第120話 ネトリール水没
「──手ぬぐいは持ったか? ちり紙は? 金が足らなくなったらいつでも戻ってきていい。儂が出来る範囲で工面してやる。とにかく健康にだけ気を付けておくのだ。それでもわからなければ、せめて栄養価の高いものを食べるんだ。好き嫌いはせずにな。おまえは病的にトマトを好き好んで食っているが、トマトばかり食べるのはよくない。あと、たまには自分で飯を作るんだ。そうすることでより食材への理解が深まる。あとはユウトとかいう男にはあまり近づくな。同じパーティだとしても必要以上に近づくな。男というのはどいつもこいつも野獣だ。決して心を許しては──」
遠巻きにガンマがヴィクトーリアを捕まえてアレコレと世話を焼いているのが見える。……そして中には俺への誹謗中傷もあるように聞こえるが、俺は気にしないようにしていた。
それに対応しているヴィクトーリアもさすがに疲弊しているのか、「はい……はい……」と、力のない声で適当に頷いている。今まで接することが出来なかった反動からか、まだまだ
あの後──正式にヴィクトーリアがアーニャの護衛に決まった後、俺たちは無事(かどうかはわからんが)、海上へと不時着した。ネトリールを浸水してしまうような素材に変えなかったとはいえ、極限まで落下による空気抵抗を減らしたネトリールは、俺の想像以上にぺらっぺらだった。
そのため、急遽ネトリール全域を再構築……水に浮くような素材に作り変えたのだが、これが思いのほか魔力を使ってしまった。
したがって、今の俺はすこぶる瞼が重かった。
端的に言うと、なぜかものすごくねむい。
「あの、ユウトさん、大丈夫ですか?」
そんな俺を見かねてか、アーニャちゃんが心配そうに見上げてきた。アーニャちゃんの大きな瞳に映っている俺は、なんだか死にかけのゴブリンに見えた。
「うん……まあ、だいじょーぶ……」
「よろしければあと一日、このネトリールに滞在することもできますが……」
「べつに滞在することのもいいんだけどさ……」
そう言って、俺は周囲を見渡した。
ぽつりぽつりとではあるが、心臓とのリンクが切れたネトリール人が起き上がってきていた。
いくら国王や王女、騎士団長がこちら側について今回の事についていろいろと説明してくれると言っても、それにはかなり時間がかかってくるし、何より面倒くさい。
それよりも俺は(今自分たちがどこら辺にいるかわからないが)、適当な街を見つけて宿泊……最悪そこらへんで野宿するという選択肢をとった。
とは言ってもこれはあくまで俺の都合。アーニャちゃんも本当は、ネトリールにもうすこし留まっていたいのかもしれない。
「……だけど、アン王女がここにもう一晩泊まりたいって言うんなら、別に俺としてはそれに反対する気もないんだけど……」
「ユウトさん!」
すこしむくれた……というか、片方の頬をぷっくりと膨らましながら、アン王女が俺に諭してくる。
「ですから、『アン王女』……なんて、他人行儀な呼び方はやめてください。今まで通り、『アーニャちゃん』か『アーニャ』と呼び捨てにしてくださいっ!」
「ああ、ごめんごめん。気を付けるよ」
そしてじつはこのやり取りを、先ほどから何度か繰り返している。
なぜ一見、こんなにも無駄なやり取りをしているかというと、可愛いからだ。
「おにいちゃん。『ユウ』なんて他人行儀な呼び方はやめてって言ったよね? 今まで通り『あなた』もしくは『ダーリン』って呼んでよね」
ユウがなぜか妙な絡み方をしてくるのだ。
おそらくアーニャちゃんに何らかの、無駄な対抗心を燃やしているんだろうけど、ウザさしか感じない。俺はアーニャちゃんと同じように、ぷりぷりと膨らませているユウの頬を片手で覆うようにガッと掴むと、指に力をいれ、そこの空気をすべて抜いてやった。
「いきなり意味わかんないんだよ。てかおまえのこと、『あなた』とか『ダーリン』って呼んだことすらねえよ。記憶の改竄をするな」
いちおう突っ込んであげる優しい俺。
「す、すまない。みんな」
背後からヴィクトーリアの声が聞こえ、振り返ってみると……ヴィクトーリアが自分よりも二回りほど大きい荷物を背負っていた。その重量も凄まじいのか、ヴィクトーリアの両脚がぷるぷると震えている。
「えっと……なんだそれ……」
なんとなくその出所はわかっているが、いちおう尋ねるだけ尋ねてみた。
「これは……その……団長殿が……」
口ごもるヴィクトーリア。
その更に後ろへ視線を移すと、ガンマが想像を絶するほどの眼で俺を睨みつけていた。
「親バカ……なのか……」
思わずその言葉が口をついて出る。
「……まあいいや。それでヴィクトーリア、もう別れの挨拶は済ませたのか?」
「あー……いや、それはもう、いいんだ……」
「もういい?」
俺は『なんで?』と尋ねかけたが、なんとなく察してしまった。
ヴィクトーリアがすごく沈んだような顔をしていたからだ。これ以上世話を焼いてほしくなかったのだろう。
「……と、ところで、ジョンはどうしたんだ?」
話題を変えたいのか、ヴィクトーリアがキョロキョロと周りを見回しながら尋ねてきた。
「ジョンは今、国王とパトリシアが頭のてっぺんから足の先までを完全に拘束して、身動きから何までを完全に制限している。自力では立つことはおろか、喋ることも出来ないだろうな」
「そこまでしたのか……」
「いやいや、国をひとつ滅ぼそうとしたうえ、他の街や国にかなりの迷惑……では済まない事をしでかしたんだ。本来ならその場で即座に殺しておくべきなんだけど……」
「元仲間……だからか?」
気を遣うように、遠慮がちにヴィクトーリアが尋ねてきた。
「いや、そういうのじゃない。俺やユウが殺してもよかったんだけど、それじゃ意味がないからな。たしかにあいつには色々と個人的な恨みつらみがないわけではない。けど、それとこれとは別。だから俺はその決定権をネトリールの国王……アーニャちゃんのお父さんに委ねたんだ。あいつを煮るのも焼くのも、首を刎ねるのも国王の差配次第だ」
「……ユウトは本当にそれでよかったのか?」
「俺? 俺はべつにどうでもいいよ」
これは本当だ。今更あいつが死のうが生きようが、俺はどうでもいい。ただ──
「ただ、すこし勿体ないかもな」
「え? 何がだ?」
「いや、なんでもない。──さあ、仕切り直しだ。目的は魔王城。気張っていくぞ!」
ユウ、アーニャちゃん、ヴィクトーリアの三人が力強く頷いてくれた。
──────────────────
いきなりこういった更新の形になってしまい、そしてかなり駆け足で終わってしまい、大変申し訳ありません。
本当はこのまま最後まで書き切ってから一気に全部載せたかったのですが、思いのほか長くなってしまい、ここで区切らせていただきました。
さて、物語についてですが、ここからこのまま寄り道せずに最後まで書き切るつもりです。本当はサイドストーリーや本筋の注釈、補強をやりたいのですが、それまでやると永遠にずるずる行くんじゃないか、という事で辞退させていただきます。今回のように連載させるか、一話ずつかはわかりませんが、必ず最後まで書き切ることを約束します。
ですので、すでに冗長になってはいますが、最後までお付き合いしてくださったら嬉しかったりします。
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