第71話 旅の再開
町が変われば人も変わる。
人が変われば、衣食住も変わる。
もちろん、それは魔物も例外ではない。
草木が周囲に、数える程しかないこの荒野であっても、それは変わらなかった。
いや、ひとつ、変わったことがあるとすれば――
「ほちゃー、はちゃー、てやー」
アーニャが荒野特有の魔物、リザードマン相手に大立ち回りを演じていた。
それも、一体ではなく、数十体。
灰色の鱗に、爬虫類特有の、ぎょろりと大きい目玉、肉を切り裂くための鉤爪、そのほとんどが筋肉で構成されている、相手を痛めつけるためだけの、太い尻尾。
およそ、人間が素手で戦うには、分の悪すぎる相手を、アーニャは俺の付与魔法なしで戦っている。
リザードマンに論理的思考はない。
視界に入った人間は、無差別に襲い掛かる。
およそ迷惑極まりない魔物なのだが、しかし、それがリザードマンの弱点ともなり得る。
なにぶん、あいつらは頭が悪いため、簡易的な
正攻法で、リザードマンを倒す実力を持っていない冒険者は、この特性を利用し、うまく立ち回るのだ……が、アーニャに対してだけは、その限りではなかった。
リザードマンたちはまるで、親の仇のように、アーニャだけに襲い掛かっていた。
俺たちの存在を完全に無視して。
この場で一番、自分たちの脅威になり得る存在として、アーニャを標的化し、襲い掛かっているのではないか、と仮定してみるが、それなら逃げればいいだけの事。
なにがそこまで、リザードマンたちを駆り立てるのだろうか。
……そうこう考えてる間にも、アーニャを中心に、リザードマンたちの死体が積み重なっていく。
血しぶきが舞い、首が飛び、尻尾を千切られ、圧し潰されてもなお、アーニャに向かっていく姿は、敵ながら、涙を禁じ得ない。
――ひとつ変わったこと、それは最近の、アーニャの動きがすこぶるいいという事だ。
十中八九、あの
そういえば、アーニャに出会ってからというもの、その吸収スピードに驚かされる日々だった。戦いにしても、料理にしても、いろいろな物事にしても。
呑み込みがものすごくいいのか、はたまた、ある程度の基礎は、俺と出会う前から『貴族の嗜み』として身についていたのか……。
ポセミトールを出立してから、はや数か月。
俺たちは特にやることもなかったので、日銭を稼ぎつつ、色々な街を転々としていた。
そして、現在のこれも、そんな
この時期、狂暴化してくるリザードマンの掃除である。
こうやって、ある程度、間引いておかないと、周辺の村や街が襲われかねないのだ。
これも立派な社会奉仕。……すこしばかり、血生臭い社会奉仕だけど。
……やることはないといったが、目的はある。
海だ。
アーニャとヴィクトーリアの、当初の目的である。
だいぶ、色々と遠回りしてきたが、特にやることもないし、『海行こう、海』的な、軽いノリで海を目指していた。
海なんて、大地よりも表面積が多いんだし、余裕余裕。
……なんて構えていたが、これが意外と、海は遠かったのだ。
歩けども歩けども、海は見えてこず、潮の香もしてこず。
ついには、こんな荒野までたどり着いてしまったのだ。
最近よく思う。
海って何だろう――と。
「おい、ユウト。なにを黄昏ているんだ」
気が付くと、不機嫌そうな顔で、ヴィクトーリアが僕の横に立っていた。
「……なんだ、おまえ、アーニャちゃんを助けてやらんのか?」
「さ、さすがに、あの中に突っ込む勇気はない……。それより、ユウトはどうなんだ。せめて付与魔法くらい、かけないのか?」
「付与魔法を? 今のアーニャちゃんに?」
「……おまえのいいたいことはわかる。敵だとしても、あれはすこし憐れになる」
「だろ? そのぶん、『いただきます』にも、心がこもるってもんだ」
「お、おい、もしかして、今日の夕飯は……?」
「ああ、いまアーニャちゃんが解体作業してくれてるだろ? あれだよ」
「はぁ……、また私の『食べたことのない肉』の種類がひとつ減っていく……たまにはきちんとしたご飯が食べたい……」
「このまえはキメラだっけか?」
「ああ。顔はライオン、背中からはヤギが生えていて、尻尾は蛇だった。……散々だったよ」
「でもキメラの丸焼き、うまかったろ?」
「そ、それは……見た目の割にはそうだけど、特に、ヤギの部分が……、というよりも、ユウの料理の腕がよかったじゃないか」
「ありがと、ヴィッキー」
ユウはそう言って、俺のまたぐらから、ニュっと顔をのぞかせ、ヴィクトーリアに礼を言った。
もうツッコまないし、ビックリもしないし、そんな気力もない。
ポセミトールのアレを境に、こいつのスキンシップ(苦笑)はとどまるところを知らなくなってきた。
傍から見たら……、いや、どこをどう見ても変態である。
「正直、いまの私たちは、ユウの料理の腕によって生かされているといっても、過言じゃない。こちらこそ、ありがとう、ユウ」
「えへへ、なんか照れるね」
「俺の股間で照れるな」
こんな感じで、ヴィクトーリアでさえも、ユウの奇行にツッコまなくなってしまった。
感覚がマヒしてしまったのだろう。
もはや、こいつにツッコんでやれるのは、俺しかいないのである。
……ヘンな意味ではなく。
「……まあ、嘆いてても仕方ないしさ、ここは前向きに、全種類コンプリートしようや」
「いやだ。私だってはやく、トマトが食べたいんだ」
「こんなところでトマトが採れるわけないだろ。いい加減にしなさい」
「いい加減にするのはユウトのほうだ。まったく、無難に街道伝いに行けばいいのに『こっちの方向から、潮のかほりがする……』なんて言い出して、ついていったら……、なんだ? ここは。死地じゃないか。まともな宿にも泊まれず、まともなご飯も食べられない」
