第114話 剃毛活動


 ガンマに後頭部を殴打されたジョンは、今度こそ、うつぶせのままピクリとも動かなくなっていた。俺はおそるおそるジョンに近づいていくと、ジョンの後頭部をまさぐった。

 後頭部には大きなコブがあるが、その箇所からの出血は確認出来ない。そして首の横、頸動脈のあたりに指をあててみる。

 ――トクン……トクン……トクン……。

 ずいぶんと脈が弱いけど、まぁ大丈夫だろう。死んではいないと思う。たぶん。



「団長!? どうしてここに?」



 俺の横をヴィクトーリアが駆け足で通っていく。



「言っただろう。儂には用事があると」


「……それは、この現状に関係あることなのか?」



 俺は立ち上がると、ガンマの顔をまっすぐに見て話した。

 ガンマは俺のほうを向くと、しばらく黙り込んでしまった。



「……なんだ、その頭は」


「気分転換だ」


「……そうか」



 俺の『これ以上何を話すことはない』という雰囲気を感じ取ってくれたのかガンマはそれ以上何も訊いてはこなかった。



「助かる」


「儂がやっていたことについてだが……、そのひとつがこれだ」



 ガンマはそう言って俺の足元に転がっているジョンを指さした。



「マジックジャマーを再起動させていた。主電源メインリアクターが使えなくなっていたため、マジックジャマー本体の予備電源に切り替えたのだが、どれも使えたものではなかった。おそらく主電源の爆発により、連動していたマジックジャマーに高い負荷がかかったものだと推察できるが……」


「それでも、こうして起動できたんだよな?」


「ああ。どうにか使えそうなものを探し出すことに成功した。とは言っても、今起動している物も、あと数分で効果が切れる」


「正直助かったよ。もう少し遅れていたらネトリール全体が吹き飛んでた。……でも、この短時間の間によくそこまで走り回れたな。マジックジャマーって広範囲に設置されてるんだろ?」



 俺が感心していると、ガンマは自分の背後にある、丸くてツヤツヤした白い大きなカゴのような物を指さした。



「あれのお陰だ」


「……なんだ、あれ?」


「ユウト、知らないのか? あれはマアクルといって、高速で移動できる乗り物なんだ。……そうだな、簡単に言うと、馬が引いていない馬車のようなものなんだ」


「な、なるほど……」


「もちろん、その原動力は魔力ではなく、ここ、メインリアクターで生産した電気を内部にあるタンクに貯めて、走る時にそれをネトリールの特殊な磁場と反応させて走るんだ。形も様々で――」



 ヴィクトーリアが目を輝かせながら、両手をグーにしながら、得意げに語り始めた。



「……ちなみに、あれは地上では動かないんだ。さっきも言ったけど、心臓の影響、ネトリールの磁場を受けてそれを推進力にしているから……て、そうだ! 心臓だ! 早く止めないと!」



 思い出したようにヴィクトーリアが声を上げた。ヴィクトーリアはそのまま反転して走りだそうとしたが、俺は慌ててヴィクトーリアの肩を掴んだ。



「心臓のところに行く前に、ジョンを縛るから縄を錬成してくれ」


「え? 別にいいけど、でも、いまは魔力が……あれ?」



 そう。いつの間にか魔力がまた使えるようになっている。ガンマの言う通り、本当にギリギリだったのだ。



「──殺さないのか?」



 ガンマが突然、淡々と言い放った。



「殺さないのかって言われてもな……」


「ユウト、おまえは縄で縛ると言っているが、こいつは魔法使いだ。縄という物理的な拘束は意味がないのではないか? それに、こいつが覚醒すればまず間違いなく、儂らを殺そうとするだろう」


