第75話 要塞歓楽都市
ペンタローズ。
それは荒野の中で、ひと際、威圧感を放っている巨大な都市。
都市の外側は、
別名、要塞都市ペンタローズ。
ペンタローズが要塞と呼ばれる所以は、その徹底された守りにあった。
陽が落ちると、無数のサーチライトが都市の外側を照らし、ひとたび障害を発見すれば、大壁に備え付けられた幾千、幾万もの砲身で、敵を吹き飛ばす。
その幾万もの砲撃にかかれば、どのような敵でさえ、原型を保つことはできない。
例え、都市内部に進入を許したとしても、ありとあらゆる防衛システムが、その敵の排除にあたる。
ペンタローズとは、このように、都市自体が兵器と化している都市。
したがって、『要塞都市』とよく呼称されている。
しかし、その反面、ペンタローズは外からくる
その厳つい外観に似合わず、平常時、都市内部は至って普通で、武装している兵や冒険者は少ない。
さらにペンタローズには、いくつもの娯楽施設もあり、『要塞都市』と『歓楽都市』という、ふたつの顔を併せ持っている。
ペンタローズの歴史は即ち、魔物との戦いの歴史。
というのも、ペンタローズは元々、ただの歓楽街だった。
しかし、その立地により、度重なる魔物の襲撃に遭うことになる。
その度、より強固に、より頑強に、都市は変貌を重ね、現在のペンタローズに至った。
外部の人間に対して寛容なのは、ペンタローズがそういった者たちで構成された都市であることと、魔物と戦うには、どうしても人間同士の信頼関係――横の繋がりが重要となってくる、と考えられているからだ。
ゆえに、ペンタローズの民は、外部の人間に対しては寛容、なのだが――
「おい、ユウト。なんだか、ペンタローズの様子がおかしいぞ」
「ああ……」
普段なら、俺たちがいま歩いているこの大通りは、大量の露店が軒を連ね、商人たちの活気ある声や、観光客や住民の楽しげな声が聞こえてくる筈なのだが、現在、通りにいるのは、武装した兵や冒険者ばかり。
魔物が来ていたとしても、ここまでの厳戒態勢は敷かない。
それがエンド系の魔物だとするなら、わからなくもないが……、俺たちはいま、ペンタローズに着いたばかり。
つまり、外から入ってきたばかりなのだ。
外に多少の魔物はいたが、エンド系の気配は全く感じられなかった。
なんだ?
いま、ペンタローズでは一体、何が起こってるんだ?
「あの……」
そんなことを考えていると、ユウが武装したモヒカン頭の男に話しかけた。
あいつ、よくあんなのに声かけられるな……。
「なんだい、ネエチャン。俺っちになにか、用かい?」
「ペンタローズに何かあったんですか? その、ペンタローズは、もうすこし明るいところだって聞いたんですけど」
「まあな。見ての通りだ。いま、ペンタローズでは、厳戒態勢ってやつを敷いてんだ」
「どういう事ですか?」
「なんだ、知らねえのか。この状況を」
「状況……?」
「ネエチャン、ネトリールって知ってるだろ?」
「はい」
「そこの王様がな、宣戦布告してきやがったんだ」
「宣戦布告……!? このペンタローズに、ですか?」
「いいや、これがなんと、地上のすべての国や都市にだよ」
「ええ!?」
俺とヴィクトーリアが声を上げる。
俺はユウを押しのけると、そのモヒカン男に質問を投げかけた。
「なんでそんなことを……!?」
「な、なんだあ? だれだ、ニイチャン?」
「なんでネトリールの王様は、突然そんなこと、言いだしたんですか!?」
「し、知らねーよ。ただ、『これは復讐だ』……とかなんとか言ってたぜ。よくわからんが……」
「復讐……?」
俺とヴィクトーリアが顔を見合わせる。
もしかして、アーニャの事を言っているのだろうか?
でも、なぜ今になって……?
「と、とにかく、ありがとうございました! えっと、飛行船乗り場って、ここをまっすぐ行った先ですよね?」
「おいおい、ちょっと待てニイチャン。なんでこんな時に飛行船に乗るんだよ? どこへ行こうってんだ?」
「ネトリールです!」
「おいおいニイチャン、あんたバカか? 俺っちの話、聞いてたろ。いまは無理に決まってんだろ」
「近づくことも無理なんですか?」
「無理だよ無理。だっておまえ、そもそも
「い、一隻も……ですか」
「そうだ。一隻もねえ」
「でも、ペンタローズから、ネトリールに行けるはずじゃ……」
「ああ、もちろん行けたさ。昨日まではな。だが、ネトリールのやつら、なんだかよくわからん魔法で、飛んでいた飛行船を撃ち落としやがった」
「う、撃ち落とした……!?」
俺の横にいたヴィクトーリアの顔が、みるみるうちに青ざめていく。
「一隻残らずな。幸い、まだ死人は出てねえみてーだが……、いつ、あちらさんが本腰を上げて、コッチを攻撃してくるか……。迎撃しようにも、ペンタローズ自慢の大砲は、上に向かって発射できねえ。そもそも、飛距離が足りてねえし、雲の上にあるんだから、照準も定まらねえ」
「……何やってんだよ。おまえんとこは、マジで」
「し、知るか……! 国王が何を考えているなんて、私にわかるはず、ないだろう……!」
「それから今朝か。あんたらみたいな、ネトリールに行きたいっていう、野郎が現れたんだ。もちろん止めたんだが、
「――! そのなかに、このくらいの……、ちっちゃい女の子はいませんでしたか?」
俺は自分の腰の高さまで手をおろし、アーニャの身長を伝えた。
「いや? 見てねえな? 俺っちは飛行船の乗組員兼整備士だから、乗客の顔は憶えてる。……けど、そんな子供はいなかった。それ以前にもな。……そういえば、落された飛行船から、使者さんはみつからなかったんだよな……」
アーニャは飛行船に乗っていなかった。
……それもそうか。
アーニャが乗ってたら、飛行船を片っ端から撃ち落とすハズがない。
ということは、アーニャはなにか、別の手段でネトリールに向かったのか?
