第115話 転移錬成


「おにいちゃん!」



 ガバッと俺の体に抱きついてくるユウ。そしてなぜか腕だけではなく、脚まで俺の腰に回して完全に俺の体をホールドしてきていた。

 地に足をつけろ、と突っ込みたくなったが口にユウの胸部にある無駄に巨大な肉塊を押し付けられ、喋るどころか息をすることすら出来ない。



「し、しぬ……ッ!」



 何とか首を後ろにそらして声を振り絞ってみたものの、ユウは一向に俺から離れる気配がない。どうやらついに、俺を本格的に殺しに来たようだ。

 ──それよりも、ユウは無事だったようだ。メインリアクターの爆発に巻き込まれたのにも関わらず、軽いヤケドだけで済んだらしい。我が愚妹の化物加減に辟易する反面、俺はその愚妹が健在であることにどこか安堵していた。

 やばい。

 酸素が足りなくなってきた。安堵する空気がない。

 とりあえず酸素を獲ようと口をパクパク動かしてみたものの、俺の口が開閉するたびになぜかユウの体がビクビクと痙攣している。

 なんだこいつ。



「ダメだ、ユウト! ネトリールはもう持たない! 落ちる──って、こここ、こんな非常時におまえたち兄妹は何をやっているんだっ!?」



 心臓を見に行っていたであろうヴィクトーリアが、抜き差しならないほどの切羽詰まった声で、空前絶後の誤解を始めた。

 そう。

 ネトリールは現在落下中で、それはわざわざヴィクトーリアに告げられるまでもなく、理解出来る状況だった。

 なぜなら先ほどまで鳴っていた、けたたましいサイレンの音が『落下します。ご注意ください。ピピーピピー』という間抜けなアナウンスに変わっていたからだ。

 という感じで、このままだと、ここにいる全員が魔王城との衝突に巻き込まれて間違いなく死ぬ。

 そして、こうなった元凶・・がゆっくりと、名残惜しいように俺の体から剥がれていった。



「ふぅ……さて、説明してもらおうかユウ。なぜ心臓を破壊した」


「……それはね──」


「それは……わたしのせいです」



 アーニャがユウの言葉を遮って答えた。

 見ると、さめざめと泣いているアーニャと、その傍らには沈痛な面持ちの国王がいた。国王の顔はひどくやつれており、不自然に窪んだ眼孔から覗く虚ろな瞳は、地面をじっと見据えていた。その隣に立っていたパトリシアも、そんな国王を責めるでもなく、気遣うような表情で見つめている。



「……どういうことか説明してもらえるかな、アーニャちゃん」


「はい……。それと、申し訳ありません、ユウトさん……みんなに黙って出ていった挙句、このような体たらく……面目の次第もありません……」



 アーニャがさめざめと泣きながら説明をはじめた。

 ところどころで言い澱んだり、嗚咽が入ったりしていてあまり要領を得なかったが、要約すると――俺たちに色々と妨害された国王は最後にネトリール諸共自爆し、地上世界に大打撃を与えようとしていた。アーニャはそんな国王をなんとかして説得し、ついにこれを収めたが、すでに暴走していた心臓は人間の手を離れており、制御が出来ない状態に。事態は取り返しのつかない状況に陥ってしまい、『このままいけばネトリールは地上へ落下し、未曽有の被害を生んでしまう』と考えたアーニャは残された手段として心臓と同化し、事態の鎮静化を図ったが、突如現れたユウが心臓を粉々に破壊。

 これにより、ネトリールの落下を止める術が本当になくなってしまった。



「……ユウ、おまえってやつぁ……!」



 アーニャの話をひととおり聞き終えた俺は、ユウの頭をおもいきり撫でてやった。



「ファインプレーだ。よくやった」


「えへへ」


「……なんでこの状況で妹を褒めているのですか、あなたは。このままだと本当に地上へ落下して皆仲良くあの世行きですよ」



 俺の足元にいた正体不明のスキンヘッドの男ジョンがもぞもぞと何か言っている。



「そりゃ褒めるさ。心臓と同化なんてしたら、アーニャがアーニャじゃなくなってしまう。そんなこと許されるはずないだろう」


「ゆ、ユウトさん……」


「ククク……どこまでもアマい人だ。皆が死んでしまったら元も子もないでしょうに。さて、これにて計画は完了です。もはやあなた方に未来はない……俺と共にユウキの野望の礎になってくださ――ぶっ!?」



 あまりの鬱陶しさに、気が付くと俺の足がジョンの顔面を踏みつけていた。



「おっとすまん、足がつるっと……」



 しかしあれだな。

 こいつからは全く悲壮感というものが漂ってこない。自分が死ぬのを恐れていないのか?

