第105話 心臓の秘密2
「――いや、待てよ。じゃあなんでガンマさんとパトリシアは無事なんだ?」
至極もっともな疑問だ。
ネトリール人はここにいる限り、リヒトの心臓の影響を受ける。リヒトの心臓とはそれほどまでに、ネトリール人と密接に関係しており、そしてそれは精神面上にも現れてくるようになる。
ここまでの話は分かる。
……だったら、なんでパトリシアとガンマのおっさんは無事なんだ?
それに、ここに来る途中、何人か警備兵に会ったが、ここの警備兵とは違い、正気に見えた。まだなにか、話していないことでもあるのだろうか。
俺はパトリシアとガンマの二人を交互に見た。
「わ、
そう言っているパトリシアは目を白黒させていた。確かにこの話を聞いて、混乱しているように見える。
パトリシアの言葉に嘘偽りはない。
だとすれば、もうひとつの可能性が出てくる……それは、この話が嘘だという可能性だが……なんだ?
ここで俺に対して嘘をつくメリットがあるのか?
パトリシアの接し方からして、ガンマが悪い奴とは到底思えない。だから、パトリシアと共にいる俺に、嘘をついてなどいないと信じたいが……わからない。
当のガンマは腕組みをして、難しそうな(あまり表情に変化はないが)顔を浮かべるだけで、説明してくれる気配はない。
パトリシアが言っていたように、まだ頭の中で話す順序を考えているのだろうか。そうやって、俺がいろいろと考えていると、ガンマは腕組みをやめ、おもむろに口を開いた。
「……この事実を部外者であるおまえに言うのは抵抗があるのだが――」
「それは、ここで言うことが難しいこと……なのか?」
俺はそう言うと、ちらりと横目でパトリシアを見遣った。パトリシアはなんだか、不安そうな顔でガンマを見上げている。
「――いや」
吹っ切れたのか、それとも自分の中で何らかの整理がついたのか、ガンマは俺をまっすぐ見据え、淡々と話し始めた。
「この事態だ。うだうだと悩むのも時間が惜しい。……端的に言う。儂はネトリール人ではない」
「――え」
「ええええええええええええええ!?」
俺の声をかき消すほどの声が、部屋中に響き渡る。
当然、声を上げたのはパトリシアだった。今は恥ずかしそうに口元を押さえているが、表情からは驚きの色が消えていない。
「も、申し訳ありません……。ですが、団長様が……その……えっと、それはほ……本当……なのですか?」
「すべて真実でございますパトリシア様。こちらこそ今まで黙っており、申し訳ありません。時機を見て、いずれ話そうかとは思っていたのですが……」
「……ということは勿論、この事はおとうさ……国王も?」
「はい。国王はこの事を存じておられます。しかし、たとえ地上人でも、儂は国王に拾われた身……この身、この心は既にネトリールとともに――」
「あー……良いこと言ってるところ悪いけど、たぶんパトリシアの耳には入ってないと思う」
俺はそういって、パトリシアを指さした。
「知らなかった、そんなの……」
茫然自失。
パトリシアは口をあんぐりと開けながら固まってしまった。たしかに、地上人とネトリール人は外見では区別がつけられないほど似通って(俺には同じに見えるて)いる。したがって、区別がつかない……なんてことは、往々にしてあるだろう。しかし、一国の騎士団のそれを束ねる団長であるガンマの正体が、他国の……それも地上人だという事に、ここまで驚くようなことなのだろうか……?
……しかし、俺は不思議と、ガンマが地上人だということに、疑問を抱かなかった。
たぶん、さきほどの戦闘を見たからだと思う。
あの動きは、付与魔法を知っている者……つまり、かけられたことがある者の動きだった。
具体的に言えば、警備兵に繰り出したあの膝や、手刀はすべて、付与魔法がかかっていない部位での攻撃だったからだ。
だから俺はあの時「ネトリール人なのによくわかったな」と言ったのだ。
「……おまえは、パトリシアと違い、あまり驚かないのだな」
「いや、これでも一応驚いてるよ……けど、それだけだと、パトリシアも対象にならないってのは、繋がらなくないか? まだちょっと意味が――」
そこまで言って、俺はようやく事の重大さを理解する。
純粋なネトリール人じゃないからリヒトの心臓を受けない。
だったら、ここにいるパトリシアは……
「パトリシアは……じつは王族じゃない……のか?」
「いや、パトリシア様は紛れもなくネトリール王家の血筋を引いておられる。正真正銘の王女様だ」
「だ、だったら……! もしかして、ネトリールの王族というのは……地上じ――」
「暴走するな。パトリシア様がリヒトの心臓の影響を受けないのは別の理由がある」
「別の……理由?」
「そうだ。……さっき言っただろう100年ほど前、リヒトの心臓がおかしくなったと」
「あ、ああ。そんなこと言ってたな」
「その時は、その時代の国王を含め、ネトリール中の人間が一斉におかしくなったのだそうだ」
「ま、まじか……それで、どうやって持ち直したんだ?」
「結局その時はリヒトの心臓が自己修復を図り、ゆっくりと戻っていったらしいのだが……」
ガンマはすこしだけ間を置くと、また話し始めた。
「その自己修復が完了するまでおよそ10年以上も費やしたそうだ」
「じ、10年!? もしかしてその間、このネトリールでは……」
「そうだ。誰一人として正気を保っている人間はいなかった」
「なんてこった……やばすぎるだろ、それ……。でも、誰一人として正気を保っていなかったのに、よくガンマはその事を知ってたな」
「記録だ。リヒトの心臓が出来てから、今に至るまでの全てのネトリールの記録を、俺は見る機会があった。今、俺が語っているのはそのほんの一部に過ぎん」
さすが、騎士団の団長ともなってくると、そんな事まで知っているのか。
どう考えても、これは部外者に話すような内容ではない。
……というより、話していいような内容ではない。明らかに特級クラスの機密情報だ。俺に話すのを渋っていた事も頷ける。
――ふと、横を見ると、いつの間にか復活していたパトリシアが、熱心にガンマの話に耳を傾けていた。
「……それから、このような事件を二度と起こさぬよう、ある対策を施した。それが王族の独立化だ」
「独立化……? 王族を? どういう意味だ」
「……混乱させてしまったか。安心しろ。おまえが思っているような『独立』ではない。要するに、王族の体に特殊な磁場を発生させる装置を取り付けたのだ」
「特殊な……磁場……」
「もっと簡単に言ってしまえば、リヒトの心臓の影響を限りなく少なくする装置だ。独立とは、リヒトの心臓の管理下から外れる事を意味する。こうすることにより、リヒトの心臓になにか異常をきたしたとき、王族の人間だけは自由に動けることが可能になり、速やかに問題に対処できるようになる」
「な、なるほど。そんな便利なものがあったのか……でも、そんなことができるのなら、ネトリール人全員にその装置を付けたらよかったんじゃないのか?」
「……それは出来ない」
「それって、もしかしてコスト面の問題とかか? その装置一つ作るのに、莫大な金か材料を使うとか……」
「いいや、それは関係ない」
「じゃあなんで――」
「その装置を付けると、死んでしまうからだ」
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