第63話 レクチャー


能力強化アビリティブースト! 物質硬化ハードポイント!」



 背後に気配を感じ、俺はすぐさま、手にしていたテーブルクロスに付与魔法をかける。

 しかし――ズン! と、右腕がなくなってしまったような感覚。重い衝撃。

 直後、視界が大きく、グニャっと歪み、脚が震えだし、なすすべなく地面に倒れた。

 直前に俺の体を覆っていたテーブルクロスは、バリーン・・・・と、無残にも砕け散ってしまった。

 ……大丈夫。

 直撃は避けた……しかし、うまく立つことができない。

 うまく……魔法が使えない……。

 うまく、呼吸することができない。

 いま、振り向くことはできないが、おそらく、背後から俺の防護魔法を貫通し、攻撃してきたのはセバスチャン。

 おそらく、ビーストに吹っ飛ばされたのをいいことに、そこからぐるりと、俺の背後へと回り込んできたのだろう。

 図体がデカいくせに、こういったことにも、頭が回りやがる。

 それにしても、アレを喰らってもなお、この馬鹿力を出せるのか……、侮っていた……というか、忘れていたというか……。

 しかし、今は感心している場合じゃない。

 すぐにでも逃げなければ、次が来る。

 あいつは俺を殺すと言った。脅しじゃない。

 さっきの一撃でわかる。

 情けに期待するな。迷いを捨てろ。

 ……しかし、俺は必死に、自分を奮い立たせようとはしたものの、どうしても、脚に力が入らない。

 腕を床についてみるが、肘がまっすぐにならない。

 ついた瞬間から、すぐにガクッと、生まれたての仔馬のように倒れてしまう。

 まずいな、これは。

 いや、ダメだ、考えろ。

 逃げられないのなら、逃げなければいい。

 しかし、どうする?

 ――立ち向え。

 立てないのに?

 ――魔法を使え。

 ……だめだ。うまく魔力が纏まらない。

 ――アーニャを呼び戻せ。

 無理だ。すでに向かって来てくれてはいるが、その速さじゃ二撃目は防げない。

 ――話しかけろ、話し合いに持ち込め。

 そもそも、うまく呼吸ができない。

 ……万策、尽きたか……。

 俺はすっと瞼を落とすと、全身の力を抜いた……。

 ――なんだ?

 いくら待てども、二撃目が来ない。

 どういうことだ?

 俺は瞼を開けると、もぞもぞと体をよじり、なんとかして背後を向いた。



「おにいちゃん、大丈夫?」



 見ると、そこにはユウとセバスチャンの二人がいた。

 ユウは自前の(ワゴンセールで購入した貧弱な)剣で、自分の身の丈ほどはある大剣と、必死に鍔迫り合いをしていた。



「へ、俺の二撃目を防ぐとはな。……とんだ妹をもったな、エンチャンター殿。でも、もうまともに息ができないだろ? まともに立つことができねえだろ? ……まともに魔法も練れないだろ?」



 よくしゃべるゴリラだ。

 バナナを口に突っ込んで、そのまま野生に返してやろうか。

 と、言ってやりたかったが、悔しいかな……、アイツの言う通り、うまく呼吸ができない。

 肺がつぶれたか?

