第69話 ユウトの処断


「ンゴガ……っ!?」



 うつ伏せのまま、床に沈んでいたセバスチャンの全身が、電流を流されたように、ビクッと震える。

 どうやら、眠り・・から覚醒したようだ。

 死んでいなかったとはいえ、アーニャの殴打を喰らっておいて……、なんという回復力。

 こいつを見ていると、改めて、冗談抜きで思う。

 こいつは本当に人類なのかと。



「起きたか……」


「その声……、エンチャンター殿か……。……ということは、やられたのか? バッジーニの親分は……?」



 セバスチャンがうつ伏せの態勢で、俺の質問を無視し、そこから質問をかぶせてくる。

 ちなみに、こいつがいまだに、うつ伏せのまま、体勢を変えることができないのは、ヴィクトーリアが錬成した鋼鉄製の縄で、アーニャが、四肢を丁寧に縛り上げていたからだ。

 さすがに、ここまで縛ってやれば大丈夫……だと思う。

 というか、これから抜け出せれば、それこそ人間じゃない。……ゴリラでもない。



「……ああ。最後はビト組二代目がけじめをつけた」


「ふうん?」


「ふうん? って……依頼主のことなのに、あんまり興味なさそうだな」


「それよりも、今の俺だよ。エンチャンター殿、俺をどうするつもりだ? あのときの幼女……、あの子で俺にトドメを刺せたはずだ。なぜそうしなかった? ……てかあの子、何者だよ。なんか、どっかで見たこ――」


