第67話 抗争の結末
「すまない。少し遅れてしまったが……、やれやれ、どうやら、間に合ったようだな」
「ヴィクトーリア!」
「ふぅ……、危なかったな。あのままだと、体がぐずぐずの、トマトみたいになっていたぞ」
「ぐずぐずのトマトって……」
まだ根に持ってんのか……。
「お、おい、これぁおめぇ……、どういうこった……!? 説明されてた効果とは違うじゃあねえか……! おまえら……、なんでまだ生きてんだ……!?」
見ると、バッジーニは再び、みっちゃんに刀の切っ先を突きつけられていた。
防護マスクのせいで、その表情を窺い知ることはできないが、声が微かに震えていることからして、動揺しているのがわかる。
あんなに喉元に刀を突きつけられていては、部下に号令をかけることもできない。
それにしても、驚くべきはみっちゃんのリカバリーの速さ。
さっきまで俺と同じように、苦しそうに地に伏していたのに、もう立場をひっくり返している。
さきほどよりはずいぶんとマシにはなったものの、それでもまだ、頭がふらついている。
それでもみっちゃんは刀を持ち、さらにそれをバッジーニの喉元に固定させている。
すごい精神力だ。
でも、それよりも、いまは――
「そ、そうだよ。ヴィクトーリア、おまえがさっき投げたアレ……、あれはなんなんだ?」
「あのな……いいか、人の話は最後まで聞くものだぞ。たしかに、詳細も分からない細菌兵器をポンと中和させるのは難しい。その成分を分析し、対抗できる抗生物質を精製しなければならないからな。それに、そんなモタついたことをやっていたら、その最中に力尽きてしまう」
「だから、なんでおまえらがまだ、生きてんだっつってんだよ!!」
「ひぃっ!? ゆ、ユウト……、あのおっさん、怖いぞ……!」
「……ごめん、みっちゃん、お願い」
俺がそういうと、みっちゃんはグッと、刀を持つ手に力をこめた。
刀はぷつ……首筋に食い込んでいき、遠目からでも、なんとなく血が出ているのがわかる。
「さ、ヴィクトーリアさん、話しなよ。このおっさんは黙らせたからさ」
「あ、ありがとう、アネゴ殿……。で、では、話を戻すぞ。……わたしが先ほど投げつけたのは、これだ」
そういって、ヴィクトーリアが取り出したのは、試験管。
中にはどうやら、さきほど俺の目の前で気化した、白色の液体が入っているようだった。
「それは……?」
「これは……、いわゆる特効薬というやつだ」
「特効薬……?」
「そう。端的に言えば、たちどころに、悪い細菌だけを――」
「ちょっと待って、さっきそういうのを精製するのは、難しいって言ったよな?」
「ああ、言ったぞ」
「え……と、じゃあ、その特効薬を、ずっと持ってたってこと?」
「いや、錬金術で精製した」
「……わかった! 錬金術だと、その精製が簡単になるんだ! そうだろ?」
「いいから、話を聞いてくれ。たしかに、精製するのは難しい……が、それは一年以上前の話だ。現在、ネトリールでは、この特効薬の精製方法――つまり、レシピは、かなり普及している。このわたしでも知っているくらいだ。だから、錬金術で必要な素材を集め、培養工程も短縮すれば、このように、すぐにでも精製することが出来るんだ」
「な……んだと……? じゃあ、俺が大枚はたいて買った、あの生物兵器は――」
「ああ、ただの、在庫一掃セールなのだろう。……現在、特効薬が簡単に作れるとはいえ、その凶暴性、凶悪性、残忍性から、細菌兵器に関する、一切のモノの所持、及び使用は、ネトリールでは認められていないのだ。もちろん、他国や他者への譲渡、売買もご法度。そんなことが知られれば、すぐにでも拘束され、牢に放り込まれる」
「そんな……ばかなことが……!」
「ちょっと待て、いまさっきヴィクトーリア、培養って言ってなかったか? その特効薬を培養って……」
「そうだ。つまり、
「やっぱり……! でも、だったら――」
「安心してくれ、副作用はない。こちらは人体に悪影響を及ぼすと判断された……まあ、要するに、悪い細菌だけ食べて、食べた後は、無害な栄養素……たんぱく質か何かに変換され、そのまま体内に吸収される。細菌兵器は、細菌兵器を以て制する。さきほどのゴリラが使っていた剣も、似たようなものだろう? ……でも、わたしが気になるのは、そんなことよりも、誰がそのおっさんに細菌兵器を売――」
「バカなァ!!」
「ひぅ……!」
「こんな……こんなことが……、あってたまるか……! 作戦は完璧だった。それに、最強の傭兵を雇い、最強の兵器をも買ったんだぞ! それで……、それでいて……、なぜ未だ……、おまえは……ミシェール・ビトォ! おまえはこの俺の前に立っているんだ! この俺を、見下してやがるんだ! おまえの親父のようにィィ!!」
バッジーニがひときわ大きな声を上げる。
肩を大きく上下させ、口からはハァハァと、大きく息を吐き出し、その眼は恨めしそうに、みっちゃんのみを捉えていた。
その圧倒的不利な体勢でいてなお、バッジーニはみっちゃんを威嚇してみせていた。
しかしみっちゃんは、その迫力に一切気圧されることなく、構えた刀は降ろさず、ただまっすぐ、バッジーニを見つめて言った。
「……いいかい? あんたが負けた理由。それは、ごくごく単純なことだよ。ものすごくね。……あんたは一人で戦っていたからさ」
「そんなはずは……、ねえだろォが! 俺には、こんなにも沢山の武器が、兵が……!」
「見てくれの話じゃないんだよ。心の話だよ。あんたの部下には、あんたに忠実に尽くしてはいても、心からあんたに……、組に忠誠を尽くしているやつは一人もいないんだ」
「そんなことは……! お、オラァ! おめえら! なにボサーっと見てやがる! 早く助けにきやがれ!」
「すすす……、すんません、親分、こいつら、バケモンだ……!」
「敵いっこねえや、俺はまだ、死にたくねえ……!」
バッジーニの部下たちはそれだけを言い残すと、一目散に、この会場から去っていった。
「こ……、こんなことが……!」
「さて、もうお終いのようだね……、そんじゃあそろそろ、終わらせようとするか……」
「お、おい……! 待て……! 話し合おう……! なにが望みだ? おい!」
「フン、それがあんたの本性かい。……どうせ啖呵切るなら、最後まで貫き通しな。もうこれ以上、情けない姿を晒すんじゃあないよ!」
「待て……待て待て待て止めろ! 刀をこれ以上、押し込な――」
ブシィ!!
大量の血しぶきが舞い上がる。
バッジーニはカッと目を見開くと、みっちゃんの服を掴み、ゴボゴボと、血を口から吹き出しながら、そのままずるりと落ちていった。
バッジーニはそれ以上、なにも言葉を発することなく、ただ静かに地に伏した。
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