第82話 第二王女
「見当たらないって、ひとりも?」
「はい」
「いや、そんなわけないだろ。だっておまえ、ここには勇者の酒場があるし、それでここに駐在してる職員や、冒険者たち、なんならネトリールに観光に来ている地上人だって……」
「いるのなら、ここの牢屋に収監されているはずです。ネトリールの牢屋は、ここにしかありませんからね。しかし、ここには俺たちしかいない」
「……え、じゃあ、もうここにいた地上人は全員殺したのかよ」
「さあ?」
「『さあ?』っておまえ、殺されるかもしれないのに、余裕だな」
「余裕なワケありませんよ。俺だって必死で抜け出そうとしているんです」
「そこに座って?」
「ええ」
「頬杖までついて?」
「はい」
「ちなみに、なにか考え付いたのか?」
「とくには」
「ダメじゃん」
「……ですが、すこし不思議に思えませんか?」
「おまえの能天気さ加減にか?」
「勿論、違いますよ。ただ、地上人を殺すのが目的であれば、こうして捕まえる必要なんて、ないですよね」
「……なんだよ。どういう意味だ」
「わざわざここまで運んできて牢屋に入れるより、その場で直接、見つけ次第殺せばいい。……けど、それをやらなかった」
「……倫理観とかじゃないのか? 街には子供だって、一般市民だっている。そういう人たちの目の前で人を殺すのは、さすがにやりすぎだと思った。だから自重したとか」
「ネトリールの目的は地上世界の一掃です。そんなものにまで配慮していれば、目的遂行まで何百年もかかってしまう」
「じゃあ……、ただ単に殺せなかったとか?」
「
「ああ」
「それは考えにくいでしょうね。フィジカルにモノを言わせる、セバスチャンならともかく、魔法も使えない俺たちなんて、殺すのはそこまで難しくない。やろうと思えば、いつでもできるでしょう」
「じゃあ、おまえは何だと思うんだよ。俺らをすぐに殺さなかった理由」
「……わかりませんね」
「なんなんだよ、今の間は。……でもさ、実際ここには、俺とおまえしかいないんだよな。そこはどうなんだ? ただの順番待ちなのか、それとも――」
「やはり、殺されるのでしょうね」
「はやっ!? いやいや、何あきらめムードになってんだ、おまえは。もうすこし頑張って考えろよ! そして、今更だけど俺の拘束を解けよ」
「イヤですよ」
「え?」
「何を言っているんですか。目隠しを外したのは、単なる俺の気まぐれ。調子に乗らないでください。俺にそこまでする義理はありません。それに、その態勢……、あなた
「愉快って、おま――」
「おっと、失礼。無様の間違いでしたか」
「あれあれ? いいの? そんなこと言って、いいの? キレちゃうよ? こちとら、もう何時間も体動かしてないから、準備運動と称してボコボコにしちゃうよ?」
「かまいませんが。出来るものならどうぞ」
「おーし、わかった。其処に直れ。今すぐぶん殴ってやるから、とりあえず拘束解け」
「どのみち、俺に頼ってるじゃないですか。まあ、どうしてもって言うなら、解かないでもないですが……、条件があります」
「条件っておまえ、俺に何を――は!? まさか、パーティに戻って来いとか言うんじゃないだろうな? なんという卑怯。なんという卑劣。俺はおまえと同じパーティであったことを、心から恥じる。恥ずかしいよ、俺は! 恥ずかしいよ!」
「いえ、戻ってこなくても結構です。今ここで、土下座してください。あのとき――脱退したときも、たしかやってくれてましたよね。あれ、面白かったんで、もう一回お願いできますか」
「ッ!? くぉの体勢で出来るわけ――」
こいつは、俺に謝ってほしいわけでも、ましてや土下座してほしいわけでもない。
こいつは、土下座という行為すらできない(やりたくもないが)俺を嘲笑したいだけなのだ。ただ、もぞもぞしている俺を笑いものにしたいだけ。
俺は条件反射的に体を屈めると、足首で地面をけり上げ、体を思い切り伸ばした。
ちょうど、スプリングのような要領で飛び跳ねると、そのまま、クソ魔術師めがけて全身全霊の体当たりを繰り出した。
「――ねェだろうがァッ!!」
しかし、その捨て身の一撃は、クソ魔術師に寸でのところで躱され、俺はそのまま藁の上へどさっと落ちてしまう。