「アーニャだ。俺のパーティメンバーだよ」


「とうとう幼女をパーティに加えやがったか……あのな、前々から思ってたけど、そういうの、マジでやめたほうがいいぞ」


「どういう意味だよ」


「言わせるのか? それを俺に言わせてしまうのか?」


「……いや、いい。皆までいうな。しかし、これだけは断言しておく。俺はおまえが嫌いだ」


「ガッハッハ! そりゃあ、なによりだ! 俺だっておまえは嫌いだよ。……それで? 答えてくれるのかい? おまえが俺に、どうしてこんなことをしたかってよ」


「そりゃおまえ、昔の同僚のよしみってやつだよ」


「おお、なんだあ? おまえ、俺を見逃してくれるのか?」


「ああ、有難く思えよ、ゴリラ野郎」


「ガッハッハ! たしかに、そりゃありがてえな!」


「だろ? 慈悲深い俺の、女神のような心に感謝するんだな」


「ああ、感謝してやるぜ……ま、本気で言ってたら……て意味だがな……」


「バレたか」


「当たり前だ。おまえがどれくらい執念深いかは、十二分に知ってるからな。……ほんとのところ、どうすんだ? 殺す気か? そこにいるんだろ? 二代目のネーちゃんも?」


「んだよ。いっちょ前にビビってんのか? 殺すならもうとっくにやってんだろうが。それに、そんな意味もないことはやらねえよ」


「へ、俺を殺すことは意味がねえことですか……」


「……おまえを捕縛する理由、な……そりゃ、勇者の酒場ギルドに引き渡すためだ」


「はあ!? 何言って――」


「いいか? おまえはたしかに筆頭勇者候補のパーティの一員だが、同時にお尋ね者でもあるんだよ。けど、誰もおまえを捕まえない。なぜだかわかるか?」


「……そりゃ、俺がツエーからだ。誰にも捕まえられないからだ」


「そうだ。人間にゴリラは倒せないからだ。そもそも、話が通じていることすら怪しいからな」


「……なら、おまえはいま、どうやって俺と話してんだよ」


「俺はほら、あれだよ。ゴリラ語喋れるから。バイリンガルってやつだよ。帰国子女ってやつなんだよ」


「帰国って、どっから帰国してんだよ。ゴリラの国か? ゴリラの国なのか? そんな国あってたまるか!」


「どうどう。そんなに興奮するな、あとでバナナあげるから」


「いるかァ!」


「まあ、マジな話。ここいらで路銀の確保を……と思ってな。なにせ、こっちはかよわい女子三人抱えてるんだ。それなりに金がかかる」


「おまえら、旅行感覚で魔王討伐掲げてんのかよ……」


「んで、有体にいえば、おまえらからちょろまかした金も、もう底を突きかけてんだよ」


「おま……! ……やっぱ俺らの金盗んだの、おまえかよ!」


「すまんな。それで、代わりといってはなんだが、おまえをギルドに売り飛ばすことにした」


「何の代わりだよ! つか、もう代わりどころか、こっちが終始、損してるだけじゃねえか!」


「まあそう言うな。きちんとおまえにも配慮している」


「……どういうところをだよ」


「え? それは、まあ、ほら、おまえを売り飛ばした後にでもじっくり考えるよ」


「て、てめえ……!」


「おっと、そうだな。あえて、何を配慮しているかというと、――おまえを殺さないことだ」


「………………」


「……言ってる事、わかってるだろ? おまえはこの場で、ぶっ殺してやってもよかったんだ。……というか、雇われている身といえ、みっちゃんの大事な人……テッシオさんを殺しといて、自分だけのうのうと帰れるとは、思ってなかったんだよな? というか、あれか? 最初ハナから、負けるつもりなんてなく、こういうことを予測していなかったとかか?」


「……その通りだよ。おまえらみたいな、観光客集団に負けるなんて、これっぽっちも思ってもなかったからな」


「うん、まあ、それがおまえの命取りになって、俺たちのつけ入る隙になったわけなんだが……って、そんなのと、いまは関係ないな。とにかく、たしかに、いまここでおまえをぶっ殺せば、それはそれでスッとはする……けど、次に繋がらないんだよ。……いや、気持ちを整理するといった意味では繋がるかもしれんが、俺の言ってるのはそうじゃなくて、もっと現実的な事だ」


「なんかいろいろと建前をのべつ幕無しに並び立ててるけど、要するに、俺を換金する・・・・ってことだろ? エンチャンター殿」


「そういうこと。……これが厄介なもんでな。なんと、勇者の酒場はデッドオアアライブ生死問わずじゃなくて、オンリーアライブ生け捕りのみって設定してんだよ。俺たちの事を。……まあ、その分、目が飛び出るくらいに高額なんだが……」


「ああ、知ってるさ。だから、余計に捕まらないし、俺たちを捕まえようとするやつもいない」


「だけど、いまは捕まってる。……で、ここでひとつだけ気になることができた。元パーティのおれでも、まだ確信を持ってはいないんだけど……、次の質問を――」


「……まさか! ……おいおい、何考えてんのかわかってきたぜ。エンチャンター殿。なんてやつだよ、おまえは」


「おまえを取り戻しに、ユウキカス勇者ジョン変態魔法使いはここに来るのか?」


「へへ……エンチャンター殿。まさかあんた、このまま、俺たちのパーティを全滅させるつもりかよ」


「ああ。もともとそのつもりだったんだ。すこしばかり予定が早まっただけだな。今回は後手後手に回ったため、おまえひとりにてこずってたけど、罠を張って待ち構えてりゃ、簡単に捕縛できる。……そのうえ、俺はおまえらの手の内を知ってんだ」


「へいへい、さすがはエンチャンター殿で。……いいか、これだけは言っといてやる。あいつは十中八九来ない。おまえを連れ戻そうとしているのは、おまえが特例だったからだ。俺だって、戦士の中じゃそれなりにやる。だけど、おまえは違う。勇者の血を引き、本来、ユウキと同じく、高度な魔法や剣術を扱うことが出来たおまえが、『付与魔法』、その一点のみに心血を注いできた。わかるか? これがどれほどの事なのか」


「わかってるよ。俺は天才なんだからな」


「ケ……、その通りだが、自信満々な声で言われるとムカッ腹がたつな」


「それに、さっき言った通り、おまえらの手の内を知っているのもデカいな。情報は時として、光速を超える。そうなったら、いままで辛酸をなめさせられたヤツらにも、光明が見えてくるかもだからな」


