第80話 勇者の酒場の使者
――ドスン。
「ぐ……っ!」
急な衝撃におもわず声を洩らす。
俺の体が硬いに床にぶつかり、ゴロゴロと転がる。
どうやら、乱暴にここ――会話の内容から察するに、牢屋へと放り込まれたようだ。
未だに視界は暗いままだけど。
「そこで仲良く転がって、反省しておくんだな、地上人!」
俺に向かってだろう。
容赦なく上から言い放たれる。
「そこで仲良く転がって、反省しておくんだな、地上人!」
「……おい貴様、なぜわたしと同じことを二度言った?」
「え、大事な事だから……?」
「やはり貴様、わたしをバカにしているのではないか?」
「サー! イエッサー!」
「よおし! 貴様には、あとでたっぷりと始末書を書かせてやる!」
それだけ言うと、声の主が遠ざかっていった。
俺は完全に置いてけぼりだ。
「あの、すみませーん! せめて、俺のこの目隠しを……!」
聞こえていないのか、意図して無視しているのか、カツンカツンと、足音だけがどんどん離れていく。
ちなみに、いまはユウとヴィクトーリアのふたりはおらず、さきほどの会話から察するに、べつべつに分けられたのだと思う。
俺は男性囚人用の牢屋、ユウは女性用、ヴィクトーリアは……どうやら、ネトリール人の間では、ヴィクトーリアは有名人らしく、あの後、すぐにどこかへと連れていかれてしまった。
だからそのぶん、さっきのネトリール人が発した『仲良く』という単語がひっかかる。ここにはユウもヴィクトーリアもいない。
ということは、もしかして先客がいるのでは――
「おや、これはこれは……、思いがけないところで、思いがけない方と再会ですか……」
「だ、だれだ……!?」
「だれだ、とはご挨拶ですね。元パーティの人間はもう、記憶から消去されたのですか……?」
「おまえは――」
俺の元パーティってことは、いまここには来れないであろう、
「ど、どっちだ……!?」
「はぁ……、ジョンですよ」
そう言って、俺の目隠しがするすると外されていく。
かすかに牢獄内を照らす陽光が、俺の目を容赦なく突き刺す。
しばらく目をすぼめ、光に慣れさせると、次第に視界がひらけていった。
「――ああ、クソ魔術師のほうか……」
「ふむ……口の悪さは相変わらずですね」
眼前には、オレンジ色の髪の、神経質そうな男の姿があった。
その男は俺の嫌味に、眉ひとつ動かすことなく答えた。
『意外』と言っていた割に、驚く様子も、取り乱す様子も全くない。
どちらかというと、気にも留めていない、そんな反応。
朝食に卵はひとつと聞かされていたのに、ふたつ出てきたようなリアクション。
俺と同じようにローブを羽織っているが、俺と同じようにフードで顔を隠してはいない。
俺とは違って、特に手足は拘束されておらず、クソ魔術師は俺の視界を覆っていた布を持ったまま、牢屋隅、藁が積まれているところに座った。
魔術師ということもあり、体の線は細く、手足はそこそこ長い。
よく知っている。
俺はこの男をよく知っている。
あの頃からなにひとつ変わって……いや、少し違和感はあるが、こいつの顔をまじまじと見たことがなかったため、よくわからない。
ここは、なにも変わっていないと言っておこう。
何も変わっていない。
こいつは、何も変わっていない。
「おまえは何も変わっていない」
「……どうしたんです、急に」
生まれつき持っている(俺ほどではないが)膨大な魔力と、魔法に造詣が深い一族出身であることから、稀代の魔術師と謳われていた。
西方にある、格式高い魔術院(名前忘れた)の入学試験を、魔術院史上最高得点で合格。鳴り物入りで入学。
在学中も、生徒であるにもかかわらず、度々、臨時で教鞭を振るっていたこともあり、卒業後は宮廷付きの魔導士か、はたまた第一線で活躍する凄腕魔術師か、どちらにせよ、華々しい将来を嘱望されていたこいつの末路は、見るも無残な魔術院の追放だった。
理由は簡単。
こいつが、自分の実力や地位や名誉を鼻にかけ、傍若無人に振舞うやつだったからである。要するに、嫌な奴だ。
出る杭は打たれる。
こいつの活躍を快く思わない輩が、こいつを罠にはめ、色々と問題を起こさせた。
やがて魔術院側も、いろいろとかばい切れなくなり、あえなく退学処分となった。
そのことで、こいつの実家もこいつを見限るようになり、以降、姓を名乗ることを許されなくなる。
しかし、当の本人は特に気にする様子はなく、どこ吹く風。その退学を甘んじて受け入れた。
これで事態は、こいつがものすごく損をしただけに終わった――かに思えた。
事件は、こいつの退学から数年後に起こる。
こいつを退学まで追いやった輩の卒業式のときだった。
そいつらが突然、一斉に、謎の失踪を遂げたのだ。
