第64話 奇襲作戦


「げほっ、けほけほ……ごっほ……!」



 腹を蹴られたユウは、咄嗟に後方へ跳んで、セバスチャンから距離をとる。

 ユウは口を押えながらも、キッと、鋭い視線をセバスチャンに向けていた。

 ……これはまずい。あんなに弱ったユウは見たことがない……というのもあるが、セバスチャンの悪い癖が出てしまった。

 あいつは敵が強ければ強いほど、潜在能力が高ければ高いほど、高説を垂れる癖がある。

 敵を解析分析し、独自の理論に当てはめ、矯正させる。

 要するに、戦闘中のごく僅かな期間の間、敵に塩を送るのだ。

 なぜそうするのかは、本人にもわかっていない。

 ……あえて、憶測を交えてモノを述べるとするなら、敵を育てている・・・・・のだと思う。

 ここだけ聞くと、敵側にメリットしかないと聞こえるかもしれないが、じつのところ、そうではない。

 あいつは、この状態・・・・になると、必ず、その敵を最後には殺すのだ。

 例外はないし、あいつに自覚もない。

 まるで、丸々と肥え太った家畜を屠殺するように、塩を送った敵を、嬉々として刈り取るのだ。

 性質たちが悪いこと、この上ない。

 ――とまあ、そんなことはおいといて、このままだと、本当にユウがゴリラに殺されかねない。

 俺が魔法を使えるならまだしも、今のユウとゴリラでは、圧倒的に戦闘経験値に差がある。

 いままで、才能のみで戦ってきたユウにとって、これほどまでに、相性最悪な相手はいないだろう。

 ユウはまだ、セバスチャンと戦うのは早い。早すぎた。

 このままでは、なぶられて、殺されてしまうのがオチだ。

 可及的速やかに、なにか策を講じなければ……、でも、どうやる?

 俺は再度、身をよじり、低い視点から辺りを見回し、使えそうなものを探すが――



「ユウトさん、大丈夫ですか!?」



 バッジーニのところから引き返してきたアーニャが、俺に駆け寄ってくる。

 アーニャは俺のすぐそばまでやってくると、俺の腕を肩に回し、助け起こそうとしてくれた。

 アーニャが引き返してきた先――そこでは未だ、みっちゃんとバッジーニの部下たちとの戦闘が続いていた。

 さすがはみっちゃん。

 場慣れしているのか、それとも全く気付いていないのか、俺の負傷を意に介さず、黙々とバッジーニの部下を討っている。

 ……少しだけ寂しい。

 みっちゃんにはこのまま、戦闘を続行してもらって……、ビーストは……ダメだ。

 天井にあるシャンデリアの上で、体力回復惰眠っている。

 ヴィクトーリアは……、あいつはこの会場の隅っこへ移動し、そこでテッシオに治療を施していた。



「ユウトさん! ユウトさん!」



 そうだ、まずはアーニャの声に返事をしなければ……。

 俺はなんとか身振り手振りで、傍から見れば、死にかけのウナギのような動きで、返事して見せた。

 アーニャはそんな、死にかけのウナギダンスを見届けてくれた後、少し間を空けてから

「し……、死んでる……!?」

 と答えてくれた。



「生きてるわ!」


「あ、声は出るのですね……! よかった……! ほんとうに……」



 そういってアーニャは心底、ホッとしたように、胸を撫でおろした。

 ……なんだ。

 珍しく、アーニャがボケただけか……。

 でも、そのおかげで声は出るようになった。この分なら、あいつと交渉できる。



「……アーニャ」


「は、はい」


「さっき俺がかけた魔法、まだかかったままだよね?」


「あ、はい。いきなりセバスチャン様が、ユウトさんの背後に現れて、それでビックリして動けなくて……」


「え? あー……、いやいや、ちがうちがう。べつに、すぐ駆けつけてこなかったアーニャを責めてるわけじゃないんだ。ほんとにただの確認だから」


「そ、そうでしたか……申し訳ございません……」


「いいよいいよ。……それでなんだけどさ……ちょっと耳貸してくれる……?」


「は、はい」



 俺がそう指示すると、アーニャはおずおずと、俺の口まで、耳を近づけてくれた。



「いい? 俺が合図したら――」





「ふたつめだ、狂犬。……ま、といっても、さっきの延長だけどな……」


「う……、はぁ……はぁ……はぁ……」


「なんだ? 肩で息してるじゃねえか。もう吠える元気もなくなったか。それとも、さっきの蹴りでも効いたか?」


「あんなの……、屁でもない……!」


「ガッハッハッハ! 結構結構! ……いいか、実力が、ある程度拮抗していくと、剣での戦いは一撃必殺の戦いじゃなくなってくる。……じゃあ、どうなってくるか? わかるか?」