 いや、それだと息をするとき、口の中から血の臭いがする。

 しかし、いまはそれを感じない。

 ……だとすれば、あいつのあの剣――

 俺は霞む視界の中、眼を細め、なんとかして、セバスチャンの持っていた剣を見た。

 細部まではわからないが、なにやら刀身に文字が彫られている。

 あれは、もしかして――



「どうやら、わかったようだな。……ご想像の通り、これは封魔の剣だよ」



 封魔の剣。

 対メイジ魔法使い系モンスターの為に製造された剣。

 名前の通り、斬りつけた相手の魔力回路(供給パイプのようなもの)を切断し、一時的に魔法を使用できなくさせるものだ。

 ちなみに、物理的に切断しているのではなく、刀身に刻まれている文字がそう作用している。

 いわば、魔力を以て魔力を制す。

 無論、その切れ味も申し分ないので、魔法を苦手とする、近距離戦闘型戦士との相乗効果もすさまじい。

 ゴリラのクセに、洒落たもの持ちやがって……、おニューの剣だろう。

 俺がパーティに所属していた時は、あんなのは持っていなかった。



「エンチャンター殿はどうあっても、素直に帰ってくれるとは思わなかったからな。だから、ある程度、強硬策にでるつもりで、ここに来る前に色々とシミュレーションしていたんだが……、どうシミュレーションしても、お前が一番厄介だったからな。ユウキに持たされたんだよ。……どうだ? 効くだろ? ま、俺にはそんなもん魔力は無縁だからな。どんな苦しみかってのは、まるっきり想像できないんだが……」



 まさかの俺対策かよ。

 そりゃまた、随分と用意周到ですな。

 俺を恐れているのか、はたまた、試し斬りがしたかっただけなのか……。

 どちらにせよ、迷惑極まりない。



「ヘタレてるとはいえ、おまえは現時点において、史上最高のエンチャンター。一筋縄ではいかない。たとえ、どんな雑魚とパーティを組んでいても、そいつらをかなり戦えるレベルまで底上げしてくる。だからこそだ。封じさせてもらったぞ。その厄介な付与魔法を。……ただ――うおっと……!」



 ユウはセバスチャンが喋っているのもお構いなしで、攻撃を始めた。

「眼前のおにいちゃんの敵を、ただ討ち滅ぼす」

 たぶん、ユウの頭の中にはそれしかない。

 その証拠に、ユウは先ほどから、セバスチャンの急所しか狙っていない。

 首、腹、胸、顔面。

 どの突きも、薙ぎ払いも、一切容赦がなかった。

 セバスチャンはその巨体を機敏に揺らしながら、時には剣で、時には手甲で、器用に受けつつ、避けていた。



「ただ……、こんな狂犬がパーティに入っていたとはな……! 予想外だ――よ!」



 ガキン!

 セバスチャンは目にもとまらぬ早業で、ユウの剣を払いのける。

 反撃。

 セバスチャンによる、剣の猛攻。

 ラッシュ!

 攻防は一転し、ユウが防戦一方になる。



「ダメだダメだ……。ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだダメだァ!」



 次第に、セバスチャンの剣を防ぎきれなくなったのか、ユウの服がビリビリと破かれていく。

 服の切れ目からのぞく、真っ白な肌からは、ところどころ、鮮血がポタポタと零れ落ちていた。

 無表情だったユウの顔も、次第に剣で斬られる痛みに歪んでいく。



「筋は良い。剣の扱いも言うことがない。とめどなく溢れているその殺気も、この俺が戦慄するほど。……ならなぜ、俺にいいようにやられているか、この先輩が教えてやる」


「く……っ」


「ひとォつ! おまえは勝負を急ぎすぎている! たしかに、首を撥ね、心臓をつけば、戦いは一瞬で終わる。ただ、それは格下にのみ通用する! ……わかるか? 俺には、おまえの攻撃が次に、どこに来るかが、手に取るようにわかる!」



 ユウはセバスチャンの剣を紙一重で避けると、そのまま顔面を狙い、突いた。



「――アマい!!」



 火花が散るほど、両者の剣が激しくぶつかり合う。

 ユウ渾身の突きは、セバスチャンによって、これ以上ないほど完膚なきまでに叩き返された。そしてまた、セバスチャンによるラッシュが始まる。



「どこに来るかがわかったら、このように、カウンターを浴びせることも可能なんだ! せっかく手に入れた攻撃チャンスも、みすみす相手に譲り渡してしまう! これがどれほどの愚行か――わかるかァ!」



 空いていたどてっ腹に、セバスチャンの前蹴りがクリーンヒットする。

 ユウは腹を抑えながら、急いで後退。セバスチャンと距離をとった。



「……ふたつめだ。……まだ、倒れるんじゃねえぞ、狂犬!」

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