第74話 アーニャの正体


「ちょっと待った。……王女? アーニャちゃんが?」


「ああ、そうだ。私たちはふたり、内緒でネトリールを飛び出してきたんだ」


「飛び出した……てことは、あのとき……、俺たちが最初に出会ったとき、禁足地だとわからずに、足を踏み入れたというのは……」


「恥ずかしい話だが、落ちた場所がたまたまそこ禁足地だったんだ」


「なんてこった……」



 普段の、気品漂う立ち居振る舞いからして、貴族かどこかの出だろうとは思ってたけど……。まさか、アーニャちゃんが王族だったとは……。



「でも、俺はそんな情報、いままで一回も聞いてなかったぞ? 普通、王女が逃げ出したなら、その情報は一瞬で広まるはずだろ? 捜索するために」


「公表できるはずがないだろう。それこそ、アーニャが王女だなんてわかったら、誘拐するやつが必ず出てくる。私が最初、ユウトを疑っていたのは、その理由だったんだ」


「まあ、そうだけど……、ひでえ話だ」


「い、いまはそんなことはないぞ! 私たちは……その、おまえを信用して……るんだ」


「……喜んでいいのか?」


「お、おおいに喜べ……!」


「……でも、そんなアーニャちゃんと一緒にいるってことは、もしかして、ヴィッキーも?」


「だよな。王女が一般人と、こうやって家出をするはずがない。となれば、ヴィクトーリアも、かなり高貴な身分ってことになると思うんだが……え? もしかして、ヴィクトーリアって、ヴィクトーリア様だったりするの?」


「や、やめてくれ。私は王族でも、貴族でもない。ただの一般の……普通の、ネトリール人だ」


「本当に?」


「うそは言わないぞ!」



 そんな、一般人であるヴィクトーリアが、王女であるアーニャと知り合いなんて、おかしくないか?

 ――と、ツッコもうかと思ったが、人と人の出会い、縁というものは、俺なんかが推し量れるものじゃない。

 それこそ偶然に、または運命的に出会っていても、なんら不思議ではない。

 そしてなにより、今、重要視すべきところは、そんなところじゃなかった。



「だから、はじめに言った通り、私はアーニャの幼馴染で……従者、なんだ」


「従者……てことは、その身分を利用して、アーニャを連れ出したのか?」


「そ、そうだけど……そうじゃない。私たちで、だ。これは、私たちで決めたことなんだ」


「じゃあ、アーニャとヴィクトーリアのふたりの意志で、ネトリールを抜け出したのか? なんのために?」


「それは……、アーニャを解放するためだ」


「アーニャを解放する……て、王女の責務……とかからか?」


「それもあるが……なあ、ユウト。おまえは、アーニャの体に疑問を持ったことはないか?」


「なんだよ、いきなり」


「ただの人間が、あの年で、あんな怪力を持っているなんて、聞いたことがあるか?」


「アーニャだったら、なんでもありな感じはするんだけど、よくよく考えてみたら……」



 ないよな。あり得ない。

 あんな可憐な少女が、ゴリラセバスチャンと同等か、それ以上の力を持っているなんて、普通に考えておかしい。



「……おいおい……人間じゃない、ということは、もしかして、アーニャちゃんは……天使……なのか? マジモンの?」



 そうだと仮定するなら、この疑問のすべてが解決してしまう。

 人間なのに、あんな怪力を備えているわけがない。

 人間なのに、あんな屈託のない笑顔で笑えるはずがない。

 人間なのに、あんなに天使天使しているはずがない。



「いや……、なんでそんな結論に至ってしまうんだ……」


「違うの? だって、そう仮定したらあり得るんだもん」


「あり得るんだもんって、おまえは子供か。……いいか、アーニャは人間じゃない。アンドロイドなんだ」


「――はあ!?」


「あんど……ろいど……?」


「ユウは知らないか……、アンドロイドというのは、簡単に言えば、機械で出来た人間だ」


「おにいちゃんは、あんど……て、知ってるの?」


「……聞いたことはある。そう言うことも、実現可能であるってこともな」



 だが、聞いたといっても、以前、ネトリールに一回行ったときに、少しだけだ。

 まさか、実用段階にまで来ていたなんて……さすがはネトリールの技術力というべきか……。

 しかし――



「ほんとうにあの、天使みたいなアーニャが? アンドロイドなのか?」


「そ、そうだ。ふたりも感じたように、今のアーニャは、ほとんど人間と変わらない。だが、その本質は人間ではなく機械。あの怪力には、そういった理由があるんだ」


「まさか、生まれたときからアンドロイド……てワケじゃないよな? アンドロイドがあんな感情表現豊かなんて……」


「もちろんだ。アーニャは私と幼馴染だと言ったろう。あの子は、私と同い年だ」


「まじかよ。……じゃあ、外見が幼く見えるのも、そういうことか……。で、それと、『アーニャの解放』ってのは、どう関係してくるんだ?」


「さきほども言った通り、アーニャは生まれついてのアンドロイドじゃない。アーニャの核となる部分を、機械の体に移植させたに過ぎないんだ」


「なんで、そんなことを……?」


「そうなるきっかけは……、ユウトも知っている。数年前の出来事だ。ユウトの元パーティがネトリールを救ってくれる前……、冒険者たちがまだ、ネトリールで好き勝手やっていた時の話だ。あの頃は本当にひどかった……。私もかすかにしか覚えていないのだが、あの時、アーニャは冒険者たちに食ってかかっていた」