「まあ、それについてはなんというか……」


「もしやとは思うが……情でも移ったか?」



 そう指摘されて押し黙る。

 正直、殺す事に一切の躊躇いがないとは言い切れない。その理由が昔の仲間だからなのか、俺が直々に手を下すことに抵抗があるのかはわからない。けど──



「けど、それ以上にこいつは今、俺たちに必要な情報を持っている。生かすにせよ殺すにせよ、まずは話を聞いてからだ」


「……承知した。おまえに委ねよう」



 ガンマは腕組みをすると、そのまま何も言わなくなった。



「ユウト、頼まれていた縄だ」



 ヴィクトーリアが俺に押し付けるように縄を渡してきた。



「似たような素材がなかったから、足元の素材で錬成した。……多少硬くて使い辛いかもしれないが、団長の腕力があれば問題ないだろう」


「ああ、わかった。ありがとうヴィクトー……」



 俺は受け取った縄から、視線をヴィクトーリアに移して礼を言おうとしたが、なぜかヴィクトーリアは俺の視線から逃れるように目を逸らした。



「……なんなんだおまえ」


「な、なにがだ?」


「なんで目をそらしてんだよ」


「い、いやぁ、そのぅ……め、目が痒くて、な。……花粉かな? 花粉だろうな、うん」



 ヴィクトーリアは挙動不審になると、ゴシゴシと目を擦りだした。



「……俺の頭は花粉なのか?」


「ぷっ……や、やめてくれ……その頭をネタにしないでくれ」


「笑いたいなら笑えよ」


「や、やめてくれ、頭を近づけないでくれ、……あとでカツラとか錬成するから許して」


「いらねえよ! ……まあいいや、あと剃刀も錬成してくれないか?」


「か、剃刀……? いいけど、何に使うつもりなんだ? 剃り残しの処理とか?」


「……おまえ、自然と悪気なく煽ってくるよな」


「ご、ごめん……」


「なに、復讐だよ」





「う……う……ぐ……っ……これ……は……!?」



 芋虫のように全身をぐるぐるに縛られたジョンが目を覚ます。

 もぞもぞと、なんとか身をよじって周囲を確認しようとしているが、俺はそんなジョンの腰を思い切り踏みつけた。

「ぐ……!」

 と小さく声を漏らすジョンに対し、さらに俺は横っ腹を蹴り上げて転がした。



「げほ……げほっげほっげほ……っ!」


「おはようジョンくん」



 せき込みながらなんとか俺の顔を探すジョン。ジョンは俺の顔を見つけると、これから何をされるか察したのか、不敵な笑みを浮かべてきた。



「……なるほど、最悪ですね」


「最悪なのはお互い様だろ。おまえのせいで俺の頭が寂しいことになったんだ」


「……さきほどの……あの錬金術を使っていた人にお願いしたらいいじゃないですか」


「……錬金術って植毛できるのか?」



 そんな軽口を言い合いながら俺がその場にしゃがみ込むと、ジョンの髪の毛を掴んで引っ張り上げて、俺の顔の高さまで持ってきた。



「まあ、わかってると思うけど、今から尋問……ていうより拷問を開始する。俺の質問に対して適切な回答が出来ないと……」



 俺はそこまで言うと、ジョンの喉元に剃刀を突き付けた。お互いの距離がかなり近いからか、唾を飲みこむ音がハッキリと聞こえてくる。



「とりあえず始めるか。……ユウはどこへいった?」


「ふ……、『どこへやった』ではなく『どこへいった』ですか……あなたはつくづく妹さんを信頼して――」



 ――ゾリ。

 俺は手に持った剃刀でジョンのもみあげを剃り落とした。茶色の髪がはらはらと地面に落ちていく。



「な、なにやってんですか!? なぜ俺のもみあげを!?」


「ムカついたから」


「はぁ!? そんな理由で――」



 ――ゾリゾリゾリ。

 今度は襟足部分から攻めていく。



「ちょ!?」


「ひとつ言い忘れてたけど、たとえ正確に答えてたとしも、おまえの答えが俺をイラつかせたら罰を下すものとする。最終的に、頭頂部に残った髪の毛を三つ編みにするからそのつもりで」


「くっ、なんという事をするんですか。あなたは……!」


「……このまま喉を掻っ切られるよりマシだろ」



 ヒタヒタと剃刀の刃をジョンの頸動脈にあてると、ジョンはそのまま黙ってしまった。



「さて、改めて聞く。ユウはどこへ行った」


「それは──」



 俺はそう言うとジョンの頭に剃刀を這わせ、剃り残しがないよう綺麗に剃っていった。



「な!? 何やってんですか!?」


「やっぱおまえむかつくから全部剃るわ」

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