第70話 ポセミトール
「あ――と、それじゃあ、ここで……」
俺はそう言って振り返った。
その先にはたくさんの強面の男たち。
例のホテルで泥のように眠った俺たちは、すこし陽が暮れてきたポセミトールの街の、玄関口までやってきていた。
みっちゃんや、ビースト、ビト組の構成員たちに見送られ、これからこのポセミトールを発ち、次の街を目指すつもりだ。
次は……、特に考えていないから、適当な村や町を見つけたら、そこに入ろうと思っている。
「……それにしても、いいのかい? あのゴリラを捕獲した賞金、全部もらっちゃって」
みっちゃんが遠慮がちに、俺に言ってきた。
「いいよいいよ。これからまた、いろいろと金かかるんでしょ? あのゴリラもそうやって使ってもらったほうが、浮かばれるってもんだよ」
「ユウト……、あのゴリラは、ただ
「それに、こんなローブまでもらったんだからな」
魔導士のローブ。
魔力のこもった糸を編んで作られたローブ。
対魔法の防具で、大抵の魔法なら無効化する高級品だ。
俺は今、装いを一新して、いままでの不審者スタイルとは一線を画す、正統派魔法使い……みたいな感じの格好になっていた。
いつまでも隠者の布で顔面を覆っていると、なにかと不便だ……ということで、みっちゃんから頂戴した。
今はローブのフードを深くかぶり、腕のほうに隠者の布を巻いている。
多少、前方が見えづらくなったが、以前よりも格段に悪目立ちしなくなったと思う。
ちなみに、セバスチャンはあのまま、普通に勇者の酒場に引き渡された。
もちろん、その報酬として、一年は遊んで暮らせるほどの額を勇者の酒場から、その報酬として受け取ったが、それはすべてビト組に寄付した。
理由はこれまでのお礼と、迷惑費みたいのもの。
事実、俺がこの街に……、いや、そもそも、キバト村で武器を盗まれるなんて失態をしなければ、ここまでの事にはならなかったからだ。
みっちゃんにこの話をすると、最初は受け取りを渋っていたが、最終的には根負けして受け取ってくれた。
ゴリラのほうは、これから本部のほうまで護送され、いままで犯してきた罪を裁かれるのだと思うが……、如何せん、あいつがあのまま大人しく捕まっている保証はどこにもない。
というか、むしろ、十中八九、護送中に職員の隙をつくか、もしくは強引に脱出するだろう。
しかし、こちらとしても、そちらのほうが都合がいい。
それで、あの三人をまとめて潰すことが出来るという事。
そうでなければ、あの
あいつには、「完膚なきまでに叩きのめされた」という、事実を突きつけてやらなければ気が済まない。
「ご主人、ホントにニャーがついていかんで、平気にゃ?」
いつもとは違う、すこししおらしいビーストが、仲間になりたそうにこちらを見上げている。
「おまえにはやることがあるだろうが。それに、おまえがいないほうが、万事うまくいく」
「そんにゃあ……、もうニャーたちはカラダを重ねた仲にゃのに……」
「もうそのネタはいんだよ。……だいたい、事実無根だったじゃねえか」
「ふっふっふ、ニャーが言っているのは、ココロのカラダって意味にゃ」
「意味がわからねえよ」
「……ビースト、それ以上余計な事しゃべったら、去勢するから」
俺の隣にいたユウが、溢れ出る殺意を、これでもかというほど、ビーストに向けていた。
……
セバスチャン戦の直後は気落ちしていたからか、生まれて初めて、その鼻っ柱をへし折られたからか、はたまた、その両方なのか……。珍しく、俺の励ましの言葉にも生返事ばかりだったが、いまでは俺の腕にしがみついて、胸部の駄肉を押し付けるまで、元気になっている。
昨日の今日で、これを押しのけて拒絶するのは……、なんとなく、憚られた。
またへこまれても、かなわないからな……。
「こわっ!? ていうか、ニャーは去勢する
「ココロの去勢だよ」
「意味がわからにゃい」
「……まあ、こんな感じの駄猫だけど、いちおう気にかけてくれると嬉しいかも……」
「うん、ま、まあ……それなりにね……、この子にも世話になったし。用心棒とかにもなりそうだし……」
「にゃにゃ? アネゴ。ニャーを雇ってくれるんにゃ?」
「あ、アネゴ呼びを止めてくれたらね……」
「でも、残念にゃがら、ニャーはすでに、キバトのトマト農家と専属契約を結んでいるのにゃ。にゃから、アネゴの申し出は受けられないのにゃ」
「あ、うん。まあね。それならそれで、全然……」
「でもでも、アネゴがどうしてもって言うんにゃらぁ、ビト組の用心棒として――」
「みっちゃんが困ってるだろ。やめとけ」
「そうだぞ。ビーストには大切な使命があるじゃあないか。トマトのすばらしさを伝えるという使命がっ!」
