第86話 合流


 仄暗い女性用の牢屋の中。

 やはり、ひとつの牢屋に付き、小窓がひとつ備え付けられているのだろう。

 窓から差し込む月光が、牢屋の中で、芋虫みたいにうずくまっているヤツの顔を照らし出していた。



「いま、出して差し上げますわ」



 パトリシアがそいつに声をかけると、手に持っていた鍵で、牢屋の開錠を試みた。

 しかし、そいつは俺の顔を見るなり、バッと立ち上がると、パトリシアの開錠を待たず、自力で牢屋から這い出てきた。



「おにいちゃん、助けに来てくれてありがとう」



 ユウだった。

 頼みの綱というのは、こいつのこと。

 出来ればこのまま、ネトリールにはこいつを幽閉してもらいたかったが、今はそんな事は言ってられない状況。猫の手……もとい、愚妹の手も借りなければいけないのが、現状である。事が終わったら、改めて幽閉してもらうことにしよう。そうしよう。

 それにしてもこいつ、いま腕力で牢屋から出てこなかったか?

 鉄柵が若干曲がっているように見えるが……、まあ、たぶん気のせいだろう。

 それか、これは鉄柵ではなく、キャラメルか何かで出来ているのだと思う。

 そうでなければ、魔力に頼らず、自力でここから這い出たことになる。

 そんなことが出来るのは、せいぜい、筋肉ゴリラか大天使アーニャちゃんくらいだろう。

 それと、何を血迷ったか、『助けてくれてありがとう』などと、のたまっていたが、もちろん、俺は何も助けてなどいない。

 人というものは見たいものだけを見て、聞きたいことだけを聞き、感じたいことだけを感じる。例えば俺がここで、ユウを見捨てたとしても、こいつは勝手に牢屋から出てきて、『おにいちゃん、助けに来てくれてありがとう』と言っただろう。

 なんてやつだ。

 ……なんてやつだ。



「俺はなにも助けてねえよ。……てか、自力で出られるんなら、なんで捕まってたんだ……」


「おにいちゃんが来てくれるかなって」


「……それ、理由になってなくね?」


「それよりも、そこにいる人たちは……?」


「聞けよ」


「なあに? 聞くよ?」


「はぁ……、もういいや。いまは非常事態だから、さらっと紹介していく。まずはこれ、この妙に絡んでくる痴女が、ユウ。いちおう俺の妹ってことになってるけど、そうじゃないと願いたい」


「こんにちは、痴女です。おにいちゃんの性奴隷兼、妹です。よろしくお願いします」


「よ、よろしくですわ……」



 パトリシアとクソ魔術師の視線が痛い。

 俺の心臓に抉るようにして、突き刺さってくる。



「いやいや、だから、そういうのはやめろ。誤解するだろうが」


「誤解? 誤解って、なにを?」


「もういいや。おまえには話は通じないみたいだから、次に行く。で、こちらはアーニャの妹さんで、第二王女のパトリシア」


「よろしくお願いしますわ」


「そうなんだ。よろしくね。なんとなく似てると思った」


「ということは、こちらの妹さんが……?」



 質問を投げかけてきたのはクソ魔術師。

 他人に興味を持たない男だが、珍しく、ユウに興味を示している。

 まあ、見てくれは悪くないからな。



「そう。俺のパーティの一員。まあ、(仮)だけどな」


「そうでしたか……、この人が……」


「それで、こっちの男が……男が……」



 言いかけて俺は口をつぐんだ。

 どう説明すればいいんだ。

 ここで、クソ魔術師がクソ勇者のパーティだという事がわかれば、ユウは間違いなく、容赦なくこいつを襲うだろう。

 そうなてしまえば、あとはもう、この牢屋中に鮮血が舞い散ることになる。クソ魔術師の。

 前はそうでもなかったが、こいつが筋肉ゴリラに負けてから、こいつの落ち込み様は半端じゃなかった。今まで日に十回以上してきたセクハラも、その日を境に三回しかしてこなかったり、とにかく、いまは余計な情報は与えないほうが吉だろう。

 かといって、クソ魔術師の情報を意図的に捻じ曲げてしまえば、さきほどみたいにツッコミがはいって、勝手に自己紹介されかねない。


『こいつは犬だ』

と紹介して、

『わんわんわん』

とボケをかましてくるやつなら、俺はそういう紹介をする。けど、たぶん実際は、

『こいつは犬だ』

 と紹介すれば、

『はじめまして、俺はユウキのパーティのジョンです』

 と躱され、

『ブッ殺す!!』

 となってしまうだろう。

 この状況を回避するには、俺は一体、どうすれば――



「どうしたの? おにいちゃん?」



 目の前に突然、ユウの顔が現れる。

 いきなり黙ってしまったからだろう。俺の顔を下から覗き込むようにして見てくる。



「いや、なんでもない」


「そうなの? ほんとに大丈夫?」


「あ、ああ……まあな」


「それで、あの男の人は……?」


「フ……他の男の事なんて、どうでもいいだろ」


「え」


「おまえは俺だけを見ていろ!」


「やだ……、おにいちゃん。かっこいい」


「いいな?」


「はい」


「……なんなんですか、この茶番は」



 もっともだ。

 俺がおまえでも、そういう感想を吐いただろう。

 けど、なんとかこいつの興味関心を、クソ魔術師から引き離すことに成功した。そして、クソ魔術師もなんだか若干引いている。しかし、その代償として、ユウが俺の腕にやたらと、自らの胸部を押し付けてきている。



「それで、ユウトさん。ここまで来たのは良いのですが……、これからどうするおつもりですか?」


「そうだった。おいユウ、武器は……没収されたみたいだな。さすがに」


「うん。あたしは気がついたらここにいたよ」


「ここに着いたとき、おまえとヴィクトーリアはたしか気絶してたんだよな……」


「そうみたい」


「じゃあ、別段、ここの事に詳しくはないのか……」



 でも、こうして戦力ユウは手に入れた。

 こいつは俺たちと違い、魔法なしでも戦える。

 できればこの、魔法を使えない現状をどうにしたかったが……、どうだろう。

 ユウひとりでなんとかできるか……?



「おにいちゃん、なにか問題でもあった?」


「ああ、まずはそのことだな……」



 俺はさきほどパトリシアから聞いた、ネトリールの現状と、ヴィクトーリアの事について話した。



「――ということだ」


「ここ、魔法使えないの?」


「ああ。現状、ここで魔法を使うことは――」



 ユウは俺の言葉を遮るようにして、自らの指に火を灯した。

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