 いや、そんなワケないか。

 ユウキの目的のために、自分の命を投げ出すほどこいつはユウキを狂信していないし、自分の命を投げうってでも、魔王の魔手から無辜の人々を救いたいと願う高尚なやつでもない。

 だとすれば、こいつはなにか……この状況からでも助かるような手段を持っている、と考えるのが妥当。ここは少し揺さぶってみるか。

 俺は視線を足元のジョンからユウに移した。ユウは何となく俺の考えを察したのか、何も言わず俺の口に耳を近づけてきた。



「……脅せ」



 俺は短く小さくそう言うと、取り繕うように足元にいたジョンを軽く蹴った。



「おいユウ。こいつ目障りだから、今から掃除を頼めるか?」


「うん。おにいちゃんのためなら」


「は? ……なんです急に?」



 ユウが剣を持ったままゆっくりと、有無を言わせずジョンの首元に刃を当てる。平静を装っているジョンも、次第に刃が食い込んで血が流れ始めると、目に見えて慌て始めた。



「な、なんのつもりです? 俺を殺しても何もなりませんよ……?」



 ポタ──ポタ──

 刃を伝い、赤い雫が地面に染み込んでいく。

 裂けているのはまだ薄皮一枚程度だが、ユウはジョンの拘束を解かない。

 ポタポタポタポタ──

 血の滴る量が次第に増えていってるのを見ると、ユウが徐々に力を加えていっているのがわかる。

 ふと周りを見ると、アーニャとヴィクトーリアも、直前での俺とユウのやり取りに気が付いていたのか行為を止めることなく、静かに見守ってくれている。



「……いや、もうおまえを生かしておいても意味がなさそうだからな。ぶっちゃけおまえのこと嫌いだし」


「嫌いだしって、そんな理由で……?」


「なんなら今ここで、ひと思いに殺してやろうかな、て」


「は? ちょ、何を……?」


「もう全員ここで死ぬなら誰が誰を殺しても意味ないもんな?」


「……は、ははは、なるほど。俺を脅すつもりですか。殺すつもりなら有無を言わさず首を落とすはず──」


「脅す? おまえを脅せば何か出てくるのか?」



 ジョンが口をつぐむ。

 なるほど。今の態度から察するに、やっぱりこいつはまだ何か奥の手を隠し持っている。



「どうせ殺すなら苦しませてから殺すほうがいいだろ? そうすることで少しは俺の気持ちもスッキリするだろ。それに……俺がパーティを脱退する時に、色々としてくれたよな? まさに踏んだり蹴ったりだったっけ」


「あ、あれは……その場の勢いというか……若気の至りというか……」


「じゃあここで俺がおまえと同じように、若気に至ってもおかしくなよな?」


「そ、それは……」



 その瞬間、スー……と、ジョンの視線が自分の足元、くるぶしの付近へと下がっていった。

 俺はすかさずユウを退かせると、ジョンの足元に手をあてた。



「……なんだこれ」



 何かゴツゴツした……黒い……四角形の塊。それが裾の部分に縫い付けられていた。

 俺はその塊を掴むと、おもいきりズボンから引きちぎった。

 手のひらに収まるほどのサイズ。つついたり、指先で弾いたりしても反応はない。

 そして依然、ジョンは何も語らない。



「なんだこれは」



 改めて問う。

 しかし無言。

 俺はあからさまにため息をつくと、持っていた黒い物体を足元に落とした。

 物体はカランカランと軽い音を立てて転がる。

 俺は足を上げ、それを踏み潰そうとすると――



「転移装置です!」



 ジョンが声を上げた。



「これが?」



 俺は踏み潰すのを止めると、そのまま黒い物体を拾い上げた。

 転移装置――聞いたことはある。

 名前の通り、物体や人物を距離を無視して無理やり転移させる装置。

 おそらくこいつは、ネトリールが魔王城に接触する直前にこれで逃げるつもりだったのだろう。俺を挑発し、イラつくように仕向けたのも、視線をこいつの足元から頭の周りに注目させるためだったというわけだ。

 それにしても、見れば見るほどそこまで複雑なものには見えない。



「ネトリール製か?」


「いいえ」


「何人転移できる?」


「……ひとりだけ。ですが、工房へ行けばあと二、三個の複製は――」


「意味ねえじゃん」



 俺は見せびらかすようにして手のひらから転移装置を落とすと、一息に踏み潰してみせた。力は要らず、ただ足を降ろすだけで、転移装置は呆気なく壊れてしまった。



「な、なにをしてんですかあなたは!?」


「そ、そうだぞユウト! 転移装置を壊してしまうなんて……!」



 これにはさすがに黙っていられなくなったのか、ヴィクトーリアが俺に詰め寄ってきた。



「……いや、まだ助かる方法はある」


「な、なにか考えがあるのか……? ──は!? もしかして、神頼み……?」


「おまえの錬金術頼みだよ」



 俺はヴィクトーリアの肩を掴むと、グイっと強引に皆の前に連れ出した。



「は……はあ、私かぁ……うーん……えっ!? 私!? でも一体どうやって……もうネトリールの心臓は完全に破壊されている。いくら外部からアクセスしても修復できないんだぞ! あ、あと言っておくが、心臓の複製は出来ないからな! 構造を知らなければ材料も知らないんだ」


「……いや、もうひとつ作戦がある」



 当のヴィクトーリアは、何が何だかわからないという表情で首を傾げている。

 まあ、想像がつかないのも当然だ。なにせ俺は今から、とてつもなくバカで壮大なことを言おうとしているのだから。



「……錬金するんだよ」


「な、何を……?」


「このネトリール自体を」

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