「……にゃんか急に、用心棒ににゃりたくにゃってきたにゃ……」
「ははは……、えっと、ユウく――ユウト……」
「マザー、もう俺たちの前だからって、そんな口調で格好つけなくてもいいですよ」
「そうそう。そっちのほうが、怖さが緩和されるってもんでさぁ」
「ははは! ちげぇねえ!」
みっちゃんの後ろにいた構成員たちが、みっちゃんを茶化すような声を上げる。
「お、おまえたち! そういうのは――」
「まあまあ、いいんじゃないの? べつに。……もうそんなことしなくても、みんなキチンとついてくるよ。大丈夫。みっちゃんは、ありのままの自分に自信をもっていればいいんだよ」
「ま、またユウくんはそんな……恥ずかしいことを……平然と……」
「え? 俺、なんか恥ずかしいこと言ったの?」
「こ……、こほん。はい、じゃあ……、わかりました。今日以降は、ユウくんのご要望通り、この口調でいきます。……それで、さっきの話なんだけど、これから、なにかトラブったり、なにかあったら、わたしたちの名前を出してもらっていいから。こう見えて、顔が広いんだから。表にも、裏にもね」
「うん、わかった。助かるよ。なにからなにまでありがとう。みっちゃん」
「あ、それと……ちょっと、いい?」
みっちゃんはそう言うと、手をちょいちょいと動かし、俺の事を呼んできた。
なにか、内緒の話なのだろうか……、俺は腕にしがみついているユウを、強引に引きはがすと、耳をみっちゃんの口元へと持っていった。
すると――
「ちゅ……」
頬に柔らかい感触。
ビックリして、みっちゃんを見てみると、みっちゃんは顔を赤くしながら、俺を見上げてきていた。
そして、それを見た俺の顔の温度も、ボンと上がっていく。
「え、えへへ……、あ、ありがとね。おねえちゃん、助かっちゃった。ユウくんが来てくれなかったら、どうなってたか……、これはその……、お礼、だから……」
「う、うん……」
みっちゃんの陣営も、俺の陣営も、俺たちが壁になっていたため、みな一様にキョトンとした顔で、俺たちを見ていた。
ただ、ビーストだけはニヤニヤした、ムカつく顔を俺に向けていた。
「じゃ、じゃあ! これで! また、会いに来てね!」
「う、うん! わかった!」
俺はぎこちなくその場でターンすると、みっちゃんたちに背を向け、ポセミトールを後にした。
「ゆ、ユウトさん? いかがなされましたか? その……手と足が一緒に出ていらっしゃるのですが……」
「こ、これは……その……エクササイズですよ……アーニャ様……!」
「アーニャ様って……」
「おにいちゃん、どうしたの? みっちゃんとなにかあった?」
ユウがまた、俺の腕にしがみついてくる。
「ナナ……ナニモネーヨ!」
「ほんと?」
「しつこい! ……てかおまえ……、思い出したけど、ビーストと一緒にはめやがっただろ。お兄ちゃん、ユウがこんな子だとは知りませんでした」
「え? なんのこと?」
「なんのことって……、この期において、まだトボケるつもりか。往生際が――」
「ごーしゅーじーん!!」
背後からビーストの大声が届く。
何事かと思って振り返ると、ビーストが両手で筒のような形をつくり、大声を出していた。
「この前のはニャーの単独犯にゃー!」
「……はあ!? ど、どういう――」
「ニャーがご主人の部屋に入る前、もうすでに二人は、全裸で抱き合ってたんにゃー!」
「ハア!?」
その瞬間、なぜかみっちゃんのほうから、男たちの聞くに堪えない黄色い声援が上がった。
みっちゃんは、なぜか冷め切った眼で見てきている。
「え? じゃあ、おまえ、あの夜――」
「おにいちゃん。あたし、またいつでもいいからね?」
「う……、うわああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「ゆ、ユウト!? いきなりどこへ……!? ユウトォォォォ!!」
気が付くと俺はパーティを置き去りにし、腕を振り、脚を激しく動かし、街道をまっすぐ、風のように突っ切っていた。
――――――――――――――――――
これでみっちゃん編は終わりです。
…なぜそんなことを報告しているかというと、すこし、ここで話を中断させていただくからです。
その理由としましては、いま書いているコンテスト応募用の話がまったく進んでいないからです。
ですので、いったん、区切りがいいところで中断させていただいて、それを書き上げてから、また再開するつもりです。
楽しみにしている方、大変申し訳ありません。
書き終えたらまた、書き始めます!
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