理由は不明、原因も不明。
ただ、突如として、この世から消された。
いや、
というのも、失踪者全員にはある共通点があり、全員が全員、失踪する直前に遺書のようなものを書き残していたのだ。
内容は『疲れた』や『希望を失った』などという、ありきたりな文面のみ。
たしかに、そういった理由で失踪する可能性は、無きにしも非ずだが、失踪者は全員、名門魔術院の卒業生。謂わば、引く手あまたのエリートなのである。
全員が全員、希望を失っている筈がないのだ。
この件を
ちなみに、現在でもこの事件は解決していない。
事件関係者一同、こいつを疑っているが、罰を受けないのは、その証拠が綺麗さっぱり、ひとつもなかったからだ。
もう、はっきり言って、クソである。
したがって、クソ魔術師。
それ以上でも、それ以下でしかない。
ちなみに、クソ魔術師は退学して間もなく、
無論、このことからして、あいつも関わっていることは、火を見るよりも明らかである。
つまり、あいつもクソなのだ。
「口が悪い? 俺がか? いやいや、おまえよりはマシだと思――」
「……なんです? どうかしましたか?」
「そういや、おまえ……、眼鏡は?」
眼鏡。
こいつの第二のあだ名である。
『クソ魔術師』と『眼鏡』
俺はときどき合体させて『クソ眼鏡』という愛称で呼んでいたが、そのトレードマークである眼鏡が見当たらない。
本来、俺は興味のない人間の眼鏡ごときに、気に留めるはずなどないのだが、こいつの場合は別である。
というのも、眼鏡有状態と眼鏡無状態のこいつでは、性格が正反対だからだ。
眼鏡有のこいつは、今のこの、物静かな話し方がウソのように暴力的になる。
理由は、焦点が合うからとかなんとか……、よくわからないことを言っていた。
要するに、二重人格か何かなのだろう。
それにしても、そのきっかけが眼鏡って……。
「取られました」
「取られたって、ネトリール人にか?」
「それ以外に、誰がいるというのですか?」
「ムカつくなあ。その言い方」
「没収されたのですよ。ネトリール人に」
「ふうん」
「フ……、そちらから訊いておいて、三行で興味を失うのですね……。まあ、それいいとして、どうしてあなたがここに?」
どうやら、こいつは心底、俺に興味はないのだろう。
その証拠に、俺と視線をまったく合わそうとはせず、物思いに耽っている。
その感じにムッとした俺は――
「おまえこそ、なんでここにいるんだよ」
と、質問で返してみた。
ここでやっと、クソ魔術師がすこしイヤそうな顔をして、俺に向き合った。
「……ただの仕事ですよ」
「ただの仕事? ネトリールに……仕事?」
「なぜわざわざ、二回も訊くんですか……」
「いや、意外だったからな。で、どんな仕事だよ」
「どうってことはありません。人質の解放ですよ」
「人質の解放……?」
「オウムですか、あなたは。そんなにバカみたいに反芻しなくても、きちんと聞こえているでしょうに」
「おまえこそ、イチイチ突っかかってんじゃねえよ。ただの会話のとっかかりだろうが。イライラしてんじゃねえ」
「……人質の解放、そのままの意味ですよ。あなたも知っているでしょう。ネトリールの状況を」
「まあな。でも、おまえがそんなことするのかよ? 興味ないだろ? どうせ、誰が死のうが、誰が生きようがとかさ」
「はい。まったく」
「じゃあ、あれか?
「違いますが……、まあ、そんなところです」
「意味が解らん」
「つまり、ユウキの指示でもあり、
「はあ? ますます意味が解らん」
「さすがにこう、問題ばかり起こしていれば、いずれ勇者の酒場から正式に、しかるべき処置を受けるかもしれない。そう考えたユウキは『たまには勇者の酒場にも、媚を売らなきゃな』ということで、急遽派遣したのが俺ですよ」
「つまり、勇者の酒場が困ってるから、助けて恩を売ってこい、てクソ勇者に言われたのか」
「はい。それで合っています」
「……じゃあ、あれか? ペンタローズに現れた、勇者の酒場からの使者って、おまえのことか?」
「おや、よくご存じで。もしや、あなたもペンタローズから?」
「まあ、な。俺もペンタローズからここまで飛んできた。……でも、あれだな。お前ともあろう者が、そのザマか。笑えるな」
「……どうやら、あなたはご自身の状態をわかっておられない様子。滑稽とはまさに、このことですね」
「言うじゃん」
「ところで、あなたは何しに?」
「俺か、俺はな――」
俺は目の前のこいつに対し、今までの事をなるべく隠して、かつ簡潔に、それでいて大部分は端折って説明した。
つまり、嘘話をでっちあげた。
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