第79話 犠牲の果てに
「こりゃあ……、本格的にヤベーですぜ。誰かが魔動力源見てこないと、墜落しちまう」
リカルドさんが、いかにも深刻そうな声で呟くように言った。
「うおい、ヴィクトーリア! ネトリールに着くまで平気じゃなかったのかよ! 攻撃のスパンとか、全然関係なかったじゃねえか! なんか、バカバカ撃ってきてるぞ!? ずっと飛行船、振動してるし!」
「さすがに、これほどレーザー撃ってくるとは、予想外だった。すまん。墜落するかもしれない」
「謝るな! マジでやばい感じを醸し出すな! なんか、大丈夫だと言ってくれ!」
「えっと、大丈夫だ」
「うそをつくな!」
「ええ……なら、どうしたらいいんだ……」
「いますぐ俺のこの拘束を解け! この船全体に、付与魔法をかけるから!」
「そんなこといって、逃げ出すつもりじゃないだろうな……」
「ここからどうやって逃げ出せるんだよ!? 逆に教えてくれよ! なあ!」
「――ッ!? おい、どっか掴まれ! オメーらァ! 雲を抜けるぞ!」
クロガネさんが突然、そうやって怒声を上げるが――
「どこに!?」
視界を遮断され、床?に転がっていた俺は、どこに掴まっていいかなどわかるはずもない。仕方なく、手近にあったなにかに、前屈するようにして抱きついた。洗濯ばさみのように。
そして、なぜか
「……なにこれ」
「お、おにいちゃん……こんなところで……っ!」
なぜかそれだけ言って、口ごもるユウ。
そのせいで、俺がいま、どのような状況下にあるかがわかってしまった。
視界がふさがれていても、ユウの表情が、手に取るようにわかってしまう。
あえて、どうなっているかはもう、言うまい。
……俺はそのまま、それについて考えるのを止めた。
「三、二、一、……でるぜえ!」
クロガネさんの声を合図に、飛行船が縦に小刻みに揺れる。
そして、しばらくして――
「すごい……ここが、雲の上……天空都市ネトリール……」
近くにいたユウが、溜息を吐くように、そう洩らした。
さぞかし、ユウの目には絶景が映り込んでいるのだろう。
俺は生憎と、視界を塞がれて、なにも視認することはできていない。けど、気のせいか、目隠しをされている今の状態でも、周囲が明るくなった感じはする。
「見惚れてる場合じゃあねェぞ! まだアチラさんの攻撃は終わってねえ!」
その通り。
振動は未だ止まず、というか、さきほどよりも強く――
ドガァン!!
目が覚めるような、体が宙に浮くような、そんな、ひと際大きい揺れと爆発が起こる。肌をチリチリと焼くような、そんな熱気も伝わってくる。
そして気のせいか、ビービービーと、ブザー音のような、不吉な音も聞こえている。もしかして、これって――
「おいおい……」
「どうしたァ、バカ弟子! 状況を報告しろォ!」
「……親方。悪い知らせと、もうひとつ――」
「こんな時に勿体つけンじゃあねぇ! さっさと言いやがれ!」
「魔動力炉に、修復不可能なダメージっす」
「ち……じゃあ、さっきの揺れはやっぱり……。んで、良い知らせってのは?」
「んなもんないっすよ。悪い知らせと、もっと悪い知らせしかねっす! あと数秒で、この飛行船は落下するっす! この高さから落下したら、さすがに助からねっすね」
「ええええええええええ!? どうすんの!? 俺、このまま目隠しされたまま死ぬってこと!?」
「狼狽えるな小僧! ……しゃあねえ、バカ弟子。アレを用意しろィ!」
「やれやれ……、ま、もうできる事っつったら、もう、それしかないっすからね」
「……巻き込んじまってすまねェな」
「はは、何をいまさら言ってんすか」
「……アレ? 『アレ』ってなんのこと?」
「さ、ニイチャンがた、付いて来てくんな」
「え? ちょ……」
俺の問いかけは無視。
そして、俺の体は再び、(たぶん)リカルドさんに抱えあげられる形になった。
「お、おい、リカルドさん、この状況で、どこへ行くつもりだ? 私たちはまだ諦めて――」
「ああ、もちろん。俺たちも諦めてなんかいねえさ。――さ、はやく付いてきてくれ。時間がねえ」
「で、でも……」
「なあ嬢ちゃん。いまはリカルドの言う通りにしてくれ。俺はこっちで、最後まで抵抗してみせる。これは嬢ちゃんと、その仲間さんにしかできねえことだ。……やってくれるな?」
「あ、ああ。わかった。よくわからないが、やってみる」
ヴィクトーリアがそれだけ言うと、俺たちは何処かへと移動を始めた。
◇
ガチャン。
なにかが閉まるような音。
どうせ質問しても、誰も答えてくれないのだろう。
したがって、ここで俺が取る行動は沈黙。なに、決して拗ねてはいない。
そして俺は、いつの間にか、リカルドさんの肩から降ろされ、ユウに抱えられている形になっていた。
それと、なにか……、やけに息苦しいというか、ものすごく狭い空間に閉じ込められている気がする。いまもぴったりと、ユウと密着している。それと、気のせいか、もうひとり……ヴィクトーリアとも。
