第106話 心臓の秘密3
「し、死ぬって――」
絶句する。
それはつまり、国民のために犠牲になるということ。
自らの死を以て、国民を生かすという選択をしたということ。
それは勿論、パトリシアやアーニャも例外ではないだろう。
事実、パトリシアはこの状況下でもこうして
「ゆ、ユウトさん……どうしましょう……
パトリシアの声が震えているのがわかる。
俺はそんなパトリシアに対して何か声をかけることも、何か励ましの言葉を贈ることもせず、ただ唇を噛み、拳を握りしめることしかできなかった。
「な、何か、助かる方法はないのか……? 例えば、その装置を無効化するとか、なんとかして体から取り出すとかさ……他には……他には……ッ!」
「方法はない。それに……それこそが、王の務めだと国王は言っておられた。わしも国王の考えには――」
「ふざけ……ッ! そんな……そんなの、あんまりだろ! せめてパトリシアやアーニャには選択肢を与えてやるべきだ! いくらなんでもそんなのは……独りよがりにも程がある!」
こんなことに意味はない。
それはわかっている。
俺がここでいくら語気を荒げようとも、いくらガンマを責め立てようとも、何かが変わるわけではない。
でも、俺はこのどうしようもない感情を、目の前のガンマにぶつけていた。
「本当に……どうすることもできないかよ……!」
「……そうだ。わしらに出来ることは何もない」
「クソ……ッ!」
当初の目的であるヴィクトーリアは、こうして取り戻すことはできた。
次はアーニャを奪還すること……だけど、この流れだと十中八九リヒトの心臓が
関わってくるだろう。
「……ガンマの話が本当だと仮定すると、今回の騒ぎを納めたらまず間違いなくアーニャとパトリシアが死ぬだろう。だからといって、この件を放置しておく事は出来ない。一体、どうすれば――」
「待て」
俺が悩んでいると、ガンマが話しかけてきた。
というか俺、今、考えてたことが口に出てたのか……?
まずいな、動揺し過ぎだ。
このままじゃ正常な思考が出来なくなる。一旦冷静にならないと。
「……それで、どうしたんだ、ガンマ」
「何か勘違いしてるようだから訂正させてもらうが、べつにリヒトの心臓を止めたからといって、すぐにパトリシア様たちが死ぬというわけでもない」
「は? どういうことだよ?」
「ネトリール人にとって、リヒトの心臓がいかに生活と密接しているかは今話した通りなのだが……そこに加えてもうひとつ、リヒトの心臓がネトリール人に与える影響がある」
「それは……?」
「それは年を取らないという事だ」
「と、年を取らないって……不老不死ってことか?」
「そうだ。……いや、ちがう。不死ではない。不老だ。年は取らないが、致命的な傷を負わされれば死ぬ」
「いや、でも……嘘だろ。そんなこと……」
不老なんて、有り得るのか?
他人よりもゆっくりと年齢を重ねる……というのは聞いたことがあるが、ガンマが言っていることは多分それとは違う。完全に年を取らないという事。リヒトの心臓はまさかそこまで……。
「ユウト、おまえはここで老人を見たことはあるか?」
「老人? そう言われてみれば……」
そう言われてみれば、ガンマのような中年はともかく、ネトリールで老人は見たことがない。
それも、今回だけではなく、以前、ここに観光に来た時にも見た覚えはない。ただ単に『意識していない』というのもあるかもしれないが……。
「見たことがない……な。じゃあ本当に、ネトリール人は年を取らないのか?」
「ああ。本当だ」
思わず俺は隣にいたパトリシアを見る。パトリシアは驚いた顔で、すこしだけ考えるような素振りをすると――
「たしかに、私と同年代の方はいらっしゃらなかった……と思います。私自身、それに対して特に何も疑問には思いませんでしたし……」
「まさか、そんなことが本当に可能だなんて……」
いや、待てよ。
たしかに驚くべき事実ではあるが、なぜガンマは
いまは、パトリシアやアーニャが死ぬか死なないかといった大事な話で――
「ちょっと待ってくれ。もしかして……ガンマの言っていた
「そうだ。ネトリール王家の方々は、地上人と同じように年を取り、地上人と同じように寿命を全うする。要するに、不老ではなくなるのだ。言い方がややこしくて悪かったな」
「な、なんだよ……そういう事かよ……」
――て、なんだか肩透かしを食った感じがして、思わずため息をついてしまったが……よくよく考えてみると「自分が不老ではない」と宣言されるのってショックなことなんじゃないのか?
俺は恐る恐るパトリシアの顔を見てみると――
「う……うぅ……ひっく……」
パトリシアは大粒の涙を流しながらしゃくりあげていた。
「ご、ごめん! パトリシア! すぐに死なないからって、不用意に喜んじゃって……配慮が足らなかった! たしかにショックだよな!? どのみち、自分が不老じゃないなんて嫌だもんな! ごめん!」
「う、ううん……ぐすっ……ちがうの……」
「え?」
「わ、わたくし……死ぬんじゃないかって……この騒動止めたら……死ぬんだって、思って……でも……ひっく……止めないと……みんな迷惑しちゃうし……でも、止めたらお姉様と……お父様……死んじゃうし……わたくし、どうしたらって……でも……でも……びえええええええん!!」
そこまで言うと、まるで堰を切ったようにパトリシアが泣き出した。
口調もいつもの感じではなく、素に戻っている。
「ぐすっ……も、もうしわけ……ありませんわ……王女という者が涙など……すぐに……泣き止み……ますので……ひっぐ……!」
パトリシアは絞り出すように言うと、必死にぐしぐしと顔を拭った。
俺はそんな様子がどうしても見ていられなくなり、パトリシアの頭に手をのせた。
「いや、そのままでいいよ」
「……ふぇ?」
ふっとパトリシアが顔を上げる。
その顔は涙やら鼻水やらで大変なこと人になっていた。
それに気がついたのか、パトリシアは頬を紅潮させると、慌てて下を向いた。
「いままで押し潰されそうな王女という名の重圧の中、ずっと笑顔で頑張ってたんだ。ここでくらい弱みを見せたっていいんだぞ」
「あ、あでぃがどーございまぶ! ゆ、ユウトさん……ううう……うおぇっ!」
「ちょ!? 泣きすぎて
俺はすかさずパトリシアの背中をさすろうとするが――
「な、なんだ……!?」
ゴゴゴゴゴゴゴ……!
突然、立つのが困難になるほど、地面が激しく揺れ始めた。
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