「俺からすれば、そっちのが厄介だよ」


「とまあ……とりあえず、訊きたいことは訊けた。おまえはここで、もう用無しだ」


「へ……、そうかい」


「すみませーん、このゴリラ連れてってくださーい」



 俺は声を張り上げ、会場内にいるビト組の構成員・・・・・・・を集めた。

 あれから――テッシオさんが死んでから、ほどなくして、この会場はビト組の構成員たちによって、埋め尽くされていた。

 どうやらテッシオさんによって集められていた皆が、いつまで経っても主役が現れない(テッシオさんが、何と言って構成員を集めたのかはわからないが)集合場所に疑問を持ち、戻ってきたとのことだった。

 皆最初は一様に、みっちゃんを除く、俺たちパーティをこの騒ぎを起こした張本人として、処理しようとしてきたが、それはなんとかみっちゃんが誤解を解いてくれた。

 現在は、組総出での後片付け作業。

 テッシオさんの葬儀は後日、改めてひらかれるらしい。

 俺の担当は、眼下で手足を拘束され、這いつくばっている、ゴリラの処断。

 みっちゃんが殺してやりたいほど憎んでいるゴリラだ。

 もちろん、俺が軽々しく殺していいはずがない。

 そしてそんな俺が下した決断。

 それが、換金。

 こいつ賞金首を勇者の酒場に引き渡す事。

 もちろん、同じようにお尋ね者である俺が、直接引き渡しは行わない。

 それはビト組の構成員たちがやってくれる。

 ……でも正直、こいつなら勇者の酒場に拘束されたとしても、そこからすぐに、自力で出てくるかもしれな――いや、出てくるだろう……が、俺の目的は金だ。

 例えこいつが釈放されても、後で、俺のパーティでボコボコにしてやればいい。

 ――いや、しなければならない。

 こいつだけじゃなく、残りの二人も。

 そうでないと、俺がパーティを抜けて、新しいパーティを作った意味がない。



「ユウトさん、こいつでよかったですよね?」



 集まってくれた構成員のひとりが俺に質問してきた。



「はい。……まあ、くれぐれも殺さないでください。骨折るくらいならいいですが」


「了解です」


「へへ……、こんなひょろい野郎共が俺の体に傷をつけられ――ぐァ……!?」



 バキィ!!

 乾いた木の枝が折れたような音。

 構成員のひとりが、憎しみの籠った眼で、淡々とセバスチャンの右腕を逆方向に曲げてみせた。



「な――なんだと……!?」


「あたりまえだろ。二百公斤キロ近くあるゴリラを運ぶんだ。筋力強化ぐらい施してある」


「口に気を付けろよ、ゴリラ野郎。おまえが今生きてんのは、ユウトさんと、マザーの慈悲深い施しによる何物でもない。わかったら、黙って運ばれてろ」


「チ……、どいつもこいつも、ゴリラゴリラ……、こりゃおまえ……、一種の差別じゃないですかね?」


「ゴリラと人間は種類がちがうんだ。リンゴと青りんごじゃなくて、リンゴとうんこだ。これは差別じゃなくて、区別だよ。ゴリラくん」


「……だいいちおまえ、慈悲深いとか言ってっけど、死んだら困るのはおまえらじゃ――」


「あれ? 皆さん、どうやらこのゴリラ、左腕もいらないようですよ?」


「ちょ、わかったわかった! 黙るから! もう減らず口は叩きませんから!」


「それでいいんだよ。さ、皆さん。よろしくお願いします」


「ヘイ!!」



 ビト組の構成員たちが、四人がかりで、二メートルはあろう巨体を、重そうに持ち上げた。

 そしてそのまま、会場の出入り口から消えていった。



「……みっちゃん、これでよかったの?」



 俺は、隣で押し黙っていたみっちゃんに声をかけた。

 ……あえて、顔は見ないで。



「うん、これでいいの。……どちらにせよ、決着は着けてくれるんでしょ?」


「もちろんだ。あいつと、あいつの後ろにいるやつは、いつか、けちょんけちょんにしてやる」


「だったら、わたしがこれ以上、なにも言うことはないよね? ふふふ」


「……悪いね」


「いいってことよ。お互い様じゃない」

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