第77話 仲間として
「緊急報告! ネトリールが再度、攻撃してきました。今度は飛行船ではなく、ここ、ペンタローズが目標のようです!」
突然、会議場に声が響く。
会議場出入り口には、肩で大きく息をしている青年がいた。
衛兵のように武装はしていないため、一般のペンタローズ民のように見受けられる。
「――ッ!」
それを聞くや否や、ヴィクトーリアは階段を駆け上り、青年とすれ違う様にして、会議場の外へと出ていった。
「おい、リカルド! あの嬢ちゃんのあとに続くぞ!」
「ヘイ!」
そう言うと、クロガネとリカルドも、老人とは思えない速度で、会議場の外へと出ていった。
「おにいちゃん、あたしたちも行こ」
「お、おう。わかった」
俺とユウは、そのふたりに続くように、会議場を後にした。
振り返って確認はしていなかったが、背後に気配がなかったため、他の人たちはたぶん、ついてきていないのだろう。
「これは……!」
会議場の外に出ると、ヴィクトーリアが空を仰ぎ見ていた。
天気はいつの間にか曇りになっており、今にも雨が降り出しそうなほど。
しかし、いま降っているのは、雨ではなく、雷のような光の筋。
それが雲の切れ間から、絶え間なく降り注いでおり、ペンタローズの周囲を焼いていっている。
なんだ?
これは、俺にも魔法にしか見えん。
しかし、これだけ降っていて、ペンタローズに直撃していないという事は、単なる威嚇か、はたまたそれほど精度がよくないのか……、どのみち、俺が推し量れるものではない……。
焦げ臭いにおいが、鼻にまとわりつく。
ここはヴィクトーリアの分析に期待したいが、予想以上の威力だ。
飛行船を容易く落とされるのもわかる。
だったら、ここは――
「ヴィクトーリア! 危ないぞ! もう見たんだから、中に入れ!」
「し、しかし、ユウト……、ちょっと待ってくれ。これは……!」
俺の問いかけに対して、答えてはいるものの、顔はこちらに向けていない。
顎を上げ、ヴィクトーリアはキッと天を睨みつけている。
目の前のことに集中しているせいか、普段、ただの雷鳴だけでビクビクしているヴィクトーリアが、いまは頼もしく見えた。
……まあ、無謀であるとも言えるが……。
「親方、こいつぁシャレになってねえですぜ……。すぐ中に入りましょう」
「バカ野郎、何言ってンだ! この子が外にいて、俺が中に入れるワケねえだろがィ!」
「いや、あのっすね……」
「んで、どうだい、嬢ちゃん! こいつがなにかわかったかィ?」
「はは、無視っすか……。まあ、付き合うっすけど……」
弟子と呼ばれているのだから、普段からこんな感じなのだろう。
不憫なモヒカンだ……。
「たぶん、これは……、レーザーだ……!」
「れーざーだあ?」
「そう。簡単に言うと、光を何倍も増幅させ、それに極少の質量を持たせたもの……になるのだが……、しかし、この威力は一体……?」
「ほう。そいで、こいつの対策方法は見つかったのかィ!」
「……仮にこの精度のレーザー兵器が、こう、何発も発射可能だとすると、無理、かもしれない……」
「ク……ハハハハハ。……なンだぁ? 無理だァ? じゃあ、このままみんな、仲良くお陀仏かい! それはそれで悪くねえやな!」
「ちょ、なーに笑ってんすか、親方……。それだったら、なおさら、さっさと中へ――」
「完全に、無傷で防ぎきることは、不可能だろう。でも、だったら、もう少しやり方を変えればいい。要するに、私たちがネトリールにたどり着けさえすればいいんだ。だったら、もう着地点は見えてくる。その間だけ、耐えられるように作ればいい」
「……おいおい、嬢ちゃん。もしかして――」
「ああ。最低限の耐久だけ施した船で、ネトリールに特攻をかけ――」
「気に入ったァ!!」
クロガネさんが突然、辺りに轟くような、大声を上げる。
突然の声にビックリしたのか、ヴィクトーリアは目を白黒させ、すばやく俺の影に隠れた。
「聞いたかよ、我がバカ弟子よォ。こんな女の子が、見ず知らずの、今日来たばかりのペンタローズを救うために、こんな無茶やらかすンだゼ?」
「い、いや、私の友のためだ」
「おいおい、おまえなぁ、そこは否定するなよ……!」
「し、しかし……!」
「理由なんぞ、なんだっていい! こんなバカを、放っておけるわけねェだろ?」
「……はいはい。わかりましたよ。じゃあ、手助けするってことっすね」
「応さ! この錬金鍛冶師クロガネ、嬢ちゃんの手足のように使ってくれや!」
……思い出した。
『クロガネ』
世界でも数えるほどしかいない、
ペンタローズを要塞都市たらしめた存在。
彼の打つ金属は、素材本来が持っている限界強度を、さらに引き上げられる。
それを可能にするのが、名前の通り、鍛冶と錬金術とを融合させたものである。
詳しいギミックや、その方法は解説されてもよくわからなかったが、とにかく、精製された金属に、錬金術で付加価値をつけるものだそうだ。
あれ?