「未知の路を開拓してこそ、漢の浪漫でしょうが! いまさらぐだぐだ言わないの!」
「このパーティは、七十五パーセントが女で構成されているのだが……」
「まあ、ともかく、リザードマン討伐依頼を完了すれば、次の街を目指そう。それでいいだろ」
「次、か……、ちなみに、次はどこへ向かうんだ?」
「このままだと……そうだな、ペンタローズだ。だいぶマシだろ?」
「ペンタローズ……、か」
「そ。ペンタローズ」
ペンタローズはたぶん、ヴィクトーリアでも知っているだろう。
本来、ネトリールの民というのは、下界の人間とは、関わり合いを持たない。それもこれも、自分たちで独自に発達してきたからなのだが、例外もある。
天空都市ネトリールは、ひとつの場所にはとどまらない。
それは風任せなのか、はたまた、その季節毎に適した土地を求めているのか……、とにかく、こうしている間にも、フワフワと動いているのだ。
そして、その軌道上にある村や街とだけ、唯一、関わり合いを持っている。
まあ、関わり合いとはいっても、観察など、主に研究の対象や、興味の対象なだけで、交流することはない。ただ、一方的に知っているだけらしい。
とどのつまり、ペンタローズはネトリールの浮遊軌道上にある街なのだ。
「ああ、知っている。……とはいっても、名前だけだがな」
「……そういえば、この時期だとあれだな。もうそろそろ、ネトリールがペンタローズの上を通る頃じゃないのか?」
そう言って思い出す。
ネトリールが近づくと、なぜか、その周辺に生息している魔物の活動も、活発になるのだ。
なるほど、リザードマンのほかにも、魔物の討伐依頼がたくさんあったのは、このためか。
「もう……、そんな時期なのか……」
ヴィクトーリアはそう言って、すこし表情を曇らせた。
「なんだなんだ? ホームシックか? 帰りたくなってきたとか?」
「ち、ちがう! そんなことは……ない!」
「なんか……それはそれで、寂しいな。いや、でも、ヴィクトーリアはいいかもしれないけどさ、アーニャはどうなんだ? アーニャくらいの歳の女の子って、そんなに長く、家から離れたら、恋しくなっちゃうもんじゃないの?」
「それは、確かにないとは言い難いが……」
「それに、アーニャってなんとなくこう……、育ちがよさそうというか、高貴な家の出だろ、どう見ても。だったら余計に――」
「ユウト、もしかして、アーニャの事について、なにか、どこかで聞いたのか!?」
突然、ヴィクトーリアが俺に食ってかかる。
普段、ヴィクトーリアはこんな風に、だれかに詰め寄ったりしないので、俺はおもわず、たじろいでしまう。
「い、いや、べつに……」
「そ、そうだよな……、いきなりすまない……」
アーニャとヴィクトーリアのことについては、出会った頃から、今に至るまでしか知らない。気になると言えば気にはなるが、本人たちにこの話題をふると、それとなく話題を変えられて終わってしまう。あまり言いたくない話題なのだろう。
だから、俺はべつに話さなくてもいいと思っている。
人間、言いたくないことの、ひとつやふたつなんてのは、ザラにある。
もちろん、俺だってある。
だから『言いたくないなら聞かない』――というスタンスは貫いている。……ものの、やっぱり、仲間内で隠し事をされると、すこし寂しくもなる。
「い、いつかは話すから、そんな顔をしないでくれ」
「え、もしかして俺、顔に出ちゃってた?」
「うん、この角度からでもわかるよ。おにいちゃん」
「……そうか。ついでにおまえは、いつ、そこから退いてくれるんだろうな」
「ここは譲れない」
「そもそも誰も取り合っていない」
「あの猫は狙ってた」
「もう、ここに
「ふふふ……あ、ユウト。アーニャのほうはもう、終わったみたいだぞ」
ヴィクトーリアに言われ、アーニャのほうを見てみる。
大量の屍の上に、血にまみれた幼女が立っていた。
その凄惨な光景に、おもわず声を洩らしそうになったが、アーニャの顔だけを視界に収めることで、なんとか出さずに済んだ。
アーニャは俺の視線気づいたのか、手に持ったリザードマンの首をぶんぶんと振り、『ユウトさーん!』と言いながら、俺たちのほうに駆け寄ってきた。
おもわず、『ひえっ』と声を洩らしてしまった。
「終わりました。ユウトさん。……どうかなさいましたか?」
「や、いや、別に何でもないぞ! それよりも、……よしよし、えらいぞ、アーニャ」
「えへへ」
そう言って、俺はアーニャの頭を撫でてやるが、効果音が「サラサラ」ではなく、「グチャグチャ」ということに違和感をおぼえた。手にはヌルヌルとした生暖かい感触。俺は恐る恐る手を見てみると、大量の返り血が掌にこびりついていた。
「う、うーん。帰ったらまず、お風呂、入ろうね」
「はい」
「あたしたちも一緒に入る? おにいちゃん」
「結構です」
――――――――――――
お久しぶりです。久々の更新です。
待ってくれていた方は、ホント申し訳ないです。
というのも、その間、これとはまた違った小説を書いていたからです(URLは下記に)
まあ、宣伝もかねての再開みたいなものです。
これからも、出来るだけ間隔を開けずに更新するので、どうぞ、よろしくお願いします。
あと、そっちの小説のほうもよろしくお願いします(笑)
内容は恋愛系?で、相変わらず、勇者と魔王といったファンタジーの、ウケ狙いものです。
よろしくお願いします(二回目)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます