第87話 人質
ユウは何食わぬ顔で、指先に火を灯してみせた。
あれは間違いなく魔法。
でも、なんで――
「なんでおまえ、魔法使えんだよ」
「……わからない」
「わからないってどういうことだよ」
「いつもどおり。特別な事なんて、してないから……おにいちゃん、使えない?」
もう魔法を使用できるのか、もしくはこの場所では使用可能なのか……。
それとも何か、また、べつの要因が関係しているのか……、とにかく、俺は目を閉じて魔力を集中させようとするが――
「無理だ」
俺はそういうと同時に、背後を振り返り、クソ魔術師を見た。
「こちらも、相変わらずです」
クソ魔術師も試したのか、ため息交じりの声で首を振った。
「……なんでおまえは使えるんだ?」
「知らない」
「特別なことはしてないんだよな? だったら、なんか……魔力を吸収されてるとか、阻害されてるって感じはないのか?」
「とくには」
嘘をついている様子もなければ、こいつが俺に嘘をつく理由もない。
だとすれば、俺たちと、ユウのこの違いは一体何なんだ……?
こいつに出来て、俺たちには出来ない。
性別……は多分関係ないだろう。生まれついての魔力の差か……?
いや、魔力の絶対量では俺もユウも同じはず。
それに、クソ魔術師だって引けを取っていない。
魔力が尽きている感じはない。それだと体は動けなくなるし、いまは体力だって、残っている。それはクソ魔術師だって同じだ。
「……ダメだな。考えてもわからん」
「おにいちゃん?」
「いや、兎にも角にも、今は時間がない。俺たちが魔法を使えないことを嘆くより、魔法を使えるやつがいることに、喜ぶべきだろう」
たしかに、魔法を使用できるようにすることは重要ではあるが、いま最優先すべきはヴィクトーリアの救出。ユウが普段通り戦えるとなると、それだけで救出できる可能性が跳ね上がってくる。
あとは――
「では、どういたしましょうか。ユウトさん」
「そうだな。ヴィクトーリアのところへ向かう前に、ひとつ確認したいことがあるんだけど、いいかな、パトリシアちゃん」
「はい、なんでしょうか?」
「いまこの時点で、どれくらいの人員が『ヴィクトーリアの処刑』に割かれているかって、わかる? 俺の予想では、ネトリールは現状、他にやることがあるから、ヴィクトーリアのほうには割いてないと思うんだけど……」
「そうですわね。ユウトさんの言う通り、配備されている人員に関しては、それほど多くはないかと。ですが――」
「なにかあるの?」
「はい。人員こそ多くはありませんが、担当しているのはネトリール騎士団ですの。一筋縄ではいかないと思いますわ」
「ネトリール騎士団、か……」
ヴィクトーリアの所属していた団だったっけ。
一応、ネトリール公認の自警団的なものだとは聞いてはいたが、その詳細までは知らない。
どれほどの強さで、どういう風な戦闘をするのかも、さっぱりわからない。
騎士団と聞いて、パッと思い浮かぶのは、剣や槍での戦闘だが、ここはネトリール。飛行船を攻撃していた、レーザーのようなもの、もしくはそれに準ずるものを使用してきたとしても、なんら不思議ではない。
それらを果たして、ユウひとりでかいくぐっていけるものなのか……。
それにしても、ヴィクトーリアが使えないコネ入団だったとはいえ、それを元同僚に始末させるかね、普通。
指示したやつは相当いい性格をしているか、それか、俺が思っている以上に、ヴィクトーリアとネトリール騎士団との間に溝があるかだ。
どちらにせよ、そいつらの対策を練るためにも、ここはパトリシアに色々と訊いておいたほうがいい。なにせ、いまの俺たちはユウを除外すれば、魔法を使えない魔法使い二人だ。
クソの役にも立たない。
「あのさ、パトリシアちゃん。ちょっと訊いておきたいことが――」
「み、見つけたぞ! 賊どもめ! 大人しく牢屋に戻れ!」
不躾にも、俺の言葉をさえぎるようにして、大音量の声が響き渡る。
ゆっくりと、その声のしたほうを振り向くと、ヴィクトーリアと同じ拳銃を持った青年が、こちらに銃口を向けていた。
黒い革の帽子をかぶり、ネトリールの正装だろうか……、同じく革の長靴に、緑のツナギのような服を着用していた。
人数はひとり。
声が若干震えていたことから、こいつがあまり、こういった場数を踏んでいないことがわかる。
見た感じ、年齢も若いし、新兵かなにかだろう。
しかし、この状況だと、そういうやつが一番厄介だったりする。
なにせ、テンパり過ぎている。
たぶん、あいつの目にはパトリシアが映っていない。その証拠に、拳銃の照準が定まっていないのだ。
変に刺激して、そのまま発砲されれば、最悪、誰かが死ぬことになる。
俺がもしここで魔法を使えていたら、強引に突破することが可能になるのだが……、今はそんなわけにもいかない。
とりあえず、不用心に
まず気を逸らして、そこから隙を作る。隙が出来れば、ユウがあとはうまい具合にやってくれるはずだ。
幸い、ここにはパトリシアもいる。気を引くには十分すぎる素材だろう。まず俺がやることは、視界が極端に狭まっているあいつに、パトリシアがいるということを認識させること。
そうすることで、あいつに躊躇させる。
そうなってくると、ここは唯一、存分に動けるユウが鍵となってくる。
……なに、危なくなれば
ここは大胆にかつ、こちらが優位であることを全力で誇示すればいい。
俺は隣にいたユウと、パトリシアに目配せした。
ふたりはそれに気がつくと、静かに頷き返してきた。
俺がそれを確認すると、パトリシアの腕をつかんで、そのまま背中へ回り込んだ。
「まあまあ、落ち着きたまへ。こちらには王女様がいる。不用意な手出しはやめてもらおうか」
「な、なんだと……!? 王女……様……? ほ、ほんとだ……この……、王女を放せ! 卑怯者!」
よし、狙いは成功だ。
こいつはいま、パトリシアのことを認識した。
そうなってくると、もう、不用意に発砲してくることはないだろう。
あとは――
「キャー、ヤメテクダサイマシー、ハナシテクダサイマシー」
……うん。
べつに主演女優ものの演技は期待してなかったけど、これはひどい。
棒読みなうえに、目線がブレブレ。
俺を見ていいのか、はたまたあいつを見ていいのか、わかっていない顔だ。
しかし、次の瞬間――
ビュン。
と風が吹き、俺たちに拳銃を向けていた青年が、白目をむきながら、前のめりに倒れた。
「終わったよ、おにいちゃん」
そう、あっけらかんとした表情で、いつのまにか、青年の背後に移動していたユウが言った。
「……どうやったんだ、おまえ」
「後ろに回り込んで、こう……、トン、て……」
そう言ってユウは、抜き手のかたちをとり、軽く振ってみせた。
「恐ろしく速い手刀……。俺でなきゃ見逃していましたね」
背後からなにやら、耳障りな声が聞こえてきたが、俺はこれを無視した。
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