第107話 筆頭勇者の狙い


 グラグラと、大きく地面が――ネトリール全体が揺れている。

 立っていられないほどではないが、安全策のため、俺は片手を床についてひざを折り、揺れが収まるのを待った。



「ど、どうなっているんですの……!?」



 突然の揺れに怯えたパトリシアが、声を震わせながら周りを見回した。



「……これほどまでに揺れるとは……もはや……」



 ガンマはそう小声で呟くと、険しい表情のまま俺を見た。



「――ユウト。おまえの連れはどこへ消えた?」


「連れ……」



 なぜガンマが俺の連れの情報を知っているのかが一瞬引っかかったが、ガンマはここの騎士団長だ。俺たちのパーティを把握していてもおかしくはない。そしてこの場合、現在行方不明のアーニャじゃなく、ましてや気絶しているヴィクトーリアでもないから――



「連れってのは……ユウの事だろ?」


「いいや、ジョンという魔術師の事だ」


「ジョン? あいつは俺の連れじゃな……て、いや、ちょっと待てよ……」



 俺はここではじめて矛盾に気がついた。俺が起きた時、パトリシアの言っていたことが本当だったなら、あいつらは処刑されるはずのヴィクトーリアを奪還するために行動しているはずだ。でも、当のヴィクトーリアはここで気絶していて、二人の姿は見当たらない。これは一体……?



「パトリシア、ジョンたちは?」



 俺はそう言ってパトリシアを見たが、パトリシアもそのこと矛盾に気がついたのか、首を横にブンブンと振ってみせた。



「も、申し訳ありませんユウトさん……わたくし、たしかにお二人からそう聞いていたのですが……」



 パトリシアの表情に嘘の色はない。だとすれば、あの二人の身に何かあったのか? ……いや、ここに至るまでに強敵と呼べるほどの敵と遭遇していない。たとえそんなのがいたとしても、ここまでの騒ぎでそれほどの者が駆り出されていないはずがない。さらに激しい戦闘跡も一切見当たらなかった。

 なによりユウならどんな敵が現れようとも、ここまでたどり着けたはずだ。

 だとすれば迷子になった可能性だが……それも、ジョンがいる以上考えにくい。

 ――あと、考えられるとすれば、あの二人(たぶんジョンのほう)がパトリシアに嘘をついた可能性だ。



「す、すみません! わたくしわたくし……」


「いやいや、大丈夫。謝らなくてもいいよ、パトリシアが嘘をついていないのはわかってる。……けど――」



 けど……なんだ? あの胡散臭いジョンはともかく、ユウもパトリシアに嘘をついたってことか?

 ……いや、それは考えにくい。

 だが、少なくともユウはパトリシアの前で、ジョンがついた嘘を否定しなかった。その理由はわからないが、あのユウが何も考えずにそんなことをするはずはない。なら、ユウは『パトリシアには知られたくないような場所へと向かった』と考えられる。

 ――『パトリシアに知られたくない場所』そしてこの『大きな揺れ』

 なんとなくその場所は見えてきたな。でも、なんでそんなことを……?



「気づいたか?」



 ガンマが俺のほうを見ながら言ってきた。



「二人が向かった場所だろ? やっぱり……心臓か」


「恐らくな」



 俺の推理に対して、ガンマは頷くことなくそう言った。



「そして此度の大きな爆発に大きな揺れ……もはや、一刻の猶予もない」



 二人が心臓へと向かった理由、それは十中八九心臓を破壊すること・・・・・・・・・だろう。



「……ガンマ、おまえさっきネトリールの人間は心臓と繋がっているって言ってたよな? てことは、心臓を破壊されればネトリールの人間たちは……?」


「それに関しては問題ない。さすがに意識をリンク接続していたからといって、命まではリンクしてはいない。心臓が停止すれば、リンクも切れるだろう。さすがにそこまでのリスクを負うのは危険だからな……だが、何しろこれは初めてのケースだ。儂も、ここまでキレた・・・奴らを見るのは初めてだ。いくら命そのものがリンクしていなかったとしても、不測の事態は起こるやもしれん。それに、そもそも心臓を失ったネトリールはそう長くはもたん。制御しなければ、墜落する」


「墜落って、もしこんな巨大な塊がこの高さから落下したら、どれほどの被害が出るか……」



 今にして思えば、あいつが最初に言っていた『人質の解放』ってのは、嘘や出鱈目でもなんでもなく、ネトリール諸共人質を消し飛ばすという事の暗喩だったのか。そうすることで、人質とネトリールの人間全員を事故に見せかけて始末するできる。ジョンの……ひいてはあの外道勇者ユウキの考えそうなことだ。

 そしてユウはおそらく、ジョンに言いくるめられて、よくわからないまま付き合わされている。自分が数えきれないほどの人間を殺してしまうかもしれないのに。



「そ、そんな……! あのジョン様がそのようなことを……!」



 パトリシアはそう言うと、両手で口元を押さえた。ショックを隠せないでいるのだろう。だけど、それも仕方ない。よくよく考えると、俺はともかくユウキのパーティはここの人間からしたら英雄みたいなものだ。そんなやつが今まさにネトリールを潰そうとしているのだから、パトリシアの内心は察するに余りある。



「つまり結局、あいつは元からこのネトリールを潰すために動いていたという事だよな」


「いや、儂の見立て通りならそれは過程にすぎん」


「過程……?」


「そもそも、此度のネトリールの反乱がなぜ起こったか、おまえは知っているか?」


「それは今まで地上人に虐げられてきたことに対する復讐……て、ちょっと待て、なんで今そんな事を訊くんだ? もしかして、こうなるようにジョンが先導したって言いたいのか?」


「そうだ。そもそも此度の反乱を焚きつけたのはあいつ自身だ」


「いや、でも、なんの為に? わざわざネトリールの人間を焚きつけて地上人と対立させてからネトリールを潰す……それこそメリットなんてないだろう。勇者の酒場ギルドへの点数稼ぎがしたいなら、ほかに方法はいくらでもある。こんな大事にしてまでやることじゃない。それに、もしこんなことが知れたら――」


「ユウト、おまえはネトリールの空路を知っているか?」


「い、いきなりだな。……空路、つまりネトリールがどこを通っているかだよな? まあ、大まかにはな。この時期だったら、ペンタローズの上空あたりをフヨフヨしているだろ?」


「そうだ。この時期、ネトリールは必ず要塞歓楽都市ペンタローズを通過する。そして、次に通るのが魔王城に最も近い都市……ジャバンナだ」


「ジャバンナって……おいおい、もしかして、あいつらの目的って――」


「そうだ。あの魔術師……いや、筆頭勇者ユウキは、このネトリールそのものを魔王城にぶつけるつもりでいるのだ」

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