「アーニャが? 冒険者に?」


「正義感の強いアーニャだからだ。これまでの冒険者たちの卑劣な行為に、とうとう我慢できなくなったんだろう。それはもう、冒険者たちがたじろいでしまうほどの勢いで、一歩も引くことなく、頑として立ち向かっていった。当然、周りには内緒でな。……けど、そんなこと、冒険者たちからすれば面白いわけがない。ついに激昂した冒険者が、アーニャに手をあげた。最初はただ、追い払うつもりで殴ったんだろう。でも、それでも、アーニャは引かなかった。次第にそれはエスカレートしていき、私たちが騒ぎを聞きつけて、止めに入った時には、アーニャはすでに虫の息。もうすこしで死んでしまう寸前だった。なんとかしてアーニャを救おうとしたが、ネトリールの医学では、もはや治せないまでに、アーニャの体は損傷していた。やがて、アーニャの父……王は決断する。それが――」


「アーニャの機械アンドロイド化か……」


「そうだ。未だ、未知の領域だったこの手術は、結果、成功することになる。それはふたりも知っているだろう?」



 俺とユウは頷いた。



「アーニャの解放――それは、機械の体からの解放だ。ネトリールには技術はあるが、それではどうしても、元の体に戻すことはできない。それで、私は地上世界に存在する『魔法』という可能性に、賭けてみた」


「それで、ふたりで飛び出したのか……」


「ああ、それからユウトたちが現れ、今に至るわけだが……。どうだ、ここまで、わかってくれたか?」


「す、すまん。話がいろいろと突飛すぎて、全然ついていけん。結局、おまえはなんなんだ。アーニャの幼馴染で――」


「幼馴染で、ネトリール騎士団の団員で、機械技師だ」


「おい、また何か、一個増えたぞ」


「す、すまない。これは一応、さきほど言った、従者という意味での騎士なんだ。機械技師というのは、まあ……趣味、みたいなものだ」


「……趣味?」


「や、趣味とはいっても、きちんとアーニャのメンテナンスはできる。本当の職業は騎士団の団員だと意味で、趣味だと言っただけだ」


「そういうことか。なるほどな。だから、最初に会ったとき、なんか服装が戦士っぽかったのか……」


「でもヴィッキー? ヴィッキーって、剣とか使えないよね?」


「そ、そうなんだ。私は所謂、コネ入団みたいなもので、アーニャと長い時間、一緒に居られるから、という理由で騎士団に入団したに過ぎない。……そのため、周りからはよく、白い目で見られていた」


「そりゃそうだろ。戦えないのに騎士団って、どう考えてもおかしいからな」


「うう……、真実だから、なんにも言えない……。けど、ネトリールの騎士団といっても、基本的にはネトリール政府公認の自警団のようなもの。ネトリールではたいした犯罪は起きないし、それ以外の時間は訓練したり、見回りしたりするだけだ」


「んで、そこでもまた、アーニャに口利きしてもらって、側近にさせてもらってたんだろ?」


「な、なぜそれを……!」


「はぁ……、そりゃ帰りたがらないわけだ……」


「でも、おかしいよね。なんでアーニャちゃん、突然いなくなったの? 理由になってないよね?」


「それは……、私にもわからない。も、もしかして……、あまりにも使えない私に愛想を尽かせて、出ていってしまったのではないだろうか……!?」



 ヴィクトーリアはそう言って、目からだばだばと涙を流し、泣き出してしまった。

 ユウは俺の布団から這い出ると、苦笑いを浮かべながら、ヴィクトーリアの涙を拭った。

 ……俺のパンツで。

 咄嗟に手を伸ばし、確認してみるが、きちんと履いている。

 じゃあ、あいつはどこから俺のを取り出したんだ?



「泣き止んで、ヴィッキー。ほら、これ使っていいから」


「うう……、ありがと、ユウ……しくしく……」



 そう言ってヴィクトーリアは、ユウから俺のパンツを受け取り、そのまま涙を拭った。

 ……なんだこの状況。

 ツッコむのもなんだし、とりあえずスルー安定か……。



「こほん。……以前のヴィッキーならともかく、今のヴィッキーは、錬金術師が板に付きつつある。もはや、おまえが使えないなんてことはない」


「ううう……、どさくさに紛れて……、ヴィッキーって呼ぶなぁ……」


「フォローしてやってんだろうが」


「ありがとおおおおおおおお……!」


「……それに、そんな理由で、あのアーニャが出ていったとも思えない。……というか、おまえは本当にそう思ったのか? 本当にアーニャが、そんな理由で、おまえを置いて出ていったと思ったのか?」


「ううん……アーニャがそんな事、するはずない……」


「じゃあ、他に何か理由があるはずだ」


「他って……?」


「考えてもみろ。俺たちはともかく、ヴィクトーリアを置いていくほどの理由だぞ? なにか思い当たらないか? それに、手紙にも『時が来た』って書いてあるじゃないか」


「……うう、『時が来た』……わからない……」


「ねえ、おにいちゃん」


「なんだ、いま大事なところなんだから、後にしなさい」


「今って、この近くでネトリールが飛んでたんだよね? これって関係ないの?」


「……あ」

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