なんでこいつら、こんなに俺の扱いが雑なんだよ。
「こ……これは……?」
ヴィクトーリアの狼狽えるような声。
『親方が作った緊急用離脱ポッド……て、ことになるのかね』
リカルドさんの声が、急に、なにかを隔てたような感じで聞こえてくる。
「リカルドさん、あなたはもしかして……」
『この船はもうダメだ。残念だけど、俺っちと親方はここに残ることにした。まあ、最後まで抵抗はしてみる……というか、もう、それしか手段はない。運が良ければ、ネトリールで会おうや』
「そんな……! ダメだ! 絶対ネトリールに行くって、約束したじゃないか!」
『はっはっは! 行くよ? 運がよかったらな!』
「いや、しかしこの状況はどう考えても――」
『
「な――そんなこと、言わないでくれ……!」
『……さて、聴いてくれ。この離脱ポッドが活動できる時間は、かなり短時間だ。んで、いまから、切り離し作業に移る。そうしたら、中にある小型魔動力炉の残り魔力に注意しつつ、慎重に、かつ大胆に舵を切ってほしい』
「そんな、私には……!」
『なあに、ネエチャンならできる。そこまで難しい事じゃあない。親方がそう信じて送り出すんだから、出来ないわけがねえ! ……頼む、ネエチャン方。どうか、ペンタローズを、世界を救ってくれ』
「だったら一緒に――」
ヴィクトーリアが言いかけて、今までで一番、大きな爆音が響く。
耳の奥がキーンと鳴り、そして次の瞬間、俺の体が浮遊感に包まれる。
「お、おい! どうなってんだ!? いま、どうなってる?」
大して身動きが取れない空間で、俺は必死に身をよじってみせた。
「……リカルドさんが、ポッドを切り離した。私たちはいま、このポッドに乗って、ネトリールを目指している」
「じゃあ、クロガネさんは? リカルドさんは?」
「く……っ!」
「ユウ……!」
「……いま、さっきまで私たちの乗っていた飛行船が、火に包まれながら、雲の中へ消えてったよ」
「それって、つまり……」
「……………………」
返事はなし。
ポッド内が完全に、沈黙に包まれる。
ふたりは燃え盛る船に乗ったまま、落ちていった。
ヴィクトーリアとユウ、二人の沈黙がそれを物語っていた。
「――ユウト! ユウ! いまから最終段階に移行する。このままネトリールに突っ込むぞ!」
「う、うん。ガンバろうね、ヴィッキー。クロガネさんと、リカルドさんのためにも」
「あのさ、そのまえに、まずは俺の目隠しを外せ――」
グンッ! と、体全体に重力がかかってくる。
その負荷は、俺がこのまま、自重で潰れるのではないか、と錯覚してしまうほど。
そして――
「ユウト! ユウ!
ドガァ!!
全身を貫くような、ものすごい衝撃。
あばらが痛み、腰が痛み、腕が痛み、脚が痛み、全身が痛む。
「ぐ……! いってェ……! 大丈夫か、ふたりとも……?」
ややあって、ポッドが壊れてしまったのか、息苦しかったポッドの中で、外の風を感じるようになった。
それと同時に、すし詰め状態だった内部が、少しだけ開放的になる。
俺の視界は相変わらずだが、何とかして二人の安否を確認しようとしたが、返事はなし。
気絶しているのだろうか、まあ、先ほどの衝撃ならあり得なくはない。
だが、この状況はマズイ。
あからさまに無防備な状態で、もし、ネトリール人に囲まれれば――
「見つけました! あのポッドです!」
「ッ!?」
まずい。
もう見つかったのか?
この状態ではさすがに出ていけるはずがない。
もう少し様子を見て、もし危なかったら、抵抗しよう。
「あの撃墜した飛行船から飛び出してきたやつだな……。悪運の強いやつらめ。今日で何人目だ……まったく」
「どうしましょう! 生きているのでしょうか!」
「もういい。生死は関係ない。……拘束して、牢屋にぶち込んでおけ!」
「イエッサー! ……た、隊長!? なぜか、男が一人、もうすでに拘束されています!」
「どういうことだ? 捕虜になっていたネトリール人か?」
「いえ、地上人のようです!」
「なら放っておけ。そういう趣味なだけだ」
ちげーよ!
そんなわけねえだろ!
「……なあに、わたしにも理解できなくはないからな」
「ドン引きです! 隊長!」
「だ、黙れ! とにかく、広い世の中、そういうやつもいるという事だ」
「イエッサー! 了解です!」
「了解するな、バカ者!」
「イエッサー! 了解しました!」
「……おまえ、わたしをバカにしているな? しているだろ!」
「イエッサー!」
「やかましいわ! もういい、こいつら全員牢屋へぶちこんどけ!」
「了解で――ちょっと隊長! こちらの少女はネトリール人のようですが……?」
「なに? では一応、その者たちとは別の牢屋に放り込んでおけ!」
「イエッサー!」
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