錬成したものを鍛えるんだったか……?
……要するに、金属をベースとした、物質の再構築とかなんとかだそうだ。
数年前、俺があの腐ったパーティと一緒に、ネトリールへ向かった時、その時乗っていたのが、クロガネが設計製造した飛行船なのである。
それがいま、繋がって思い出した。
というのも、この世界にある、ほぼすべての飛行船は、クロガネの技術をもとに製造されているからだ。
しかし、表には出ない人間なので、こうして生で会うのは……というか、見るのも初めてだったりする。
「もしかして、私たちの手伝いをしてくれるのか……?」
「ああ。そう聞こえなかったかィ?」
「えっと……」
「すまねえな、ニイチャンがた。親方はこう言いだしたら聞かねえんだ。まあ、台風とかそこらへんの災害に遭ったと思って、諦めてほしい」
「てめっ、なんつー例えしてンだ」
「いや、実際そうですし……」
「………………」
ヴィクトーリアの表情が優れない。
胸中にあるのは、クロガネさんたちを巻き込んでしまった、後悔の念か、それとも――
「大丈夫だ、ヴィクトーリア」
「ユウト……」
「あの人は本物だ。手伝ってくれるなら、これ以上頼もしいことはない」
「……しかし」
「なんだ? 他にもなんかあんのか?」
「ここまで、その……、かなり強引に物事を推し進めてしまった。これからの作戦も、たぶん、無事では済まないだろう。というか、かなり危険なものになってくる。おまえたちには世話になった。だから、迷惑もかけられないかけたくない。だからこそ、なし崩し的に、このままユウトとユウを巻き込みたくない。それに、元々これは私たちネトリールの問題だ。だから、だな……ふたりは無理に付き合ってもらわなくとも――」
「怒るよ? ヴィッキー」
ユウがヴィクトーリアの言葉をさえぎって、そのまま近づいていく。
そしてなぜか、俺の腕にしがみついてきた。
「無理に……、な訳ないじゃない。ね、おにいちゃん」
「ああ、さっきも言ったけどな、アーニャは俺たちの仲間だ。……そして、それはもちろんおまえもだぞ。ヴィクトーリア。そして、離れなさい。ユウ」
「ユウト……」
「これはおまえだけの問題じゃない。
「そ、それは……」
「……あのな、いいか、改めて言っておく。――バカにすんなよ? 俺とこいつは、おまえのいう『迷惑』如き、屁じゃねえんだよ。……一緒に行こうぜ、ネトリールにさ。アーニャを連れ帰って、王様の目覚まさせてさ」
「う……、うぅ……、ありがとぉ、ユウト。ごめん……」
「それでいいんだよ。それで。――んで、俺からの提案なんだけどさ、やっぱ特攻すんのはやめにしない? ちょっと無謀過ぎない? あと、普通に怖いしさ。ね? ね?」
「うう……ぐすっ……それはぁ……却下……、するぅ……ひぐっ」
「………………そか」
「おにいちゃん、目が死んでるけど。大丈夫?」
「………………放してください……」
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