「さっきから、ウホウホ……うる……さい……!」


「おーおー、こりゃ、まじで嫌われちまったかな?」


「く……、サーカスに……売り飛ばされたいの……?」


「へっ、憎まれ口は兄貴譲りか……、そんなんで俺が傷つくと思ってんのか? 逆に興奮します」


「うぅ……、キモい……」


「いいか、心身の削り合いだよ。剣の打ち合いってのは。一撃で相手を葬れない。それどころか、それを利用され、逆に不利に立たされる。だったらどうするか? 機動力を削るんだよ。肩肉を削げば、腕が上がらなくなる。手首の腱を切れば、剣を持てなくなる。踵骨アキレス腱を切れば、立てなくなる。……そして、鳩尾みぞおちを蹴り上げれば、息ができなくなる」


「はぁ……、はぁ……」


「わかるか? こういうのは、いかに相手を剣士として・・・・・機能させなくするかが、勝負の分かれ目だ。……あんたのように、バカみたいに急所ばっか突いてくるんじゃなく、時には頭を使えってことだよ。基本中の基本だ。あんたの兄貴は、そんなことも教えてくれなかったのかよ」


「おにいちゃんは――」


「くぉら、ゴリラ! てめ、ひとの妹に何やってんだァァ!!」



 俺はおもいきり声を張り上げ、ユウにじりじりと詰め寄る、セバスチャンの脚を止めた。



「ああ? なんだ、もう回復したのか、エンチャンター殿。……なにやってるって、レクチャーだよ。レクチャー」


「もういいだろ……、おまえの狙いは俺だろうが」


「はあ? 何言って――」


「パーティに戻ってやるから、ここは引けって言ってんだ」


「ほお?」


「お、おにいちゃ……?」


「ゆ……、ユウト! 何を言っているのだ! こんな場面で! ふざけている場合じゃないぞ!」



 遠くのほうで、俺をしかるように、ヴィクトーリアが声を張り上げた。



「もうこれしかないだろうが! 俺の魔法はもう使えない。このまま、おまえらがこのゴリラになぶり殺しにされる様を、俺は見たくないんだよ。だから、もうやめてくれ、セバスチャン。……いいだろ?」


「まあ、今、おまえをここで連れて帰れるんなら、願ったり叶ったりだな。ユウキとももめずに済む」


「てめえ……! この俺を……、バッジーニ組を裏切るつもりか!? この、ゴリラ野郎!」


「いやあ、裏切るっつっても、仮契約ですし。俺、契約社員ですし。いまどき、バックレくらいおおめに見てくださいよ」


「ふ、ふざけやがって……!」


「でもなあ、ここでバッジーニの親分さんを敵に回すのも、後々厄介になってきそうだし……、それになぁ……まだいろいろと懸念材料はあるんだよな……」


「……な、なんだよ、懸念材料って……」


「そりゃおまえ……、おまえが嘘ついてるってことだろうが。おまえはユウキと同じくらい、悪知恵が働く。そんなやつが、こんなにすんなりと『付いていく』っていうと思うか? んなの、信じろって言うほうがアホな話だろう?」


「てめえ! ゴリラ! 敵か味方か、どっちなんだよ!」


「俺は味方ですよ! バッジーニの親分! ……つか、それにしてもひでえな。俺はお前らと同じ種族なんですがね……」


「……それじゃあ、俺たちとは、このまま敵対するってわけだな? セバスチャン」


「ああ、そう言うことになるな」


「ふぅ……、残念だよ」


「ああ、俺もだ。俺はどうしても、おまえのその言葉が信用できない。だから、ここにいるおまえの仲間、全員をぶちのめしてから、おまえの両腕両足ぶち折って、連れて帰る。それで終いだ」


「そうか、じゃあ――交渉は決裂だなァ! 行け! アーニャ! ぶちかませ!」


「な――!?」


「は、はいっ! てりゃー!」

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