第78話 拉致監禁


「いーやー! 落ちるゥゥゥゥゥ!! こんなところで死にたくなァーい!」


「大丈夫だよ、おにいちゃん。あたしがこうやって手を握ってあげるからね」


「余計コワーーーーーーーーーーーーい!」


「く、こりゃあ、すげえ攻撃だ……! まるで、スコールじゃねえか! 油断してると、すぐに地上に落とされちまうぜ!」


「親方! 魔動力源損傷! 『れーざー』の被弾によるものです!」


「壊れてねンだろ? 損傷だろうが! なんてこたぁねェ!」


「なんてこともありますよ! 右舷も左舷ももう大破してんす! いまこの船は舵が効かない! 動力供給がなくなればそのまま墜落ですぜ!」


「ユウト! 聞こえてるか!? 頼む、魔動力炉の隔壁に付与魔法をかけてきてくれ!」


「死ぬゥゥゥゥ!! 降ろしてェェ!!」


「そ、そうだった……! ユウトはロープでがんじがらめにしてたんだった!」



 俺はいま、視界を布で覆われ、手足をロープで縛られ、飛行船の床にぞんざいに転がっていた。

 さきほどから小規模な爆発音が度々聞こえてくるが、だれもなにも、俺に説明してくれない。

 ユウに訊いても、専門的知識がないあいつは『あの……爆発したよ』とか『えと……、爆発したかも』しか言わない。

 それが余計、俺の恐怖心を煽っている。

 さらに、床に転がっているという事もあり、俺はさきほどから、天上なのか壁なのか、なんだかよくわからないものに、何度も打ち付けられていた。

 全身が痛い。

 泣きそう。

 帰りたい。

 けど、アーニャちゃんには会いたい。

 なんでこんなことになった……!?

 ――事の発端は、いまから数分前に遡る。



 ◇



「――ふぅ、こんなもんだろ。どうだい、嬢ちゃん?」


「ありがとう。これならネトリールへ行ける。ところで、クロガネさん。さっきまでなにを……?」


「ん? ああ、もしものときの保険だよ。使わねェ事に越したことはねえが……。ま、今はそんな気にする必要ねえさ。いまはこの新生飛行船の誕生を喜ぼうじゃねえか」


「……そうだな。改めてありがとう」


「よせやい。これぁ、俺のためでもあるんだぜ」



 俺たちは大会議場から場所を移して、クロガネさん所有の工房へとやってきていた。

 目の前には、耐熱やら耐衝撃やらで武装したらしい飛行船。

 どうやら、ぱっと見ではわからないが、風船部分と魔法で動く動力炉、そしてゴンドラ部分に物理的に強化を施してあるらしい。

 作業は時間にして、およそ一、二時間程度。

 というのも、本当に、必要最低限の耐久しか備わっていないらしい(技術者談)。

 あとは『いつ特攻をかけるか』だが、これはもう今すぐとのこと。

 どうやら、ネトリールのレーザーは充電期間みたいなものが必要らしく、永続的には撃ってこれないとのこと。

 事実、リカルドさんによると、ここまで一定時間砲撃と、一定時間休憩のサイクルを保っているらしい。

 さっきから語尾が『らしい』や『とのこと』で終わっているのは、俺自身が置いてけぼりだという事らしい。あの三人が話していることは、どうやら、俺にはついていけないらしいとのことらしい。

 唯一、今わかっていることは、俺たちは今から決死の覚悟で、ネトリールに突入するということ。



「さて、善は急げだ。俺たちも乗り込むゼ、バカ弟子」


「な!? それは、待ってくれ。ネトリールに行くのは私たちだけで良い。クロガネさんを巻き込むのはさすがに――」


「いや、俺の代わりに、クロガネさんが出張るのもありじゃない……?」


「ダメだ。ユウトは来てもらうぞ。あんなに大見得切ったんだ。せ、責任はとってもらう」


「イヤだよ! 定員オーバーだよ!」


「つ、つべこべ言うな! 死ぬときはみんな一緒だ!」


「……おまえなんか、自棄ヤケになってねえか?」


「なっていない!」


「すまねえな、嬢ちゃん。俺ぁ、自分の船あんだけブッ壊されて、そのうえ街まで破壊する……なんて言われて、黙ってられるほど、お人好しじゃあねンだ。ワリィが、否が応でも同乗するぜィ? それに、俺が乗らなきゃ、誰が船動かしてやんのさ?」


「俺っちからも、この通りだ」



 そう言って、リカルドさんがヴィクトーリアに頭を下げた。

 どうやらこの二人、このパーティのリーダーを間違えてないか?