それとも――
「……ニイチャンたち、大方、ペンタローズから出てる、定期船に乗り込もうとしたんだろ?」
「は、はい……」
「残念だが諦めな。言った通り、この状況だ、ネトリールには行けねえぜ」
「……わかりました。お話、ありがとうございました」
「おう、じゃあな。見たところ、なかなかの冒険者みたいだが、ニイチャンたちも気を付けろよ! ……おっと、そうだ。俺っちは今から中央会議所に行くんだ。もし、なにかまた、わかんねえことがあったら聞きに来なよ」
「はい、ありがとうございます」
モヒカンの男はそういうと、振り返らず、そのまま去っていった。
「なんか……、意外といい人だったな、ユウト」
「まあ、ペンタローズの人はだいたいこんな感じだ。見た目が怖くても、こんな風に親切な人が多い」
「それにしても、ビックリしたね。まさかヴィッキーの国が……」
「そうだよ。地上世界に宣戦布告って……、無謀にもほどがあるぞ」
「それは……、どうだろうな……」
「……どういう意味だ」
「いや、国王様は勝算のない戦いはやらない。現に、ネトリールが冒険者たちに蹂躙されていた時も、決して、ネトリール側からは手は出さなかった」
「……てことは、なにか? 地上にある、すべての国を敵に回しても、勝てるって思ってんのか?」
「たぶん、そうだと思う」
「んな、バカな……、ネトリールって、あの程度の冒険者も追い払えなかっただろ?」
「それは何年も前の話だ。あれからネトリールは、その反省を活かし、軍事部門にも力を入れている。ポセミトールでの事を思い出してくれ」
「……ポセミトール? なんかあったか?」
「バッジーニが使用した、あの生物兵器だ」
「ああ、結局ヴィクトーリアが無効化してくれた、アレか。でも、あれくらいなら大丈夫なんじゃないのか?」
「特効薬があればの話だがな。……だけど、問題はそこじゃない。その生物兵器が、
「……どういうことだ」
「本来、防衛の切り札となり得るような兵器を、外部の人間に易々と売ると思うか? それを研究されたり、対策を取られたりすれば、切り札として機能しなくなる。だったら、なぜ、それでも売ったか? ……ネトリールにとって、
「つまり、なんだ? 俺たちからすれば、すごい技術でも、ネトリールの連中からすれば、
「そういうことだ」
「……まじかよ」
「その証拠に、さきほどの愉快な髪形のおっちゃんが、『飛行船を撃墜した魔法』と言っていただろう?」
「い、言ってたな」
愉快な髪形のおっちゃんって……。
「残念ながら、ネトリールにそのような魔法はない。だから、何らかの兵器だと思われる」
「じゃあ、ヴィッキー、ネトリールに行くには、その兵器の対策が必須ってことになってくるの?」
「その通りだユウ。あの愉快な髪形のおっちゃんはネトリールに行く船
「船を貸してくれるかもしれない……てことだよね?」
「ああ、たぶんな」
「それじゃあ、いますぐさっきの愉快な髪形のおっちゃんのところに――」
「なあ……ちょっと待ってくれ」
「どうしたんだ、ユウト」
「こうやって、ネトリールに行く手段がないってことは、アーニャはまだ、ここにいる可能性はないか?」
「あ、そう言われてみれば……そうだよね……」
「アーニャがネトリールに行こうとするなら、まず、
「残念だがユウト。たとえ、ここの飛行船が使えなかったとしても、ネトリールへ行く方法はある」
「そんな! まさか、アーニャはアンドロイドだから、空も飛べ――」
「ない! ……たく、なにをそこまで目を輝かせているんだ。いいか、ネトリールでは、こういう時の為に、地上にいくつかのポッドを用意しているんだ。帰還用のな。
「まじかよ。そんなモンまであんのか? じゃあ、俺たちもそれに乗ればいいじゃん」
「これは元々、何らかの要因で地上に降りてしまって、帰れなくなったネトリール人が使用するものだ。ネトリール人以外は乗れない」
「なにその差別」
「だから、言っているだろう。さっさとその兵器が、なんだったのか訊きだして、対策を立てようと……!」
「え、うん、なんか……、ごめん」
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