「全然『寸で』じゃありません。俺は余裕をもって躱しました」
「地の分を読むんじゃねぇ! 人をバカにしやがって!」
「……まあ、いいでしょう。解いてあげますよ。拘束を」
「え? まじで?」
「ええ。楽しませてもらいましたし」
「……おまえは絶対凹ませる。自尊心的にも、物理的にも」
「楽しみにしています」
クソ魔術師はまるで、壁に話しかけるようにそう言うと、俺の背後に回り、ガサゴソと縄を解き始めた。
しかし、その途中で、手がピタリと止まった。
なんだこいつは。
まだ俺を辱めたりないのか。
まだ俺を辱めんと欲するのか。
いい加減にしろ。
「おい、テメェ。やるならさっさとやれ!」
「えっと、あのー……、お邪魔……、だったかしら?」
突然の女の声。
ユウの声でも、ヴィクトーリアの声でも、ましてやアーニャの声でもない。
俺はぐりんと首を回し、声のした方向を見た。
いままで気にしていなかったが、この牢屋は鉄格子をはめられているタイプではなく、見るからに頑丈そうな扉があるだけだった。
簡素といえば簡素だが、魔法が使えないこの状況だと、とても脱獄できそうにないように思えた。
そして、その頑丈そうな扉の中央から少し上。
そこには中の様子を見るための、小窓のようなものがついていた。
声の主はそこから俺たちの事を、若干、引いている目つきで見下ろしていた。
「……えっと、すこし、時間を改めますわ。おふたりはそのまま、お楽しみくださいませ」
そう言って、覗き用の小窓がカシャリと閉まる。
俺は突然の事に、すこし固まっていたが、すこし間をおいてから――
「ご、誤解だ! 戻ってきてくれ!」
と、半ば絶叫するように叫んだ。
すると、ややあって、再び小窓が開き、さきほどと同じ目が俺たちを捉えた。
「……案外、お早いのですね……」
「いやいや……いやいやいやいやいやいやいや! ちがう! 君が思っていることなんて、これっぽっちもやっていない! 誤解だ! こいつには俺の拘束を解いてもらってただけだ! それだけだ! たしかに、いきなりその場面を遭遇してしまうと誤解しかねないが、決してそんなことはない! 重ねて云う。これは誤解だ」
「……人間、やましいことがあればあるほど、饒舌になるというもの。最早、
「申し上げてください……ッ! あと、おまえもなんか喋れや! なに黙ってんだよ! 余計怪しまれるだろうが!」
「それは黙りますよ。なにせ、お相手はこのネトリールのお姫様なのですから」
「……え? 姫?」
カチャリ。
鍵が開き、扉がゆっくりと開く。
外から、身なりの良い女性が、「よいしょよいしょ」と言いながら、扉を押して入ってくる。
姫……と呼ばれていたが、どう見てもアーニャには見えない。
それどころか、アーニャよりも年上、ヴィクトーリアと同世代くらいの子に見える。
しかし、その顔はどことなくアーニャを連想させ、姉妹といわれれば納得してしまうほど。
アーニャと同じ、鮮やかな金色の髪は、腰くらいまで伸びており、ウェーブがかかっている。
顔はよく見ると、アーニャの顔をそのまま、大人にさせた感じ。
牢屋の扉が完全に開くと、その子は小走りで牢屋の中へと入り、扉を閉めた。
なんというか、動作のひとつひとつに気品を漂わせている。
扉を閉め終えると、女の子は俺たちにぺこりとお辞儀をし、そのままゆっくりと顔を上げた。
「ごきげんよう。私、ネトリール王家第二王女。パトリシアと申します。以後、お見知りおきを」
――――――――
読んでいただき、ありがとうございました。
先日、久しぶりに読み返してみたのですが、誤字や訳の分からない日本語のオンパレードに、愕然としてしまいました。
一応投稿する前に見直したりはしているのですが、なにぶん、本文はほとんど寝ながら書いているので、誤字誤植が多く、校正が追い付かなかったり(完全に自分の責任)するのです。気づいたら、自分で直したりはしているのですが、作者は頭と目が悪いので、気づかないことも多々あります。
ですので、読んでいて、「ここ変だな」とか「誤字ってるな」とか「作者、頭大丈夫か」等々、感じることがあれば、言っていただけるとものすごく助かります(甘え)。
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