせた。どうやら俺のモノマネをしているようだ。

 かわいい。

 もしかしたらアーニャちゃんは天使なのかもしれない。

 俺はなんとなしに頭をかくと、上体を後ろへ逸らし、両手をついて夜空を仰ぎ見た。

 木々の枝葉に邪魔され、空全体を見ることは出来なかったが、いくつか星は確認することが出来る。



「……さて、ここは一体どの辺だ?」


「え?」



 アーニャちゃんの驚いたような声。

 見ると、アーニャちゃんは目を丸くしてこちらを見ていた。もしかしたら俺の独り言が聞こえていたのかもしれない。



「ゆ、ユウトさん? わたしたち、今、終焉の都に向かっているのですよね?」


「そうかもしれないし、そうじゃないのかもしれない」


「えー……と……」


「つまりね。俺は終焉の都へ向かっているつもりでも、実際はその限りではないかもしれないという事だ。物事というのは往々にして思い通りに行くとは限らないんだよ。というかむしろその逆で──」


「ふむふむ……なるほど。つまりわたしたち、迷子になったのでしょうか?」


「そうかもしれないし、そうではないのかもしれない」


「ふふ、ユウトさんがそうやってはぐらかしているという事は、図星だという事ですね」



 さすがアーニャちゃんだ。

 俺のしょうもない特性を十分に理解している。

 普通の人間なら道に迷った挙句、適当な言葉を並べている俺を責めたり、貶したり、なじったり嬲ったり蔑んだりするけれど、アーニャちゃんにはそんな素振りが微塵もない。

 やはりアーニャちゃんは天使だった。証明終了。



「ですからこれは……一旦、ネトリールに戻ったほうがいいですね」


「そうですね。いやはや、ご迷惑おかけします」


「いえいえ。時間ならまだありま……ありますよね?」



 さすがに不安になったのか、アーニャちゃんが二度聞きしてくる。こういう場合はたとえ、よくわからない事でもキッパリ言ったほうがいいだろう。



「ある! ……たぶん」


「いまボソッと何かおっしゃっておられましたが……聞こえなかった、という事にしましょう。……では、焦らずゆっくりと行きましょうか。……とはいっても、またヴィッキーに小言を言われるかもしれませんが……」



 アーニャちゃんはそう言うと、口に手を当ててくすくすと小さく笑ってみせた。



「あの、ところで、いつからお気づきになられたのですか? 道が違っていると」


「終焉の都周辺にこんな深い森はないから、かな」


「そうなのですね。……やはりと呼ばれているくらいですから、魔物たちの文明がそこでは栄えているのでしょうか?」


「俺もそこまで詳しく知ってるわけじゃないけど、魔物が人間みたいに暮らしてたり、そこを魔王が統治してたりってのはないと思う。もっと雑多で、廃墟とかなにかの跡地みたいな感じらしい」


「ですが、そこには強い魔物たちが集まるのですよね」


「そう、もう何回か会った事あるよな。エンド種ってやつ。以前戦ったエンドドラゴンとかビーストとかと一緒だ。なんでそんなやつらが集まってくるのかって言うと、そこに強い魔力が集まっているからだと言われている。終焉の都はその土地柄なのか、魔王がいるからなのかわからないけど、高濃度の魔力がそこら一帯に充満しているんだ。魔物はそういうのを好む習性がある」


「という事は、魔物は主に魔力を糧にしているのでしょうか?」


「うーん。そうでもあるし、そうでもない」


「というと?」


「魔物は好んで魔力、または魔力を有するもの、またはそれに準ずるものを摂りたがるんだけど、ぶっちゃけその必要性はないっちゃない」


「必要性がない……ですか?」


「わかりやすく言うと、魔力ってのは一部の魔物を除いて、俺たちにとってのお菓子と同じなんだよ。つまり嗜好品と一緒。ビーストいただろ? あいつの食いもんは人間とそう変わらない。つまり魔物にとって魔力とは、食べる分には美味しいけど、べつに無くても死なないもの……だな。ちなみにこれを応用して、魔物をおびき寄せたいときなんかは──」



 アーニャちゃんが俺の話を中断させ、自分の唇に人差し指をあてた。

 これは外敵が来た合図。

 たぶん不自然な物音を察知したのだろう。俺には何にも聞こえなかったが……。

 それにしてもこの時間となってくると、敵が魔物や獣のセンは薄いか? 

 だとすれば盗賊か賞金稼ぎか……どちらにせよ、アーニャちゃんが腰を浮かせて警戒態勢をとっているという事は、俺たちが歓迎すべき者じゃないことは確かだろう。

 アーニャちゃんが向けている視線のその先──俺はその暗がりをじっと睨みつけた。

 ガサガサ。

 ここで初めて俺の耳に、草が揺れる音が聞こえてくる。

 音の鳴り方からして、大人数ではなくではない。そして規則正しく音がなっているという事は、やはり人間か。

 だとすれば、こちらからアクションを起こすべきだな。



「止まれ! そこにいるのはわかってる! 敵意がないならそこで膝をつけ! 腹が減ってるなら食い物くらい分けてやる! それ以外なら──」



「おいおい、そうカリカリするなよ」



 聞こえてきたのは、とても聞きなれた声だった。

 とても聞きなれていて……そして、とても不愉快な声。

 しかしまさか、こんなところでこの声を聞くことになるなんて、夢にも思っていなかった。



「俺だよユウト。ユウキだ。飯を分けてくれ。腹が減って死にそうなんだ」



 ユウキ。

 俺の元パーティにして、現勇者に最も近い存在。



「ユウキ、止まれ。これ以上近づくと殺す」


「おいおい物騒だな。食い物なら分けてやるって言ったのおまえだろ?」


「じゃあそこらへんの木でも齧ってろ」



 相変わらず、その張り付いたような笑顔のまま、見下すような視線を向けてきている。



「言うねえ。……でも、まあ待て。俺はここには戦いに来たんじゃない」


「……アーニャちゃん」



 その言葉を信じるつもりは微塵もないが、たしかに今のユウキは丸腰。俺はユウキから目をそらさず、首を振ってアーニャちゃんにサインを送った。



「わかった。じゃあそこ・・に座って話せ」



 俺はユウキの足元を指さして、そこに座るよう指示した。



「なあおい、せめて焚火に当たらせてくれよ。まだすこし冷える。腹下しちゃうかもしれないだろ」


「腹を下すか、俺たちに殺されるか選べ」



 俺がそう言うと、ユウキは観念したように両手を上げ、その場で胡坐をかいた。

 距離にして約十五メートルほど。

 やろうと思えば、一瞬にして俺たちを皆殺しに出来る距離だ。

 ただし、俺たちが無抵抗の場合だが。



「聞いちゃあいたが──」



 俺が警戒していると、ユウキは品定めをするようにアーニャちゃん、ヴィクトーリア、そしてユウを見渡していった。



「マジにハーレム作って旅してたんだな。こんなんで本当に世界救えんのか?」



 嘲笑気味にユウキが言う。



「話は?」


「ははは……なんだよ、世間話すら出来ねぇのか。おまえは」


「話」



 俺が急かすと、ユウキはため息をついて続けた。



「話は至ってシンプルだ。……俺のパーティに戻れ」

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