「親方の冥土への土産だ。邪魔にはならねえ。同乗させてやってくれ」


「だァれが冥土行きの片道切符だ! このボンクラァ!」


「そこまで言ってねっすよ……」


「……すまない。クロガネさん、リカルドさん。恩に着る。ただし、絶対に死なないでくれ」


「誰にモノ言ってんだ、嬢ちゃん。死ぬ気なんて、さらさらねえよ」


「――よし、あとは仕上げだな。……ユウト!」



 抜け出そうとしていたところに、ヴィクトーリアからお呼びがかかる。

 俺は平静を装いつつも、俺に与えられた仕事内容を、きちんと報告した。



「飛行船に物質硬化ハードポイントはもうかけてある。ただ、俺の専門は生物強化だ。ただの無機物ともなると、ちょっと固くさせる程度が関の山。ポセミトールでも見たかもしれんが、布でゴリラセバスチャンの一撃を防げる程度と思ってくれ」


「……十分だとは思うが……」


「まあ、レーザーってのが、どれほどの破壊力があるかは知らないが、あまり期待はするなってことだ」


「わかった、ありがとう。それと……、ちょっと、コッチに来てくれ、ユウト」


「な……なんだよ」


「その、すこし、おまえに言っておきたいことがあるんでな……」



 ヴィクトーリアはすこし、気恥ずかしそうにして、口をとがらせている。

 普段とは違った雰囲気に、俺は思わず、ヴィクトーリアの傍まで駆け寄ってしまう。



「え? なに? もしかして、告白?」


「ま、まあ……、そんな感じ……だ」


「まじで? 悪いけど、俺にはアーニャちゃんって言う、心に決めた人が――」



 言いかけて、ヴィクトーリアの細い人差し指が、俺の唇を塞ぐ。

 ヴィクトーリアの潤んだ瞳に、明らかに動揺している俺が映る。



「そ、そんなこと、言わないでくれ……」


「はい」


「それで、その……すこし、目を瞑ってくれないか?」



 そう言って、ヴィクトーリアはもじもじしながら見上げてきた。

 あれ?

 ヴィクトーリアってこんなに可愛かったっけ?

 いや、顔がいいのは知ってたけどさ、外見と中身が伴っていなかったというか――



「お、おねがい……ダメ、か……?」



 その一言で、俺の理性が決壊した。

 さらば理性。こんにちはロマンス。

 俺は目を瞑ると、すこし身をかがめ、口を尖らせた。

 しかし、待てど暮らせど、口先に感触はなく、あるのは、手足を縛られる感覚。

 え?

 ヴィクトーリアってソッチ系?

 いやいや、別に俺も嫌いじゃないけど……こんなときに新しい扉、開いちゃうの?

 大胆過ぎない?



「――うん、これでよしだ! 目を開けていいぞ」


「え? あれ?」



 目は開けたものの、視界は暗いまま。

 そして、俺の手足が綺麗に拘束されていた。



「あ、もしかして視界までジャックする系? マニアック過ぎない?」


「では、リカルドさん。お願いする」


「あいよ」


「は?」



 俺が狼狽えていると、急に体が持ち上がった。

 え?

 なに?

 リカルドさんがソッチ系なの?

 それとも、ヴィクトーリアにそういう趣味があるの?

 一体、何が起こっているの?



「すまねえな、ニイチャン。このまま、船に積み込むぜ」



 リカルドさんはそれだけ言うと、俺の体を持ったまま、移動し始めた。

 どういうことだ……?

 これはもしや、ヴィクトーリアに一杯食わされたことなのか?



「ゆ、ユウ! 今すぐ俺を解放しろ! 今、すぐにだ!」


「縛られてるおにいちゃんも、かっこいい」


「聞いちゃいねえ!!」


「すまない、ユウト。こうでもしないと逃げるかと思って……」


「うおおおおおおおおお! よくもダマしたアアアア――」



 ◇



「ダマしてくれたなアアアアア!!」



 こうして俺は、仲間に騙され、レーザー飛び交う飛行船に乗せられていたのだった。

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